第43話:村長の来訪と、VIP対応の罠
翌日の午後十四時。
王都ギルドの一階フロアは、いつもとは違う異様な緊張感と、過剰なまでの歓迎ムードに包まれていた。
「さあさあ、皆の者! 粗相のないように頼むぞ! 本日お見えになるのは、我が支部に多大な利益をもたらしてくださる最優秀クライアント、『霧の谷』の村長殿だからな!」
二階から降りてきたギルドマスターのバーンズが、手を揉み手にしてフロアを右往左往している。
私は自分の窓口のカウンターで、完璧な姿勢を保ったまま、昨日の退勤後に味わった『幻の和栗の生絞りモンブラン』の完璧な余韻を引き継ぎつつ、本日の新たな退勤ターゲットである『洋梨のクリスタル・タルト』の美しい断面を脳内でシミュレートしていた。
王都ホテルの最上階ラウンジで、秋限定で提供されるそのタルト。
サクサクのアーモンド生地の上に、極上の甘みを持つ洋梨のコンポートが宝石のように敷き詰められ、透明な飴細工のドームで覆われているという至高の芸術品だ。
(……昨日のモンブランも最高だったけれど、今日のタルトも絶対に逃せない。私の定時(十七時)は、王都の法律よりも重い絶対原則なのだから)
昨日、サクラのベテランパーティ『暁の剣』を論破し、彼らが村長の指示で偽のアンケート(CSAT)を提出していた事実を吐かせた。
残るタスク(業務)はただ一つ。この「優良顧客」の皮を被った怪物の正体を暴き、すべてを王都騎士団に引き継ぐ(エスカレーションする)ことだ。
その手続きさえ終われば、十七時三十分のタルトの予約には余裕で間に合う。
「あ、アイラさん……本当に来るんですか、あの恐ろしい村の村長が……」
隣の窓口で、ルークが顔を青ざめさせながら小声で尋ねてきた。彼は昨日、『暁の剣』の口から語られた「自分たちは金をもらって嘘をついており、村へ行った新人たちは誰も帰ってこない」という事実を聞き、すっかり怯えきっている。
「ええ。定期的な新規クエストの発注と、ギルドへの挨拶回りよ。……ルーク、貴方は平常心を保ちなさい。顔に出せば、相手に警戒されるわよ」
「む、無理ですよぉ……人殺し(かもしれない)お爺さんを笑顔で迎えるなんて……!」
「コールセンターにおいて、どんな悪質なクレーマーや反社会的な顧客であっても、回線を切るその瞬間までは『大切なお客様(VIP)』として扱うのがプロのSVよ。……さあ、来るわ」
ギルドの重厚な扉が、ゆっくりと開かれた。
護衛らしき屈強な村の若者を数人引き連れて、一人の老人が足を踏み入れた。
真っ白な髭を蓄え、上質な絹の外套を羽織ったその老人は、まるで絵本に出てくる『優しくて裕福なお爺さん』そのものだった。目尻には深い笑い皺が刻まれ、その表情からは一切の敵意や邪悪さは感じられない。
「おお! よくぞお越しくださいました、村長殿! お待ちしておりましたぞ!」
ギルドマスターが、尻尾を千切れんばかりに振る犬のように駆け寄った。
「ほっほっほ。バーンズ支部長、いつも我が村の依頼を受けていただき、感謝の念に堪えません。村の者たちも、ギルドの優秀な冒険者様たちには大変お世話になっておりますよ」
村長が、温厚な声で笑いかける。
だが、私の隠された能力【残響の波紋】は、彼の声が放つ波紋を捉え、その真実の色を網膜に映し出していた。
(……なんて色。吐き気がするわね)
私の視界に広がったのは、温かみのある老人特有の「穏やかな緑色」などでは決してなかった。
それは、極限まで無機質な『機械の灰色』。そしてその灰色の奥底に、乾いてこびりついた血のような『ドス黒い赤色』が混じっている。
彼から放たれる声の波紋には、人間に対する「感情」が一切存在しない。
彼にとって、村を訪れる冒険者たちは、人間ではないのだ。ただの『数字』、あるいは村を維持するために消費される『資源』でしかない。
