第45話:強制解約(アカウント凍結)と、一斉ルーティング
「やれ! その生意気な受付嬢の首を刎ねろ!!」
村長の血走った絶叫が、ギルドの一階フロアに木霊した。
抜刀した『暁の剣』のリーダーと、村長の護衛の男たちが、殺意を剥き出しにして私の窓口へと殺到してくる。
大剣が空気を切り裂き、私の首元へと迫る。隣の窓口で、ルークが「アイラさんッ!」と悲鳴を上げて目を塞いだ。
ギルドマスターのバーンズが助けに入ろうとするが、距離が遠すぎる。
だが。
私は椅子に深く腰掛けたまま、瞬き一つしなかった。
『営業用スマイル・タイプS(絶対零度の処刑宣告)』を寸分違わず顔面に貼り付けたまま、手元の端末(魔導水晶)に備え付けられた【赤いボタン】を、静かに押し込んだ。
「……当窓口における『暴言および暴力行為』への対応マニュアル。第三項、第二号」
私が冷ややかな声で呟いた、まさにその瞬間だった。
『ドガァァァァァンッ!!』
私の背後——ギルドの奥にある『関係者以外立入禁止』の重厚な扉が、爆発的な勢いで蹴り破られた。
「——そこまでだ、愚か者ども! 武器を捨てて床に這いつくばれ!!」
怒号と共に雪崩れ込んできたのは、全身を銀色の重鎧で包み込んだ数十名の『王都騎士団・特務制圧部隊』。
さらにその後ろからは、法衣を纏い、対魔術用の退魔剣を構えた『異端審問局』の特別捜査官たちが、冷徹な足取りでフロアへと展開した。
「な、なんだと!? 王都騎士団!? 異端審問局だと!?」
『暁の剣』のリーダーが、迫り来る大剣の軌道を慌てて止め、驚愕に見開いた目を向けた。
「物理的な暴力に対する、コールセンターの最も効果的な回答。……それは、現場のオペレーターが応戦することではありません」
私は一歩も動かず、床に押し倒されていく男たちを冷たく見下ろした。
「【上位の権力機関への一斉転送】です。……窓口の人間が、わざわざ手を汚す必要などないのですよ」
私が先ほど押した赤いボタン。
それは、ギルドの窓口で「対応不可能な物理的脅威」が発生した際、王都の治安維持機関へ直通で警報を鳴らす、緊急エスカレーション・システムだ。
……もっとも、私は彼らが今日、この窓口で暴れることなどデータから完全に予測していたため、一時間前から彼らをバックオフィスに待機させていたのだが。
「ぐはっ……! は、離せ!! 俺たちはAランク冒険者だぞ!!」
リーダーの男が暴れるが、熟練の騎士数名にマウントを取られ、あっという間に魔封じの手錠をかけられた。
村長の護衛たちも、異端審問局の放った拘束魔法によって、ただの一振りもできずに床に転がされている。
「罠だ! これは罠だ!! こんな不当な逮捕が許されるものか!! 私は『霧の谷』の代表だぞ!!」
床に顔を押し付けられながら、村長が醜くわめき散らす。
「不当な逮捕、ですか」
私は微かに首を傾げ、カウンターの上に置かれた小さな魔道具——『音声記録用の魔導石』を指先で弾いた。
「村長様。当ギルドの窓口でのやり取りは、サービス品質の向上および、今回のような【悪質なカスタマーハラスメント】の証拠保全のため、すべて録音・記録(ログ化)されております。……先ほどの『生贄の儀式』に関する自白も、私に対する明確な『殺害予告』も、一つ残らず完璧な音質で保存されていますよ」
「……あ、あぁ……ッ」
村長の顔から、最後の希望が抜け落ちていく。
証拠は絶対だ。それが残っている限り、いかに彼らが権力や弁護士を使おうと、言い逃れは不可能である。
「アイラ殿。見事な手際だった」
騎士団の部隊長が、兜を脱いで私に敬礼した。
「事前の通報通り、これより彼らの身柄を『連続殺人および邪教崇拝』の容疑で王都の地下牢へ移送する。……それと、良い知らせだ」
