第17話:雪に埋もれた十年前の記録(アーカイブ)
15時00分。
外は依然として魔導吹雪が荒れ狂い、ギルド全体が巨大な氷の棺桶に閉じ込められたかのようです。
私は窓口のデスクで、十年前の「監査報告書(デジタル版)」を指先で叩いていました。
「……不自然すぎます。十年前、英雄アリス様が亡くなったとされる当日のログ。通信記録がわずか三十分間、完全に『欠落』している。……ルーク、現場へ向かう準備はできましたか?」
「は、はい! 防寒具と、魔導ランタン、それからアイラさんに言われた『物理的な記録媒体』……つまり紙の台帳を探すためのカバンも持ちました」
ルークは震える手で装備を確認しています。
旧館の地下にある「物理記録庫」。そこは魔法によるデータ化が普及する前の、カビと埃に埋もれた『情報の墓場』です。
「デジタルログは書き換えられますが、紙に染み込んだインクと、押された印鑑は嘘をつきません。……十年前、何が『消去』されたのか。そのバックアップを物理的に回収してきなさい」
「……アイラさんは、行かないんですか?」
「私はここ(窓口)で、生き残った代理人たちの『動線』を監視しなければなりません。……。それに、私は寒さが苦手ですので。これは立派な『業務分担』です。……さあ、行ってらっしゃい」
---
【旧館・地下記録庫:ルークの視点】
旧館は、一歩足を踏み入れるだけで凍りつくような冷気に満ちていました。
アイラさんがボイラーを止めたせいで、廊下には霜が降りています。
「……うう、怖い。アイラさんの怒った顔よりはマシだけど……」
ルークはランタンを掲げ、地下の重厚な扉をこじ開けました。
そこには、棚を埋め尽くすほどの膨大な書類の山。彼はその中から『十年前・極北支部監査記録』と書かれた、ボロボロの束を引き抜きました。
「ええと、アリス様の死亡診断……あった。……ん? なんだこれ」
ルークはそのページに、奇妙な「事務的な違和感」を見つけました。
「死亡診断書の裏に、別の用紙が貼り付けられている……? 『遺族への補償金支払い通知』……受取人の名前が、黒塗りで完全に潰されてる。……あ、でも、ここだけインクが滲んで読めるぞ。ええと……」
その時でした。
背後で、「カチッ」と、乾いた金属音が響いたのは。
---
【ギルド窓口:アイラの視点】
私は手元の管理端末を見つめていました。
旧館の温度センサーが、微かに反応しています。
「……。二酸化炭素濃度が急上昇しましたね。ルークの呼吸以外の、別の『呼吸』です」
私は通信機を手に取りました。
「ルーク、応答しなさい。……ルーク?」
返ってくるのは、ザッ、ザッという不気味なノイズだけ。
しかし、そのノイズの合間に、私には聞こえました。
幼い、しかし冷徹な少女の声が。
『……事務官さん。あんまり重箱の隅を突くと、あなたの記録も消えちゃうよ?』
直後、旧館の全電源が強制的にシャットダウンされ、私の端末からすべての「ログ」が消滅しました。
「……。なるほど、警告ですか。ですが、残念でしたね。……私は、『バックアップを取っていない作業』は、一切信用しない主義なのですよ」
私は無表情のまま、引き出しから一通の「王都ギルド長宛・緊急報告書」を取り出しました。
そこには、ルークが地下へ向かう直前に、私が見抜いていた「仮説」がすでに書き込まれていました。
(十年前、彼らが消したのはアリス一人ではない。……。アリスを社会的に抹殺するために、彼らは『アリスの存在そのものに関わる重要データ』を、物理的にこの建物ごと封印したのですね)
吹雪はさらに激しさを増し、17時の終業チャイムまで、残り時間は刻一刻と削られていきました。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【☆☆☆☆☆】をいただけますと幸いです。
次回お楽しみに。




