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ギルドの受付嬢はうごかない ~定時に帰りたいので、一歩も動かず事件を解きます~  作者: ぱすた屋さん


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第30話:ゼロ・トレランス(絶対原則)の逆襲

次の回で飯テロ入れます(予言

 


「……この私に逆らうと言うのか、アイラ君? ただの地方支部の受付嬢が、本部の監査官である私に?」


 フィデルの顔が、怒りと屈辱で真っ赤に染まった。

 彼が手に持った銀のステッキでカウンターを激しく叩き、フロア全体に鋭い音が響き渡る。冒険者たちも、他の受付嬢たちも、水を打ったように静まり返った。


 時計の針は、十六時五十分。

 私の愛する『特大ドワーフ牛ハンバーグ』の焼き上がりに間に合わせるため、残された時間はあと十分しかない。


「ええ、逆らいます」


 私は一切の感情を排した、絶対零度の「SVスーパーバイザーボイス」で応じた。


「なぜならフィデル監査官、貴方自身が今朝制定した『コンプライアンス新規定・第四条』に、この決済が抵触しているからです。……お忘れですか? 『いかなる理由があろうとも、利益相反行為、およびギルドの財産を不当に毀損する決済は、これを無効とする』」


「なっ……! 何を馬鹿な! 私は規定通り、品質(QA)基準を満たさない不良素材を廃棄処分にしているだけだ! どこに利益相反があると言うんだ!」


 フィデルが声を荒らげる。

 私の【残響の波紋エコー・パルス】は、彼の声が放つ「ドス黒い緑色」の波紋が、焦燥によって激しく波打っているのを捉えていた。嘘と保身のノイズが、耳障りなほどにフロアを這い回っている。


「では、確認ファクトチェックをいたしましょう」


 私はカウンターの下から、ルークが回収してきた『第三倉庫の帳簿ログ』を滑らせ、フィデルの目の前に突きつけた。


「十四時三十分から十五時にかけて廃棄された『赤竜の火炎袋』と『ミスリル・ゴーレムの核』。そして今、貴方が決済を通そうとしている『白銀狼の毛皮』。……これらはすべて、市場価値が極めて高い特級素材です。それが一日で、しかも貴方が『同意書の読み上げ』を強要し、窓口が最も混乱パンクしていたピークタイムに集中して廃棄処理されている」


「そ、それは偶然だ! たまたま不良品が重なっただけで……」


「偶然ではありません。……意図的な『ボトルネック(業務の渋滞)』の悪用です」


 私は一歩も動かず、彼を見据えたまま言葉の刃を突き立てる。


「貴方は窓口の処理能力スループットを意図的に低下させ、警備員すらフロアの混乱収拾に駆り出される状況を作った。そして、誰の目も届かなくなった裏口の倉庫から、特級素材を『廃棄』という名目で横流ししていた。……違いますか?」


「証拠もないのに言いがかりをつける気か! 私は本部の人間だぞ! こんな侮辱、絶対に許さん! 今すぐ君を懲戒免職に……!」


『——証拠なら、ここにありますよ!!』


 ギルドの奥、裏口へ通じる通路から、大型犬のような大声が響いた。

 相棒のルークだ。彼は小太りの商人を後ろ手に縛り上げ、ずるずるとフロアへ引きずり出してきた。商人の足元には、麻袋からこぼれ落ちた『白銀狼の毛皮』が銀色の輝きを放っている。


「裏口に待機していた『廃棄業者』を名乗る男を拘束しました! 問い詰めたら、フィデル監査官から相場の十分の一で素材を買い取る手はずになっていたと自白しました!」


 ルークの報告に、ギルド内がどよめきに包まれた。

「おい、マジかよ……」「俺たちに面倒な同意書を読ませておいて、裏で横領してたのか!?」と、冒険者たちの怒りの矛先が一気にフィデルへと向かう。


 フィデルの顔から、一瞬にして血の気が引いた。

「ち、違う! そいつが勝手にやったことで、私は何も知らない! 私はただ、コンプライアンスを……!」


「……見苦しいですね、フィデル監査官」


 私は冷ややかな声で、彼の言い訳を完全に遮断カットアウトした。


「貴方は今朝、こう仰いましたね。『ゼロ・トレランス(例外なき規則適用)だ、一切の妥協は許さん』と」


 フィデルが、ビクリと肩を震わせた。


「貴方がギルドに強要したその絶対原則ゼロ・トレランスに則り、貴方の不正行為に対しても一切の情状酌量を排除します。……ルーク、ただちに王都本部の『内部統制局』へ、この男の横領の証拠ログと身柄を転送エスカレーションしなさい。SLA(サービス品質保証)の観点から、このような不純物を当ギルドに一秒たりとも滞在させるわけにはいきません」


「アイラ君! 待ってくれ、私と君の仲じゃないか! 利益は半分……いや、七割渡す! だから……!」


「お断りします。私は不正な金貨よりも、真っ当な労働の対価で食べる夕食の方を愛していますので」


 私は手元の羽ペンを走らせ、あらかじめ用意しておいた『監査官による不正行為の報告書』に、完璧な角度で承認印スタンプを押し込んだ。


 時計の針が、十七時ジャストを指した。

 ギルド内に、終業を告げる鐘の音が鳴り響く。


「……本日の業務は、これにて終了シャットダウンです」


 私は立ち上がり、一秒の遅滞もなく窓口のシャッターをガラガラと下ろした。

 床にへたり込み、冒険者たちと警備員に取り囲まれるフィデルの姿を背に、私はギルドの通用口へと向かう。


「あ、アイラさーん! 待ってくださいよぉ、僕の活躍、見てくれました!?」

 ルークが尻尾を振るように追いかけてくる。


「ええ、見ていたわ。同意書の読み上げで一文字噛んでいたけれど、商人を捕まえた機動力だけは評価してあげる」

「厳しいなぁ! でも、これで明日からあの面倒な同意書は読まなくていいんですよね!」


「当然よ。あんな形骸化したマニュアル、明日には私が全部シュレッダーにかけておくわ」


 ギルドの外に出ると、夕暮れの王都の風が心地よく頬を撫でた。

 私の足取りは、羽が生えたように軽い。


(さあ、行くわよ。……愛しの『特大ドワーフ牛ハンバーグ』。ナイフを入れた瞬間に溢れる肉汁、それに絡む濃厚なデミグラスソース……!)


 プロの受付嬢としての仮面を脱ぎ捨てた私は、胃袋の赴くまま、夕闇の街へと一直線に歩き出した。

 コンプライアンス(法令遵守)も大事だが、私にとって最も優先すべき絶対原則ゼロ・トレランスは、「定時退勤」と「美味しいご飯」なのだから。



最後までお読みいただき、ありがとうございます。


本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【☆☆☆☆☆】をいただけますと幸いです。


次回お楽しみに。

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