第12話:シャットダウンと、心の報酬
短めです。
16時48分。
ギルドのエントランスに、場違いな怒号が響き渡りました。
掲示板を指差し、肩を激しく上下させているのは、フードを脱ぎ捨てたバース元監査官。かつての威厳はどこへやら、その顔は屈辱と怒りでどす黒い赤色に変色しています。
「アイラ……! 貴様、何だあのデタラメな規定は! 私の理論を『無価値』だと!? 修正しろ、今すぐ書き直せ! ギルドの計上方式は、私の編み出した『完全版』以外にあり得んのだ!」
私は手元の書類をトレイに片付け、一度だけ大きく溜息をつきました。
17時まで残り12分。……想定通りの、最も「生産性の低い」クライマックスです。
「いらっしゃいませ、バース様。窓口へお越しいただけるのを、首を長くして……いえ、事務的に待機しておりましたよ」
「……っ!? 貴様、私が来ると分かって……」
「ええ。あなたは自分のプライドを傷つけられることに耐えられない。向かいのカフェから双眼鏡で私を監視し、手紙を送り続けていたのも、すべては自分の『正しさ』を確認したかったからでしょう?」
私はカウンターに、ルークが持ち帰った証拠品を並べました。
「日付の書き方、旧式の公文書用紙、そして特注の青いインク。すべてがあなたを指し示しています。ですが、最大の決定打は……」
私は一通の手紙の、ある箇所を指先で叩きました。
「行の終わり、一文字分だけ空いた余白。あなたは完璧を期すあまり、次の行へ移る前に必ずペンを止め、思考を整理する癖がある。一年前、私があなたのミスを指摘したあの報告書にも、全く同じ『指癖』が刻まれていました」
バース様は絶句し、顔から血の気が引いていくのが見えました。
私の【残響の波紋】を通すと、彼の放つ色は「傲慢な黄金色」から「惨めな灰褐色」へと急速に退行していきます。
「声(本音)は聞こえずとも、あなたの『仕事の跡』がすべてを語っています。……さて、バース様。匿名による業務妨害、ならびにギルド資産の不正持ち出し。本件、現時刻をもって『重大な規約違反』としてクローズ(処理)させていただきます」
「……あ、ああ……」
警備兵が彼の両腕を掴みます。
彼は崩れ落ちるように連行されていきました。一年前の会議室で彼に引導を渡した時と同じ、静かな、しかし確実な事務的処刑でした。
16時55分。
ギルド内に平穏が戻り、私は最後の手紙をシュレッダー代わりの魔法具に放り込みました。
ふと横を見ると、ルークが疲れ切った様子で、カウンターに突っ伏しそうになりながらも、私を待っていました。埃まみれの靴と、乱れた息。彼は私のために、この街を何マイルも走り回ったのです。
「ルーク」
「……へ? あ、はい! 次は何を……? 掃除ですか? それとも書類の整理……」
慌てて姿勢を正す彼に、私は少しだけ肩の力を抜き、完璧な仮面ではない、本当の言葉を贈りました。
「いえ。……今回の迅速な解決は、あなたの『足』による調査のおかげです。……ありがとうございました。助かりましたよ、ルーク」
「え……。あ、ええっ!?」
ルークは一瞬、フリーズしたかと思うと、耳の付け根まで一気に真っ赤に染まりました。
その色は、バース様の怒りの赤とは正反対の、純粋で、熱すぎるほどの「肯定」の色。
「そ、そんな! 僕は、その……アイラさんの役に立ちたかっただけで……! ぜ、全然、平気です! 明日もまた、何でも言ってくださいっ!」
慌てふためいて、自分の足をもつれさせながら「お疲れ様でしたっ!」と去っていく彼の背中。
……。事務処理(お礼)一つでこれほど分かりやすい反応をされると、こちらまでリソースを削られそうになりますね。
17時00分。
終業の鐘が鳴り響きました。
「……さて。ようやくシャットダウン(終業)です」
私は一度も振り返ることなく、窓口のシャッターを下ろしました。
夕暮れの街へ踏み出しながら、私はふと、明日ルークに差し入れするお菓子の「予算計上」を脳内で始めました。
「……お疲れ様でした。定時ですので、失礼します」
【完】
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
リピートクレーマーって本当にめんどいですよね。
さくっと業務妨害で引っ張ってもらいたいです…。
最後はちょっとルークにもご褒美がありました。
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次回もお楽しみに。




