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ギルドの受付嬢はうごかない ~定時に帰りたいので、一歩も動かず事件を解きます~  作者: ぱすた屋さん


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第42話:偽証のレビューと、抜き打ちQA(品質監査)

 


「おおーい! 受付のお姉さん! 『霧の谷』のクエスト、終わらせてきたぜ! 相変わらず最高の村だったから、アンケートも満点で書いといたぞ!」


 ギルドの重厚な扉を開け、四人組のベテラン冒険者パーティ『暁の剣』が、自信に満ちた足取りで私の窓口へと歩み寄ってきた。

 彼らの装備は上質なミスリルや魔法の布で仕立てられているが、奇妙なことに、数日間の辺境クエストから帰還したばかりだというのに、泥の跳ね返り一つ、魔物の返り血一滴すら付着していない。まるで、王都の歓楽街で数日間のバカンスを楽しんできたかのような、緩みきった顔つきだった。


「いらっしゃいませ、『暁の剣』の皆様。本日は『霧の谷』周辺の魔物討伐クエストの報告ですね」


 私は『営業用スマイル・タイプS(獲物を逃がさない絶対的捕食者の微笑み)』を顔面に貼り付け、彼らがカウンターに乱暴に置いた討伐証明書と、綺麗に記入された【顧客満足度(CSAT)アンケート】を手に取った。


「ああ。村の連中の接待は最高だし、飯も美味いし、報酬も弾む! ギルドの『最優秀クライアント』に選ばれるのも納得の優良物件だぜ。……さっさと報酬の金貨を頼むわ」


 リーダーである大柄な剣士が、カウンターに肘をつきながらニヤリと笑った。

 私が手元のアンケート用紙に視線を落とすと、案の定、すべての評価項目に迷いなく「五・〇(大変満足)」の印がつけられている。自由記述欄には『親切な村人たちに感謝。魔物もサクッと倒せた』という、何の中身もない薄っぺらなコメント(レビュー)が走り書きされていた。


(……典型的な『サクラ』のレビューね。現代の魔導通信網インターネットでもよく見るわ。商品を実際に使ってもいないのに、金をもらって星五つをつける悪質な業者ステルスマーケターの定型文よ)


 私はアンケートを横に置き、手元の砂時計をひっくり返した。

 時刻は十六時十分。

 私の愛する『幻の和栗の生絞りモンブラン』の受け取り時間まで、残り一時間二十分。

 この薄汚い詐欺師どものメッキを剥がし、彼らの口から村の『本当の闇』を吐き出させるには、十分すぎる時間だ。


「……報酬のお支払いの前に、少々よろしいでしょうか」

 私は銀貨の入った袋を手元に置いたまま、透き通るような声で告げた。


「なんだ? 早くしてくれよ、俺たちはこれから祝勝会で美味い酒を飲むんだからよ」


「当ギルドでは現在、サービス品質向上のための【抜き打ちQA(品質監査)】を実施しております。『暁の剣』の皆様は、過去一年間で最も多く霧の谷へ赴いておられる優良パーティ。……今後の後進(新人)たちの育成データを構築するため、より詳細な『現地でのヒアリング』にご協力いただけないでしょうか?」


「ヒ、ヒアリングだと?」

 リーダーの男が、一瞬だけ怪訝な顔をした。背後に立つ三人のメンバーも、顔を見合わせている。


「ええ。ほんの数分で終わる簡単な確認作業チェックです。……ご協力いただけない場合、アンケートの信憑性に疑義が生じたとして、本日の報酬の支払いを『一時保留ホールド』せざるを得ませんが」


 私は笑顔のまま、一切の逃げ道を塞ぐ。

 金銭インセンティブを人質に取られた彼らに、拒否権などない。


「ちっ……。わかったよ、何でも聞いてくれ。俺たちはあの村の隅から隅まで知り尽くしてるんだからな!」

 リーダーが強がって胸を張った。


(……ペーシング(歩調合わせ)完了。さあ、尋問の始まりよ)


 私は手元の羽ペンを回し、まるで世間話でもするかのように、最初の質問を投げかけた。

「ありがとうございます。では第一問。アンケートに『飯が美味い』とありますが、霧の谷の特産品である『氷結キノコのスープ』の味付けは、塩ベースでしたか? それとも味噌ベースでしたか?」


「あ、ああ! それな! もちろんどっちも美味かったが……し、塩ベースだったな! あっさりしてて最高だったぜ!」


 リーダーが即座に答える。

 だが、私の隠された能力【残響の波紋エコー・パルス】は、彼の声から立ち昇る波紋が、真実の『青』ではなく、完全な虚偽を示す『真っ黒な濁り』に染まっているのを捉えていた。


「左様ですか。素晴らしい記憶力ですね」

 私は一切の表情を変えずに相槌を打つ。

(……そもそも、あの村は谷の底で日照時間が短く、氷結キノコなど育たない。特産品というのは私が今でっち上げた『架空の設定ダミーデータ』よ。それに気付かず適当に話を合わせるなんて、頭の悪いサクラね)