「さあ、村長殿。どうぞこちらのVIP窓口へ! 当ギルドが誇る最高の受付嬢が対応させていただきます!」
マスターに案内され、村長が私の窓口へと歩み寄ってきた。
私は椅子からスッと立ち上がり、コールセンターにおける最上級の歓待設定、『営業用スマイル・タイプSS(究極のVIP対応と完全なる服従の偽装)』を展開し、黄金比の角度で深く一礼した。
「いらっしゃいませ、村長様。王都冒険者ギルドへようこそ。本日は遠方よりお越しいただき、誠にありがとうございます。……さあ、温かいハーブティーをご用意しております。どうぞお掛けくださいませ」
「おお、これはご丁寧に。相変わらず、こちらのギルドは教育が行き届いておるのう」
村長が満足げに目を細め、カウンターの前の椅子に腰を下ろした。
「本日は、新たな討伐クエストのご依頼(発注)ですね。いつも当ギルドをご贔屓にしていただき、心より感謝申し上げます」
私は手元の端末(魔導水晶)を起動し、彼が差し出した依頼書を受け取った。
「ええ。今回も村の周辺に棲み着いた魔物の討伐じゃ。……できれば、若くて体力のある、野心に溢れた『新人』や『中堅』のパーティにお願いしたい。彼らの成長の糧になればと思ってな。ほっほっほ」
(なるほど。若くて、まだ王都に強力なコネクションを持たない、行方不明になっても騒がれにくい『身寄りのない冒険者』を優先的に手配しろということね)
「承知いたしました。ご要望に沿う、活きの良いパーティを最優先で手配させていただきます」
私は一切の表情を崩さず、依頼書の処理を進める。
さあ、ここからが本番だ。
極上のVIP対応という名の真綿で相手を包み込み、油断しきったその喉元に、致命的な【罠】を仕掛ける。
「ところで、村長様」
私は、ハーブティーのカップにそっと手を添えながら、世間話でもするかのように自然なトーンで切り出した。
「実は先日、村長様の村へ向かった『若手の新人冒険者』から、当ギルドの窓口へ一件の【ご意見(VOC:Voice of Customer)】が寄せられまして」
「……ご意見、とな?」
村長の目が、わずかにピクリと動いた。
「ええ。もちろん、村の皆様の温かいおもてなしには大変感動しておりました。ただ……彼が言うには、夜中に『村の広場の地下』から、まるで地の底から響くような『不気味な獣の咆哮』が聞こえてきて、恐ろしくて眠れなかった、と」
私は、意図的に『地下』と『咆哮』というキーワードを強調して発音した。
これは私が昨日、サクラの冒険者たちの証言と、行方不明になった新人たちのデータから独自に構築した『架空のクレームログ』だ。
「……ほう」
村長が、ハーブティーのカップを口に運ぼうとしていた手を、空中でピタリと止めた。
「彼はひどく怯えておりまして。クエストを途中で放棄し、村から逃げるように帰ってきたと申しておりました。……当ギルドといたしましても、冒険者の安全管理の観点から、次回の王都本部の監査において、村の『地下』の安全調査チーム(実地監査)を派遣すべきか、検討に入っている段階でございます」
その瞬間。
私の【残響の波紋】が、村長から爆発的に噴き出した『どぎつい警戒と殺意の赤黒い波紋』を捉えた。
カチャリ、と。
村長がティーカップをソーサーに戻した。その手が、微かに震え、紅茶が数滴こぼれている。
いくら温厚な老人を演じていても、想定外の『イレギュラー(情報漏洩)』を突きつけられた人間の動揺は隠せない。
「……ほっほっほ。それは、きっと風の音の聞き間違いでしょうな」
村長が、顔の筋肉をこわばらせながら、必死に笑みを作った。
「我が村は谷底にありましてな。夜になると、谷風が岩穴に吹き込んで、まるで獣の鳴き声のように聞こえることがあるのですじゃ。……いやはや、若い冒険者殿を怖がらせてしまったようで、申し訳ないことをした」
(……見事なアドリブ(言い訳)ね。でも、貴方の声の波紋は完全に濁りきっているわよ)
