第15話:第一の消失:密室の遺品
翌朝、07時00分。
極北支部の窓口。私は一秒の狂いもなくシャッターを開け、カウンターの埃を払いました。外は依然として猛吹雪。視界はゼロ。結界の維持ログを確認しましたが、外部からの侵入、および内部からの外出記録は「ゼロ」です。
「おはようございます、アイラさん……。結局、一睡もできませんでした」
目の下にクマを作ったルークが、フラフラと現れます。
「おはようございます、ルーク。睡眠不足は判断ミス(バグ)の元です。ですが、今朝の業務は予定通り進めます。……代理人たちの朝食の時間ですね」
食堂には、一人、また一人と代理人たちが集まってきました。
ジャイルズの不機嫌な足音、マリウスの落ち着かない視線、ヴァンスの沈黙。しかし、一人が欠けていました。
――少女、セレンが現れません。
「……あの娘はどうした? まさか、この状況で寝坊か?」
医師のファストが苛立ちを露わにします。私は時計を確認し、予備のマスターキーを手に取りました。
「予定時刻を5分超過しました。事務規定に基づき、生存確認(安否確認)を行います。ルーク、同行しなさい」
---
【セレンの自室:密室の点検】
彼女の部屋の前に着くと、魔法障壁は正常に作動していました。つまり、物理的な鍵だけでなく、魔導的なロックも内側からかかったままです。
私がマスターキーを差し込み、扉を開いた瞬間。
部屋の中に、彼女の姿はありませんでした。
「……いない? 窓は結界で塞がれているし、隠れる場所なんて……」
ルークが部屋を見渡して絶句します。ベッドは整えられたままで、争った形跡もありません。
ただ、机の上に「あるもの」が置かれていました。
それは、真っ二つに叩き割られたセレンのギルドカード。
「なっ……! カードが割られてる!? これじゃ、彼女はギルドの保護対象から外れて……システム上、『死んだ』ことになっちゃうじゃないですか!」
ルークの悲鳴に近い声。ギルドカードの破壊は、この世界における「社会的抹消」を意味します。私は即座に携帯端末で彼女のステータスを確認しました。
> **対象者:セレン**
> **状態:登録抹消(Status: NULL / Deceased)**
> **原因:不明なエラー**
「……。魔法の監視網からも、彼女の反応が消えていますね。ですが、ルーク。見てください」
私は、脱ぎ捨てられたようにベッド脇に並んでいる彼女の靴を指差しました。
「……靴ですか? 普通に揃っていますけど……」
「いいえ。昨日、私が彼女を受付した際、事務的に記録した『足のサイズ』は22.5センチでした。……ですが、この靴。今ここで実測したところ、23.2センチあります」
私は手元の記録帳をルークに見せました。
「昨日の彼女が履いていた靴と、今ここにある靴……。サイズが合いません。つまり、昨日私たちの前で怯えていた『セレン』と、この部屋で靴を脱いだ『誰か』は、物理的に別の個体である可能性が極めて高い」
---
「どういうことだ! 娘が消えただと!?」
食堂に集まった他の代理人たちが、私の報告を聞いて騒然となります。
「まさか、本当に『亡霊』が……」
「馬鹿なことを言うな! 誰かが彼女を連れ出したんだ!」
互いに罵り合い、疑いの目を向ける代理人たち。
その中で、私は一人、静かに「ルークに渡した糸」の回収を行いました。
「……ルーク。あなたの部屋の糸は?」
「あ、はい。切れてませんでした。僕の部屋には誰も入ってません」
「そうですか。……ですが、支部長。先ほどから黙っているようですが、あなたの顔色が『エラーログ』のように青白いですよ」
支部長は震える手で茶杯を握りしめ、何かを言いかけて口を閉じました。
(……。昨日受付に現れた『身代わりの少女』が消え、ステータスだけが『死亡』に書き換えられた。そして、名簿には最初から『8人目』の影……)
私は窓の外の吹雪を見つめました。
17時までのカウントダウンは、まだ始まったばかりです。
「皆様。この件、『未解決の未完了案件(保留)』として処理します。犯人が誰であれ、私の帳簿を汚した報いは、事務的に、きっちりと受けていただきますよ」
私の瞳に、冷徹な事務官の光が宿りました。




