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ギルドの受付嬢はうごかない ~定時に帰りたいので、一歩も動かず事件を解きます~  作者: ぱすた屋さん


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第44話:隠された不良率と、論理の包囲網

 


 時計の針は、十六時三十分を指していた。

 私の本日の退勤ターゲットである、王都ホテル最上階の『洋梨のクリスタル・タルト』の予約時間まで、残りちょうど一時間。


 ギルドの一階フロアは、異様な静寂に包まれていた。

 私の窓口の前に立つ『霧の谷』の村長と、警備員に両脇を固められて引きずり出された四人組のサクラパーティ『暁の剣』。

 彼らは互いの顔を見て、絶望と怒りが入り交じった複雑な表情を浮かべている。


「……アイラ殿。これは一体、何の冗談ですかな? 我が村の恩人である『暁の剣』の皆様が、なぜこのような罪人のような扱いを受けておるのか」

 村長が、必死に『温厚な老人』の仮面を保ちながら、低く震える声で私に問いかけた。


「冗談などではありません、村長様。当ギルドにおける【品質監査ファクトチェック】の最終段階フェーズです」


 私は椅子に深く腰掛けたまま、手元に用意していた三つの分厚いファイル——昨日から徹夜……ではなく、業務の合間アイドル・タイムに完璧にまとめ上げた『証拠の束』をカウンターに並べた。


「では、関係者ステークホルダーが揃ったところで、貴方たちが過去一年間、このギルドのシステムを悪用して行ってきた『おぞましい事業プロジェクト』の全貌を、データに基づいて解体レビューさせていただきます」


「お、おぞましい事業だと……! 言いがかりも甚だしい!」

 村長が杖を床にドンと突き立てた。


「第一のデータです」

 私は彼の怒りをそよ風のように受け流し、一つ目のファイルを開いた。


「王都の『商業ギルド』から取り寄せた、過去五年間における霧の谷の【物資の輸入ログ】と、王国の【戸籍データ】の照合結果です。……村長様、貴方の村の人口は、五年前に比べて約『二〇%』も減少していますね。これは辺境の過酷な環境を考えれば、不自然な数字ではありません」


「……それがどうしたというのだ」


「不自然なのは『食料の消費量』です。人口が二〇%減っているにもかかわらず、村が商業ギルドから買い入れている『生肉』や『穀物』の総量は、五年前からなんと【三倍】に跳ね上がっている。……一体、誰が(何が)それほどのカロリーを消費しているのでしょうか?」


 村長の顔から、スッと血の気が引いた。


「先ほど私がカマをかけた『村の地下の咆哮』。……あれは架空のクレームでしたが、貴方の過剰な反応ログとこのデータを掛け合わせれば、答えは一つ。貴方の村の広場の地下には、大量の生肉を必要とする【巨大な未知の魔物エラー】が飼育……あるいは封印されているということですね」


「なっ……!!」

 隣で聞いていたギルドマスターのバーンズが、「ま、魔物を飼っているだと!?」と叫んだ。


「まだ終わっていません。第二のデータです」

 私は容赦なく、二つ目のファイル——『冒険者移籍手続きログ』を広げた。


「先ほど、貴方は『若くて身寄りのない冒険者』を優先してクエストに回してほしいと仰いましたね。過去一年間、霧の谷のクエストを受注した新人・中堅パーティは計十四組、五十六名。……彼らは全員、村へ向かったきり王都へは戻らず、隣国へ拠点を移したという【移籍届】が提出されています。もちろん、村長様の『代理提出』によって」


 私は十数枚の移籍届を扇状に広げ、村長の目の前に突きつけた。


「五十六名全員が、この『村長様と全く同じ筆跡』でサインを残して隣国へ旅立つ確率を、私は先ほど暗算シミュレートしました。……天文学的数字です。数学的にあり得ない」


「こ、これは……! 彼らが旅立つ前に、私が代筆を頼まれただけで……!」

「苦しい言いスクリプトですね」


 私は氷のような微笑みを浮かべ、最後に『暁の剣』のリーダーへ視線を向けた。


「最後のデータ。……『暁の剣』の皆様、昨日私に語っていただいた【真実】を、村長様の前でもう一度ご説明いただけますか?」

「ひっ……!」

 リーダーの男が、村長の血走った目とにらみ合い、ガタガタと震えながら口を開いた。


「お、俺たちは……! 村長に頼まれて、アンケートに満点をつける『サクラ』をやってただけだ! 高額な報酬を受け取って、ギルドには『最高の村だ』って嘘の報告をしてた……! 村へ行った新人がどうなってるかなんて、俺たちは知らない! 本当だ!!」