部隊長は、ニヤリと笑って村長を見下ろした。
「君の提出してくれたデータに基づき、我が騎士団の精鋭部隊が、すでに『ワープゲート』を経由して霧の谷へ強襲突入をかけている。……先ほど通信が入り、地下に蠢いていた巨大な魔物を討伐し、生贄にされかけていた若手の冒険者たちも、全員無事に救出したとのことだ」
「な、なんだと……!? 我らが神が……討伐された、だと!?」
村長が、絶望のあまり白目を剥いて叫んだ。
「お、おのれぇぇッ! 貴様ら、自分たちが何をしたか分かっているのか! あの神の怒りを鎮めねば、村が……! 我が霧の谷が滅びてしまうのだぞ!!」
「……自分たちの村(利益)を維持するためなら、他人の命を消費してもいいと?」
私は、心の底からの軽蔑を込めて、氷のような声で彼を切り捨てた。
「それは『経営』とは呼びません。ただの『寄生』です。……貴方の村は、とうの昔に破綻していたのですよ」
私は手元のファイルから、一枚の真新しい羊皮紙を引き抜いた。
『クライアント契約・即時解除通知書』。
悪質な顧客との関係を永遠に断ち切るための、究極の書類だ。
「……これにて、本件の事実確認および、すべての対応プロセスを終了いたします」
私は羽ペンを手に取り、美しい筆記体でサインを書き込んだ。
「霧の谷の村長様。ならびに『暁の剣』の皆様。貴方たちの当ギルドに対する甚大な規約違反、および詐欺、殺人未遂行為を重く受け止め——」
『カーン、カーン、カーン……』
王都の時計塔が、十七時の鐘を鳴らし始めた。
私の定時。そして、悪党どもの社会的生命が完全に終了する合図。
「当ギルドと霧の谷とのクライアント契約(SLA)、および貴方たちのアカウント(冒険者資格)を、これより【即時解除(永久凍結)】といたします」
ダンッ!!
私は、一切の未練も情も込めず、通知書にギルドの真っ赤な【無効(VOID)】のスタンプを叩きつけた。
「連行しろ!」
部隊長の号令とともに、泣き叫ぶ村長と、絶望に顔を歪める『暁の剣』のメンバーたちが、次々とギルドの外へと引きずり出されていく。
「……ルーク。マスター。事後の調書作成と、救出された新人たちへの補償手続き(フォローアップ)は、明日の朝のタスクにしておいてください」
私は、一秒の遅れもなく立ち上がり、デスクの上を完璧に片付けた。
時計の針は、十七時一分。
「あ、アイラ君……! 君は本当に……!君のその洞察力がなければ、さらに多くの若者が犠牲になっていた! 君は英雄だ!」
マスターが涙ぐみながら私の手を取ろうとする。
「英雄などではありません。私はただ、数字のバグ(不自然なアンケート)を修正しただけの、一介の事務職員(SV)です」
私はマスターの手を華麗に躱し、窓口のシャッターに手をかけた。
「それに、私にはこの後、王都の法律よりも重い『絶対的な予定』が控えておりますので。……本日の窓口業務は、これにて終了です」
ガラガラガラッ!!
私は一気にシャッターを下ろし、呆然とするマスターとルークを背に、ギルドの裏口へと向かった。
(……間に合ったわ。王都ホテル最上階のラウンジ、十七時三十分の予約。私の『洋梨のクリスタル・タルト』が、宝石のような輝きを放って私を待っている!)
醜悪な嘘と、血に塗れた因習村の闇。
それらをすべて論理の刃で切り刻み、外部機関へと丸投げ(ルーティング)した私の心は、今、極上のスイーツを迎えるための完璧な空腹状態に仕上がっていた。
「……悪質なアカウントは、さっさと凍結して甘いものを食べるに限るわね」
私は夕暮れの王都の街へ、一切の迷いなく、優雅な足取りで踏み出した。
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次回お楽しみに。