「左様でございましたか。風の音でしたら安心いたしました。本部の監査チームにも、そのように報告しておきます」
私が微笑んで頷くと、村長はホッとしたように息を吐き、そして——自ら、致命的な『地雷』を踏み抜いた。
「……ところで、アイラ殿。その『途中で逃げ帰ってきた』という若い冒険者は、今はどちらに?」
村長の目が、獲物を探す蛇のように細められた。
「と申しますと?」
「いやいや、我が村の風の音で、せっかくのクエストを台無しにさせてしまった。村の代表として、彼に直接『謝罪と見舞いの品』をお渡ししたいと思いましてな。……どうか、彼の名前と、現在の滞在先の宿(アカウント情報)を教えていただけないだろうか?」
(————ビンゴ。)
私は心の中で、冷酷な勝利の鐘を鳴らした。
ただの風の音の聞き間違いなら、わざわざ相手の居場所を突き止め、直接謝罪に行く必要などない。
彼が居場所を知りたがっている理由はただ一つ。
『村の秘密(地下の咆哮)を知って逃げ出した生贄』を、王都の暗殺者を雇ってでも確実に【物理的に消去】するためだ。
「村長様、大変申し訳ございません」
私は、冷ややかな『SVボイス』のトーンをわずかに混ぜ込みながら、首を横に振った。
「当ギルドの【個人情報保護規約】に基づき、冒険者様の滞在先や個人情報を、外部のクライアント様へ開示することは固く禁じられております」
「そこをなんとか……! 村の誠意を見せたいのですじゃ!」
村長が身を乗り出してくる。その目には、もはや温厚な老人の面影はなく、血走った焦燥感が浮かんでいた。
「お気持ちはありがたく頂戴いたします。……ですが、コンプライアンスは絶対です。彼には私から、村長様の温かいお言葉を確実にお伝えしておきますので、ご安心くださいませ」
私は一切の隙を与えず、完璧な笑顔でシャッターを下ろした。
これ以上のヒアリングは不要だ。
私の罠に対する彼の異常なまでの反応。それこそが、あの村が「討伐クエスト」と称して新人冒険者を集め、村の地下に棲む【厄災級の魔物(あるいは邪神)】への『生贄』として捧げているという、おぞましい事実の絶対的な裏付け(ファクト)となった。
時計の針は、十六時三十分。
定時のタルトまで、残り一時間。
村長と、裏で結託している『暁の剣』を同時に窓口に縛り付け、完全に逃げ道を塞ぐための【クロージング(強制解約手続き)】の準備は、すべて整った。
「……さて。手続き(クエストの登録)は完了いたしました、村長様」
私は、依頼書の控えをカウンターに置いた。
「ありがとうございます。……では、私はこれで……」
村長が、少し顔色を悪くしながら立ち上がろうとした。
「お待ちください」
私は、氷のような声で彼をその場に縫い止めた。
「実は本日、村長様が王都にいらっしゃると聞き、どうしても直接お礼を言いたいという冒険者様たちを、こちらの窓口にお呼びしております」
「……お礼?」
村長が訝しげに振り返る。
ギルドの扉が開き、警備員たちに両脇を固められ、青ざめた顔で震える四人組の男たち——昨日、私が詐欺の事実を吐かせたサクラのベテランパーティ『暁の剣』が、フロアへと引きずり出されてきた。
「なっ……!? お、お前たちは……!」
村長が息を呑む。
「さあ。関係者がすべて揃ったところで、総決算を始めましょうか」
私は窓口という絶対的な聖域から一歩も動かず、極上の笑顔を浮かべた。
沈黙の村の恐るべき真実と、完璧な数字(CSAT)の裏に隠された【不良率(死亡率)一〇〇%】のカラクリを、今から論理の刃で完全に解体してやる。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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次回お楽しみに。




