第16話:第二の消失:ログの矛盾
11時30分。
昼休みの予鈴が鳴る時間ですが、私のデスクには重苦しい「保留」案件が積み上がっています。
吹雪は勢いを増し、ギルドの建物全体が軋むような音を立てていました。
「アイラさん……。ジュリアン様が、部屋から出てきません。扉を叩いても返事がなくて……」
ルークが蒼白な顔で戻ってきました。
嫌な予感は、的中するものです。私は即座に立ち上がり、予備のマスターキーを手に取りました。
「事務規定通り、二度目の安否確認を行います。同行しなさい」
広間にいた他の代理人たち――傲慢なジャイルズ、青ざめたファスト医師、沈黙を守るヴァンス――も、私の後に続きました。
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【ジュリアンの自室:無人の密室】
扉を開けた先には、またしても「無」が広がっていました。
窓の結界は正常。部屋は整頓されすぎており、生活感が希薄です。そして机の上には、昨日まで彼が持っていたはずの*
「叩き割られたギルドカード」が、皮肉な遺物のように置かれていました。
「まただ……。また消えた。次は誰だ……次は俺か!?」
マリウス商人が悲鳴を上げ、ジャイルズが激しく舌打ちをします。
一晩で二人。しかも魔法の監視には一切の反応がない。
しかし、私は絶望する彼らを横目に、廊下の突き当たりにある「魔導ボイラー管理室」へ向かいました。
「アイラさん、何を……?」
「ルーク。魔法で姿を消せても、人間である以上、『生理現象』までは消せません。……見てください。これは昨夜から今朝にかけての、ギルド内の水道および温水使用ログです」
私は管理端末の画面を指し示しました。
■ 温水使用履歴(00:00 - 06:00)
| 時刻 | 使用場所 | 使用量 | 備考 |
| **02:15** | 2F 特別客室(ジュリアンの部屋) | 5L | 手洗い程度の使用。 |
| **03:45** | 旧館・廃室エリア | 60L| 不自然な大量消費。 |
| **05:00** | 1F 厨房 | 10L | 支部長による朝食準備。 |
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「旧館……? あそこは十年前の事件以来、封鎖されているはずじゃ……」
ルークが震える声で呟きます。
代理人の一人、元監査官のエレノアが鋭い視線を私に向けました。
「お嬢ちゃん、それがどうしたっていうんだい。水道の漏水かもしれないじゃないか」
「いいえ。使用量は正確に『人間一人がシャワーを浴び、汚れを落とす量』に一致しています。……そして、ルーク。先ほど、旧館の排水口からこれを回収しました」
私はピンセットで、小さな「青いインクの付着した布切れ」を掲げました。
それは、昨日セレン(偽物)が持っていたハンカチの端切れでした。
「……セレン様は消えた。しかし、この建物内では、今も誰かが温水を使い、血を洗い流すか、あるいは身なりを整えている。……。そしてこのインク。これはギルドの事務用ではありません。『英雄アリス』が好んで使っていた特注品と同じ成分です」
沈黙が広がります。
代理人たちの【残響の波紋】が、一斉に恐怖の「紫色」に染まっていくのが見えました。
「……犯人は、魔法で自分を『背景』に変えているのではありません。『システム上の死者(ログアウト状態)』になることで、監視の死角に入り込んでいる。……。そして、今も私たちのすぐ側で、悠々と『8人目の生活』を楽しんでいるのですよ」
私は窓の外、白一色の世界を睨みつけました。
「ルーク。今夜、旧館のボイラーを『事務的なメンテナンス』名目で停止させなさい。……お湯が出なくなれば、幽霊も少しは不自由を感じるでしょう」
私の言葉は、17時を過ぎた残業代の請求書のように、冷酷で容赦のないものでした。




