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ギルドの受付嬢はうごかない ~定時に帰りたいので、一歩も動かず事件を解きます~  作者: ぱすた屋さん


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第1話:鉄の受付嬢と、微笑みの防波壁

3/31 加筆改稿

 朝の冒険者ギルドは、戦場、あるいは『月曜朝九時のコールセンター』に酷似している。


「おい、このオークの討伐報酬、先週より銀貨二枚も安すぎるんじゃねえか!? ギルドのピンハネか!」

「さっさとこの指名依頼を受注させろ! 規定ランクが一つ足りないくらいでガタガタ抜かすな、俺の腕を疑ってんのか!」

「すんません、昨日の夜、酔っ払ってギルドカードをドブに落としまして……再発行、タダになりませんかね?」


 怒号、理不尽な要求、安いエールの残り香と、泥と血に塗れた体臭。それに混じる、煮詰まったような殺気と焦燥感。

 並の人間なら鼓膜を破りたくなるような、あるいは胃に穴が空きそうな喧騒のど真ん中で。

 私、王都冒険者ギルド一階窓口担当のアイラは、椅子から一歩も、ただの一ミリたりとも動くことなく、淡々と、しかし完璧な速度で目の前の書類の山を捌いていた。


(……前世の、週明け月曜日の朝イチ、受電待ちのランプ(ACD)が真っ赤に点滅し、待機呼が常時百件を超えていたあの地獄のコールセンターに比べれば。……この程度の物理的な騒音なんて、優雅なクラシックのBGMにもならないわね)


 私の前世は、現代日本の某大手企業におけるコールセンター勤務。

 数千人のオペレーターを抱える巨大組織の中で、営業成績トップを独走し続けた後、なぜか「難攻不落の悪質クレーム処理専門部署」へと栄転(という名の左遷)させられた女だ。

 何時間も電話口で怒鳴り散らすモンスタークレーマーたちの多種多様な暴言を、「大変貴重なご意見として承ります」という鋼のシールドで無力化し、淡々と処理し続けてきた。それに比べれば、目の前で剣の柄に手をかけて凄んでくる冒険者など、ただの『声の大きい迷子』に等しい。


「……はい、かしこまりました。カードの紛失ですね。再発行手数料は銀貨三枚、規定により減免措置はございません。お支払いが難しい場合は、本日の受注は不可となります。次の方、どうぞ」


 私は一切の感情を排した声でカード紛失男を処理し、視線を次へ移す。


「笑顔のままで、声のトーンは三音上げ。ドレミの『ソ』の音を意識して、と」


 脳内でスイッチを切り替え、口から紡ぎ出したのは、鼓膜に心地よく響く完璧な【営業用スマイルボイス】。

 目の前に現れたのは、これ見よがしに豪華な銀鎧をチャキチャキと鳴らし、前髪をかき上げたAランク冒険者の男だった。


「よぉ、アイラちゃん。今日も一段と綺麗だね。受付のカウンター越しじゃもったいないぜ。どうだい、今夜あたり俺と、王都で一番美味いワインを――」

「おはようございます。本日は新規クエストの受注でしょうか? それとも、完了報告でしょうか?(クローズド・クエスチョン)」


 甘ったるいナンパの言葉を、一ミリの隙も与えず、かつ「冷たくあしらわれた」と感じさせない絶妙なタイミングで遮断する。

 これは単なる話術ではない。主導権を相手から奪い取るための「誘導」だ。


「あ、いや、受注を……って、そうじゃなくてさ! 今夜の予定を――」

「承知いたしました。現在、お客様の優れたAランクの腕前で受注可能な、高効率かつギルド推奨の案件はこちらの三件です。どれになさいますか? Aのゴブリン集落の掃討、Bの護衛任務、あるいはCの下水道の清掃依頼ですか?(限定質問)」


 『Aか、Bか、Cか』。

 選択肢を提示することで、相手の脳の処理領域を「デートの誘い」から「仕事の選択」へと強制的に移行させる。相手に「NO(断り)」を言わせず、かつ「自分で選んだ」と錯覚させる、コールセンターの基本テクニック【ダブルバインド(二者択一話法)】の応用だ。


「え、あ、うーん……じゃあ、手っ取り早く終わるCで……って、なんで俺が下水道の掃除なんか!」

「素晴らしいご決断です。王都の衛生を陰で支えるCの任務は、真の実力者にしか任せられない重要案件ですからね。さすがはAランクです。では、こちらにサインを」


 流れるような手つきで羊皮紙を滑らせ、ペンを握らせる。

 男は「真の実力者」という承認欲求を満たすキラーフレーズに鼻の下を伸ばしながら、自分が最も面倒で臭い「下水道の清掃依頼」を掴まされたことにも気づかず、なぜか満足げにサインを書き入れて去っていった。


(……はい、平均処理時間(AHT)四十五秒。次)


