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ギルドの受付嬢はうごかない ~定時に帰りたいので、一歩も動かず事件を解きます~  作者: ぱすた屋さん


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第26話:ソーシャル・エンジニアリングの罠と、アイラ流・防犯訓練

異世界版オレオレ詐欺ー!!

 


「……なるほど。見事なまでの『フィッシング(情報の釣り上げ)』ね」


 十七時十五分。

 私はデスクから一歩も動かず、ルークが資料室から持ってきた過去三日間の『遠隔通信ログ』の束をパラパラと捲っていた。

 すでに私の胃袋は「クラーケンの唐揚げ」を諦め、深夜営業の屋台の「激辛オーク麺」へとターゲットを再設定している。この怒りと空腹の代償は、絶対に犯人から搾り取らねばならない。


「アイラさん、フィッシングって何ですか?」

 ルークが小首を傾げる。彼の机には、未処理の書類が山積みになっている。


「ええ。この三日間、被害に遭いかけた高ランク冒険者たちの通信履歴に、奇妙な共通点があるのよ。……彼ら全員、一昨日の午後に『ギルド本部・顧客満足度(CS)アンケート』と称する通信を受けているわ」

「アンケート? そんなの、本部から指示は出ていませんよ?」


「だから偽物なのよ。犯人はまず、『アンケートにご協力いただければ、次回のクエスト手数料を割引します』と甘い言葉インセンティブで冒険者たちに通信を繋いだ。そして、『ご本人確認のため、最近の怪我の状況や、よく行く酒場、出身地を教えてください』と聞き出したのよ」


「あっ……!」ルークが口をパクパクさせた。


「そう。前世……いえ、私の故郷ではこれを『ソーシャル・エンジニアリング』と呼ぶわ。魔法や物理的なハッキングではなく、人間の心理的な隙や『親切心』を突いて、パスワードや個人情報を奪い取る手口よ。彼らはそこで得た『本人しか知らない情報』を使って、私たち窓口を騙そうとしたのね」


 高ランク冒険者ほど、自分の武勇伝や情報を語りたがる傾向がある。そこを突いた、実によく練られたスクリプト(台本)だ。

 だが、詰めが甘い。私の「声の色を見る」能力【残響の波紋エコー・パルス】と、事務職としての「違和感察知能力」を計算に入れていなかったのが、奴らの最大の誤算だ。


 その時だった。


『ピロロロロ……! ピロロロロ……!』


 ルークのデスクに置かれた、特別回線用の赤い通信魔道具がけたたましく鳴り響いた。

 これは、王都本部や支部長クラスからの「緊急通信」専用の回線だ。


「ひっ!? な、なんで僕の端末に特別回線が!?」

「慌てない。受電ピックアップしなさい。ただし、私が合図するまで余計なことは言わないこと」


 ルークが震える手で通信石に触れる。


『——あー、ルーク君か。私だ。サブギルドマスターのバルドだ』


 重厚で、少し威圧的な中年男性の声。

 現在、王都へ出張中の私たちの上司、バルド副支部長の声そのものだった。

 ルークは顔面を蒼白にさせ、直立不動の姿勢をとった。


「ば、バルド副支部長! お疲れ様です!」

『うむ。実は今、王都で緊急の極秘案件が動いていてな。至急、ギルドの予備金庫から金貨五百枚を、私が指定する「特務口座」へ転送してほしい。……急ぎだ。支部長には私から後で話を通すから、君の権限で今すぐ処理したまえ』


「こ、金貨五百枚!? しかも僕の権限で……!? あ、あの、それは規約上……」

『ルーク君! 君は本部の緊急事態に規約を持ち出すのかね!? 君の査定に関わるぞ!』


 ルークの目から涙が溢れそうになっている。

 典型的な『権威勾配(上下関係)』を利用した圧力。新人や立場の弱い者を狙い撃ちにする、卑劣極まりない手口だ。


 だが、私の目にはハッキリと見えていた。

 通信機から漏れるその声の波紋は、バルド副支部長特有の「深緑色」ではなく、先ほどの詐欺師と同じ「濁った灰色のノイズ」に塗れていることを。


(……なるほど。末端の冒険者で失敗したから、今度は直接『大物』を狙ってきたわけね)


 私は窓口の下で、ルークのすねを靴の先端で軽く蹴り上げた。

「痛っ!?」


 私はインカムのスイッチを切り替え、ルークの耳だけに聞こえる『ウィスパー(囁き)モード』で指示を飛ばす。


(ルーク。パニックを起こすふりをしなさい。……コールセンターにおける『ペーシング』の応用よ。相手が焦っているなら、こちらも焦っている演技をして相手の警戒心を解くの。ただし、手続き自体は絶対に遅延ストールさせること)


「えっ、あ、はいっ! す、すみません副支部長! 今すぐ処理したいのですが、魔力認証のシステムが重くて……! 起動に少し時間がかかりますぅぅ!」


 ルークは私の指示通り、見事なまでの「無能でテンパっている新人」を演じた。泣きそうな声は演技ではなく半分本物だ。


『チッ……! どんくさい奴だ! 早くしろ、五分以内に決済を通せ!』


 犯人の声に、明らかな「焦燥」と「苛立ち」の赤い波紋が混じる。

 ボロが出始めた。魔法で声を偽造していても、感情の揺れまでは隠しきれない。


(上出来よ、ルーク。……相手は今、自分が主導権を握っていると錯覚している。あとは私が刈り取るわ)


 私は自分のデスクの魔導盤を操作し、ルークの通信回線を強制的に私のヘッドセットへと引き継いだ(エスカレーション)。

 そして、姿勢を正し、最高に冷え切った「SVスーパーバイザーボイス」を起動する。


「——お電話代わりました。王都支部・窓口責任者のアイラです。……大変お待たせいたしました、『自称』バルド副支部長」


『……なっ!? アイラくんか!? なぜ君が……ルーク君はどうした!』


「新人の処理が遅延しておりましたので、規定に基づき上席対応エスカレーションとさせていただきました。……さて。金貨五百枚の特務送金ですね」


 私は手元の羽ペンをクルクルと回しながら、絶対零度の笑みを浮かべた。


「緊急事態とのこと、重々承知しております。つきましては、高額決済に伴う『二要素認証』を行わせていただきます。……バルド副支部長、貴方がいつもデスクの二番目の引き出しに隠している『奥様に内緒のヘソクリの金額』と、それを挟んでいる『いかがわしい本』のタイトルを、今ここで読み上げてください」


『…………は?』


「おや、ご自身の秘密をお忘れですか? 答えられない場合、この通信は『なりすまし』と断定し、即座に王都騎士団の魔力逆探知部隊へ回線を接続しますが」


 通信機の向こうで、犯人が息を呑む気配がした。

 さあ、定時を奪った代償を払う時間だ。私は窓口という聖域から一歩も動かず、顔の見えない詐欺師の首元に、論理という名の刃を突きつけた。



最後までお読みいただき、ありがとうございます。


本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【☆☆☆☆☆】をいただけますと幸いです。


次回お楽しみに。

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