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ギルドの受付嬢はうごかない ~定時に帰りたいので、一歩も動かず事件を解きます~  作者: ぱすた屋さん


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第3話:クレーム処理の極意


「……ふざけるな! そのナイフが俺のだって証拠があるのか!?」


 ガイルが叫び、窓口のカウンターを激しく叩いた。周囲の冒険者たちが息を呑む。

 証拠を突きつけられた人間が取る行動は、いつだって決まっている。

 ――逆ギレ、あるいは責任転嫁。

 コールセンターで「理不尽な要求」を繰り返すクレーマーたちと、全く同じ反応だ。


 私の視界では、彼の周囲に立ち込める色が「恐怖の青」から、さらにどす黒い「自暴自棄の赤」へと混ざり合っていた。


(……はい、ボルテージが上がりましたね。ここからは「ガス抜き」と「クロージング」の時間)


「お声を荒らげないでください、ガイル様。……周りのお客様のご迷惑になります(冷静な指摘)」


 私はあえて表情を変えず、声のトーンをさらに一定に保つ。

 激昂する相手に釣られて声を荒らげるのは、三流のオペレーターだ。

 一流は、氷のような静寂で熱を奪う。


「このナイフが、昨日あなたが売却したテオ様の予備の短剣と『対』のものであることは、既に台帳で照合済みです。そしてルークが宿のゴミ箱から回収した際、宿屋の主人も『ガイルが何か重いものを捨てていた』と証言しています」


「それは……! それは、テオの遺品を整理しただけで……!」


「整理するものを、なぜ宿の裏のゴミ箱に捨てる必要があるのでしょうか?(質問による誘導)」


「うるさい! 俺はオーガに襲われて混乱してたんだ! 何を捨てたかなんて覚えてねえ!」


 ガイルの言葉は支離滅裂になり始めている。

 私はここで、前世の営業で培った最強の武器『イエス・セット』を展開する。

 相手が「はい」と答えざるを得ない質問を重ね、心理的な逃げ道を塞いでいくのだ。


「ガイル様、あなたはテオ様と五年以上の付き合いでしたね?」

「……ああ、そうだ」

「あなたは彼を信頼しており、彼もまたあなたを信じて背中を預けていた。そうですね?」

「……当然だ」

「それほど信頼していた相棒が死んだのです。あなたは今、一刻も早く弔慰金を受け取り、彼の供養をしたいと考えている。お間違いありませんね?」

「当たり前だ! だから早く手続きしろと言ってるんだ!」


 三つの「イエス」。これで彼は、私の言葉を「否定しにくい」心理状態に追い込まれた。

 私は営業スマイルを完全に捨て、一〇〇%の『クレーム処理・威圧モード』へ切り替える。

 声のトーンを限界まで下げ、腹の底に響くような低音で、彼に引導を渡す。


「――では、なぜ。あなたは弔慰金の申請書に、テオ様の遺族の住所ではなく、『自分の借金先』の口座を書き込んだのですか?」


 ギルド中が、水を打ったように静まり返った。

 ガイルの顔から、一滴の血も失われる。


「……あ、が…………」


「昨晩、あなたが路地裏で借金取りと接触していたという目撃情報もあります。……テオ様は、あなたの借金を返すために殺された。オーガではなく、あなたが後ろから、そのナイフで彼を。……そうですね?」


 私の目に見えるガイルの色が、一気に「絶望の灰」へと染まった。

 声の波紋が、完全に途切れる。

 嘘を重ねる気力さえ、私の「声」によって奪われたのだ。


「……あ……ああ、あああああああ!」


 ガイルはその場に崩れ落ち、獣のような悲鳴を上げた。

 その直後、待機していたギルドの警備兵たちが彼を拘束し、引きずっていく。

 最後まで、彼は「俺が悪かったんじゃない、金が欲しかっただけだ」と醜い言葉を吐き散らしていた。


 騒動が収まり、ギルドに平穏(と、新たな噂の種)が戻ってくる。


「ふぅ……。処理完了。……ルーク、お疲れ様。後でこれ、台帳に戻しておいて」


「アイラさん……すごすぎますよ。窓口から一歩も動かないで、あんな……」


 ルークが尊敬と畏怖の混じった目で私を見る。

 私は肩をすくめ、カウンターに突っ伏したい衝動を必死に抑えた。


(……あー、疲れた。一五分も残業しちゃった。前世なら労基署に駆け込むレベルね)


 手柄はすべてルークのものとして報告させた。

 私はただの「正確で少し冷たい受付嬢」であればいい。目立つのは、動くのと同じくらい嫌いだ。


 だが、定時退勤の鐘が鳴る直前。

 ギルドマスターが、ニヤニヤとした笑みを浮かべて私の窓口にやってきた。


「アイラ、実に見事だった。……というわけで、折り入って相談がある。今度は、近隣の貴族様から『注文したドラゴンの肉が、昨日のものと味が違う』という猛烈なクレームが入っていてな。君を指名だそうだ」


「…………」


 私は深く、深くため息をついた。

 そして、手元の電卓――魔導計算機を叩き、無表情に数字を提示する。


「マスター。……今回の件、残業代三倍と、明日の一時間遅刻を認めないなら、私、今すぐ辞表ログアウトを出しますけど?」


「わ、わかった! わかったからその冷たい声で睨まないでくれ!」


 私は再び、完璧な営業用スマイルを顔に貼り付けた。


「ありがとうございます、マスター。……では、次のお客様、どうぞ。……最高のおもてなしを、窓口にて承ります」


 鉄の受付嬢の戦いは、明日もまた、この一歩も動かない聖域で続いていく。


短編『ギルドの受付嬢はうごかない 』を最後までお読みいただき、誠にありがとうございました!


窓口から一歩も動かずに事件を解決するアイラの物語、いかがでしたでしょうか。

今回は「保険金詐欺」という比較的(彼女にとっては)初歩的な案件でしたが、実はギルドの窓口には、まだまだ「貴族の遺産トラブル」や「勇者パーティの内部崩壊」といった、現場に出るよりもよっぽど泥沼で面倒な相談が山積みです。


「アイラの毒舌(営業トーク)をもっと聞きたい!」「窓口から動かない安楽椅子探偵スタイルが面白い」と思っていただけましたら、ぜひ下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして評価をいただけますと、執筆の大きな励みになります!


皆様の評価やブックマークという名の「残業代」が多ければ、遠くないうちに連載版として、アイラのさらなる「窓口戦記」をお届けできるかもしれません。


応援のほど、どうぞよろしくお願いいたします!


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