第49話:嘘の波紋と、アーカイブ(台帳)照合
急にコメディチックになってきました
「……貴方が今お答えになったその宝物は、五百年前に貴方自身がシステムに登録した【当時の真実の記憶】と、全く一致しておりません」
私の静かだが絶対的な響きを持つ言葉に、ギルドのフロアは凍りついた。
長老セレシュティンは、目を大きく見開き、白く長い髭をわななかせた。
「き、貴様……っ。大精霊の試練を越え、精霊王ご自身から賜ったこの至宝『森の息吹』が、嘘だと申すか! 人間の小娘風情が、私の高潔な五百年の歴史を愚弄する気か!!」
「私が愚弄しているのではなく、貴方の作った『システム』がそう判断しているのです」
私が指差した先。長老が空中に投影している魔力ホログラムの中で、赤く明滅する結界のコアシステムが、けたたましいエラー音を響かせ始めた。
『ビーッ、ビーッ、ビーッ! [認証失敗:パスフレーズが一致しません。残り試行回数、あと二回]』
無機質な古代の警告音声が響き渡り、結界のひび割れがさらに深くなる。
「なっ……!? ば、馬鹿な! なぜだ! 結界の魔導回路が劣化しているに違いない!」
長老が取り乱し、杖を振り回してホログラムを叩こうとする。
「システム(機械)は嘘をつきません、長老様」
私は窓口の椅子から一ミリも動かず、氷点下の声で告げた。
「嘘をつき、ご都合主義でデータを改ざんしているのは、システムではなく貴方の『記憶』の方です」
「私の記憶が改ざんされているだと……!? ふざけるな!」
「人間であれ長命なエルフであれ、時間の経過は記憶を風化させます。特に、現在の自分が『高潔で偉大な長老』という立場にいるなら、若かりし頃の『恥ずかしい事実』は、無意識のうちに美化(上書き保存)されてしまうものです」
私はカウンターの下の呼び鈴を鳴らした。
「ルーク。少し手が空いたわね」
壁際で震えていたルークが「は、はい!」と飛び出してくる。
「アイラさん、今度は何を……?」
「地下の第五書庫へ行きなさい。そこにある、王都の【過去五百年分の質屋・賭博場・裏取引の押収台帳アーカイブ】の棚から、『第三星暦・五十二年』のファイルを持ってきて。……走ってね」
「えっ、五百年前の賭博場の台帳!? あ、はい! 行ってきます!」
ルークが風のように地下へと消えていく。
「な……貴様、何をするつもりだ!」
長老の顔に、明確な『焦り』が浮かんだ。私の目には、彼から噴き出すドス黒い波紋が、ますます濃くなっていくのが見えている。
「事実確認です。……コールセンターにおいて、お客様の記憶(申告)がシステムの記録と食い違った場合、我々はあらゆるデータベースを駆使して【真実のトランザクション(取引履歴)】を復元します」
私は手元の砂時計を横目で見た。十六時五分。
私の定時退勤と、黒トリュフとフォアグラの石焼きリゾットへのタイムリミットが刻一刻と迫っている。こんな見栄っ張りな老人の痴呆(パスワード忘れ)に、これ以上時間を浪費させるわけにはいかない。
数分後。ルークが真っ黒な埃を被った、分厚くカビ臭い羊皮紙の束を抱えて戻ってきた。
「ゲホッ、ゴホッ! ア、アイラさん、持ってきました! 指定された年代の、裏社会の押収台帳です!」
「ご苦労様。埃は払っておいて」
私はルークから台帳を受け取ると、インデックス(目次)をパラパラとめくり、目当てのページをピンポイントで開き、長老の目の前に突きつけた。
「さて、長老様。これは五百年前、王都の裏路地で違法営業をしていた賭博場『踊る豚亭』が、当時の騎士団に摘発された際に押収された【裏帳簿】の原本です」
「お、踊る、豚亭……ッ!?」
その単語を聞いた瞬間、長老の顔からすぅっと血の気が引いた。背後に控えていたエルフの従者たちが、「踊る豚亭……? なんという下品な名前だ」と顔を見合わせている。
「ええ。当時の摘発記録には、こう記されています」
私は、古い文字を淡々と読み上げた。
「『〇月×日。人間のゴロツキと、森から家出してきたと思われる【銀髪の若きエルフ】がポーカーで対決。エルフの若者が大勝ちし、ゴロツキは借金のカタ(担保)として、質流れ品の【緑色に光る石ころ】をエルフに泣く泣く差し出した』……と」
フロアが、水を打ったように静まり返った。
「長老様」
私は、美しい営業用スマイルを顔面に貼り付けたまま、とどめの一撃を放つ。
「大精霊の試練でもなんでもない。五百年前、家出をして王都の裏カジノでギャンブルに興じていた若き日の貴方が、人間のゴロツキから巻き上げた質流れ品の石ころ。……それこそが、貴方が今『森の息吹』と呼んでいる宝物の、本当の入手経路ですね?」
「あ……あ、あぁ……ッ」
長老セレシュティンの喉から、ヒューッという情けない空気が漏れた。
「ちょ、長老様……? 人間の賭博場で、ポーカーを……?」
「しかも、精霊王から賜ったというあの宝珠が……ギャンブルの景品……?」
背後のエルフたちが、尊敬する長老の『盛大な過去の捏造』を知り、ドン引きした目で彼を見つめている。
長老は顔を真っ赤、いや、赤紫色に染め上げ、わなわなと震えていた。
「五百年間、貴方はご自身のプライド(体面)を守るため、『精霊王から賜った』と記憶を改ざんし、周囲にもそう嘘をつき続けてきた。……ですが、結界を構築し、パスワードを設定した五百年前の貴方は、まだ若かった」
私は台帳をパタンと閉じた。
「当時の貴方は、賭博で勝ち取ったその石を『ラッキーアイテム』として純粋に喜び、そのまま素直な気持ちでシステムの【秘密の質問】の答えとして登録したはずです。……さあ。エラーで結界が崩壊する前に、当時の貴方が設定した『本当の名称』を音声入力してください」
長老は屈辱に顔を歪め、唇を噛み締め、そして……絞り出すような声で、システムに向かって囁いた。
「……『踊る豚亭の、大当たりの石』……だ」
『ピロロン! [認証成功:第一セキュリティ・ロックを解除しました]』
ホログラムの結界を覆っていた赤色の明滅が一部消え、清らかな緑色の光が灯った。
システム(真実)は、残酷なまでに彼の『若かりし日の恥ずかしい俗称』を正しいパスワードとして受理したのだ。
「あああ……私の、私の五百年の高潔な威厳が……っ」
長老がその場に崩れ落ち、両手で顔を覆う。
「記憶のデバッグ(真実の確認)、第一段階クリアですね。素晴らしい」
私は彼への同情など一ミリも抱かず、事務的に拍手をした。
見栄のために嘘のパスワードを入力し、エラーを出して時間を浪費させるユーザーには、これくらいの社会的羞恥というペナルティがふさわしい。
「では、結界の完全修復まで、あと二つ。……第二の質問に参りましょうか」
私は手元のマニュアルの次項を開き、氷のような声で告げた。
私の至高の黒トリュフリゾットの香りが、もうすぐそこまで漂ってきている。さあ、高潔なるエルフの長老様。貴方の脳内に眠る『隠したい過去のバグ』を、残さずすべて吐き出していただきましょうか。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【★★★★★】をいただけますと幸いです。
次回お楽しみに。