「き、貴様らァッ!!」

 村長が怒りで顔を真っ赤にし、彼らに向かって吠えた。温厚な老人の面影は完全に消え去り、そこには自己保身と狂気に満ちた怪物の素顔が露わになっていた。


「……証言は出揃いましたね」

 私は手元のファイルをパタン、と閉じた。

 ギルドのフロアに、私の低く、しかし絶対的な冷気を孕んだ『SV(管理者)ボイス』が響き渡る。


「村長様。貴方の村が出しているクエストは、魔物討伐ではありません。村の地下に棲む怪物……おそらくは村を脅かす厄災級の魔物を鎮めるために、生きた人間を捧げる【不良率(死亡率)一〇〇%の生贄の儀式】です」


「…………ッ!!」

 ルークが両手で口を覆い、恐怖でへたり込んだ。


「そして、ギルドに怪しまれず、安定して『生贄(資源)』を調達し続けるために、貴方は『暁の剣』のような腐敗したベテラン冒険者を金で買収した。彼らに満点のアンケート(CSAT)を提出させ、ギルドからの『最優秀クライアント』という信用を得ることで、騙されやすい若手を村へ誘導しやすくした」


 私は冷ややかな目で、『暁の剣』のメンバーを見下ろした。


「貴方たちも同罪です。自分たちは直接手を下していないから無罪だと思っているようですが、とんでもない。実態のない高評価フェイクレビューで初心者を死地へと送り込み、その紹介料キックバックで豪遊する。……当ギルドでは、これを【悪質な斡旋業者アフィリエイターによる共同正犯】と定義します」


「ち、違う! 俺たちは本当に知らなかったんだ!!」

「無知は免罪符になりません」


 完璧な論理ロジックの檻。

 客観的な数値データ、筆跡の矛盾、そして共犯者の自白。

 四方八方を完全に塞がれた彼らに、もはや言い逃れができる隙間バグは一ミリも残されていなかった。


「……ふふっ。ふはははははっ!!」


 突如。

 沈黙を破り、村長が狂ったように笑い出した。

 その笑い声は、もはや人間のそれではなく、谷底から響く呪詛のようだった。


「……見事だ。見事な推理だよ、受付嬢。まさか机の上の紙切れ(データ)だけで、我が村が数百年にわたり守ってきた『大いなる神』への供物の儀式を見抜くとはな」

 村長は、忌々しげに私を睨みつけた。


「だが、知ってどうする? もう遅いのだ。今この瞬間も、数日前に村へ向かった『若手の五人組』が、地下の神への極上のメインディッシュとして捧げられようとしている頃合いだ。あいつらは良い声で泣き叫んでいたぞ!」


「なんという外道……!」

 ギルドマスターが剣の柄に手をかける。

 だが、村長の背後に控えていた屈強な護衛たちが、一斉に武器を抜いた。さらに、『暁の剣』のリーダーも、半狂乱になりながら自らの大剣を引き抜いた。


「そうだ……! ここでコイツらを全員殺せばいい! ギルドの連中を皆殺しにして、証拠の書類を燃やせば、俺たちは逃げられる!!」

 リーダーが、血走った目で私に剣先を向ける。


「そうだ、やれ! この生意気な受付嬢の首を跳ねろ!!」

 村長が叫び、武装した男たちが一斉に私の窓口へと殺到しようとした。


「アイラさん! 逃げて!!」

 ルークの悲鳴が響く。


 だが。

 私は椅子から、ただの一ミリも動かなかった。

 恐怖など微塵もない。私の脳内にあるのは、「この騒ぎのせいで、ホテルの洋梨のタルトの予約に遅れるのではないか」という、一点の深い怒りだけだ。


「……全く。どこの世界にもいるのよね」


 私は、迫り来る白刃を前にして、極上の冷ややかな笑みを浮かべた。


「自分たちの論理(言い訳)が破綻した途端、声を荒げて暴力で解決しようとする、最も知性の低いサルどもが」


 私は手元の端末の、ある【赤いボタン】に指を添えた。

 コールセンターにおいて、窓口のSVが「物理的な脅威」に直面した際に起動する、最強の防衛プロトコル(絶対的暴力)。


「……当ギルドの窓口における『暴言および暴力行為カスタマーハラスメント』の対応マニュアル、その身をもって学んでいただきましょうか」


 時計の針は、十六時四十分。

 タルトの予約まで、残り二十分。

 強制解約(アカウント凍結)のための、最後の一手ルーティングのスイッチが押された。



最後までお読みいただき、ありがとうございます。


本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【☆☆☆☆☆】をいただけますと幸いです。


次回お楽しみに。

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