 だが、これだけではただの勘違いだと言い逃れされる可能性がある。

 コールセンターのQA(品質監査)において、オペレーター(容疑者)を完全に論破するためには、絶対に言い逃れのできない『致命的なマニュアル(事実)違反』を突かなければならない。


「では、第二問です」

 私はギルドのカウンターに常備してある『王都周辺の広域地図』を広げ、霧の谷の周辺をペン先で指し示した。


「皆様は今回、村の南側での討伐を担当されましたね。今後の新人冒険者の安全管理リスク・アセスメントのためにお聞きしたいのですが……村の南にあるという『古いほこら』の周辺では、どのような魔物の分布エンカウントがありましたか?」


 私の質問に、リーダーの男はニヤリと笑みを浮かべた。

「ああ、あの祠な! あそこは厄介だったぜ。祠の周りに『ゴブリン』の群れがウヨウヨいてな。俺のこの大剣で、一匹残らず叩き斬ってやったよ! 村の連中も大喜びでな!」


 背後のメンバーたちも「そうそう、ゴブリンの手強さは異常だった」「でも俺たちの敵じゃなかったぜ!」と調子を合わせて笑い合う。


 彼らの声の波紋は、完全にドス黒い欺瞞の泥水と化していた。


「……なるほど。南の祠の周辺で、ゴブリンの群れを討伐されたと」

 私は地図から顔を上げ、氷点下の微笑みで彼らを見据えた。


「ええ、その通りだ。完璧な答えだろう?」


「ええ。完璧な『スクリプト(台本)の読み間違い』ですね」


「……は?」

 リーダーの笑みが、ピタリと止まった。


 私は手元の地図を、彼らの目の前に突きつけた。


「第一に。霧の谷の南側は、切り立った断崖絶壁クレバスであり、祠などという建造物は物理的に存在しません。……私が今、適当にでっち上げた『罠の質問トラップ』です」


「なっ……!?」


「第二に。王都の生態系データ(データベース)によれば、ゴブリンは湿地帯を好む魔物であり、年間を通じて霧に包まれる寒冷なあの谷に生息した記録は、過去五百年間で一度もありません。……貴方たちは、存在しない祠の周りで、存在しないゴブリンを討伐したことになります」


 リーダーの顔面から、一瞬にして血の気が引いた。

「あ……いや、それは……霧が濃くて、祠のように見えた岩を勘違いしただけで……! ゴブリンじゃなくて、ホブゴブリンの……!」


「苦し紛れのアドリブは、さらにボロを出すだけですよ」

 私は、一切の感情を排した絶対零度の『SV(管理者)ボイス』で彼らの退路を断ち切った。


「貴方たちは、霧の谷に行ってすらいない。道中の歓楽街で数日間遊び呆け、頃合いを見て王都へ戻り、村長からあらかじめ渡されていた『偽造の討伐証明書』と『満点のアンケート』をギルドに提出しただけ。……違いますか?」


「っ……!!」


「そして、その偽証(サクラ行為)の見返りとして、村長から高額な報酬のキックバックを裏で受け取っている。……ギルドのクエストシステムと監査の目を欺く、極めて悪質な【詐欺および業務妨害】です」


 フロアの空気が凍りついた。

 隣で聞いていたルークが「ええっ!? 暁の剣の人たちが、詐欺……!?」と素っ頓狂な声を上げる。


「き、貴様……っ! ただの受付嬢の分際で、証拠もないのにいい掛かりをつける気か!!」

 追い詰められたリーダーが逆上し、背中の大剣に手をかけようとした。


 だが、私は窓口の椅子から一ミリも動かない。


「証拠なら、貴方たちが今、自らの口で語った『矛盾だらけの回答ログ』がすべて録音魔道具に記録されています。……それに、本番はこれからです」


 私は時計を見た。十六時二十分。


「明日、霧の谷の村長本人が、新たなクエストの依頼のために王都のギルドへ挨拶にやって来る予定スケジュールとなっています。……そこで彼に直接、貴方たちの『完璧なアンケート』の裏にある、新人冒険者たちを食い物にしている『恐ろしい真実』について、ヒアリングを行わせていただきます」


 私の言葉に、リーダーの男の顔が、怒りから一転して『極度の恐怖』へと引きつった。

 彼は村長の顔を思い浮かべたのか、ガタガタと震え始めている。


「さあ、サクラの皆様。貴方たちのアカウント(冒険者資格)の凍結手続きは後回しにしてあげます。今は大人しく、あの村の『異常なサイクル』の全貌を、私の前で吐き出しなさい」


 定時のモンブランを守るため。

 そして、消えた新人たちの行方ログを追うため。

 氷の受付嬢による、容赦のない【真実のデバッグ作業】が、ついに核心へと迫ろうとしていた。



最後までお読みいただき、ありがとうございます。


本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【☆☆☆☆☆】をいただけますと幸いです。


次回お楽しみに。

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