 カウンターの下で、私は誰にも見えない重い溜息をつく。

 見栄えがいい(らしい)せいか、こうして無駄な世間話を装って私の神聖な業務時間を遅延させる輩が後を絶たない。

 正直、窓口から一歩も動きたくない。無駄なカロリーを消費したくない。

 何より、今日の私の【昼休憩ランチタイム】のターゲットは、ギルドから徒歩三分の大通りにある、老舗ベーカリーが一日二十個限定で焼き上げる『極厚ローストビーフの特製クロワッサンサンド』なのだ。

 サクサクのクロワッサン生地に、肉汁滴る柔らかなローストビーフが幾重にも折り重なり、特製のオニオンソースが絡む至高の一品。あれを確実に手に入れるためには、午前中の業務を完璧なタイムラインで捌き切り、一秒の遅れもなく昼休憩に入らなければならない。


 私が脳内でローストビーフにたっぷりとソースをかけていた、まさにその時だった。


「た、助けてくれ……ッ! 誰か、聞いてくれ……!」


 ギルドの重厚な扉がバンッと乱暴に開かれ、一人の男が転がり込むように入ってきた。

 中堅冒険者のガイルだ。

 彼の革鎧は不自然なほど泥にまみれ、所々が引き裂かれている。彼はふらつく足取りで私の窓口へと縋り付くと、床に膝をつき、大粒の涙をこぼしながら絶叫した。


「相棒のテオが……! 一緒に西の森へ薬草採取に向かったテオが、突然現れたオーガに……オーガに殺されたんだ! 俺を庇って……っ!」


 その悲痛な叫びに、喧騒に包まれていたギルドのフロアが水を打ったように静まり返った。

 周囲の冒険者たちが、同情と驚きの声を漏らす。

「西の森にオーガが出たのか!?」「テオの奴、気の毒にな……」「ガイルも、相棒を目の前で食われて……」

 フロア全体の空気が、悲劇の生存者への同情と、未知の脅威への警戒に染まっていく。


「頼む、受付嬢さん……! テオの家族に送るための弔慰金の申請を、今すぐさせてくれ……! あいつには、田舎に小さい妹がいるんだ……!」


 男の顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだった。その姿は、相棒を失った男の悲哀そのものに見えた。


 ――だが。私の目には、全く違う景色が見えていた。


 私には、この世界に転生した時から備わっている、ひどく地味で、しかしコールセンターのSVにとってはチート級に役に立つ能力【残響の波紋エコー・パルス】がある。

 それは、他者の発した「声」に込められた感情や真偽を、視覚的な色の波紋として捉えることができるという、共感覚のような力だ。

 本当に悲しんでいるなら、波紋は深い「青色」に。怒りなら「赤」に。


 そして今、ガイルの口から出た「殺された」という言葉。そして「弔慰金の申請」という言葉。

 そこから私の網膜に飛び込んできた波紋の色は、青でも赤でもなかった。


 それは、見ているだけで胃酸が逆流しそうになるほどにどろりとした、欲と悪意にまみれた『ドス黒い黄色』だった。

 私の前世の経験則が、脳内で最大級の警報アラートを鳴らした。


(……ああ、最悪。午前中のこんな忙しいピークタイムに、一番厄介な案件(悪質クレーム)が来ちゃったわね)


 冒険者の死亡に伴う「弔慰金」の不正受給。あるいは、仲間内での金銭トラブルを隠蔽するための「狂言死」。

 どちらにせよ、こいつの相棒のテオはオーガになんて殺されていない。

 もし私がこの涙ながらの嘘に騙されて申請書を受理し、後日ギルド本部の監査で不正が発覚した場合どうなるか。

 「なぜ窓口で怪しいと見抜けなかったのか」という私の責任問題ヒューマンエラーに発展し、膨大な始末書の作成と状況報告、そして……絶対に回避すべき『終わりの見えないサービス残業』が確定する。

 私のローストビーフ・クロワッサンサンドへの道が、こんな三流の詐欺師のせいで閉ざされるなど、万死に値する。


(……処理クローズするわよ。今、この場で、一歩も動かずに)


 私は、前世のクレーム処理部署で身につけた「冷徹な事務官」の顔を仮面の下に隠し、先ほどまでの「ソ」の音の営業スマイルから、瞬時に声のトーンを二つ下げた「ミ」の音——相手の深い悲しみに寄り添うための【共感と哀悼のボイス】へと切り替えた。


「左様でございましたか。……それは、大変遺憾なことでございます。ガイル様。テオ様のご冥福を、心よりお祈り申し上げます」


 ペラペラな哀悼のラポールを形成し、相手の警戒心を完全に解く。

 ガイルは「ああ……ありがとう……」と涙を拭うふりをしながら、心の中で舌を出していることだろう。


 だが、私の指先は既にカウンターの死角で、バックヤードでサボっている新人職員のルークを呼び出す緊急ベルを、激しく連打していた。


 さて、ここからは窓口の「プロ(SV)」の時間だ。

 相棒を売って小銭を稼ごうとしている、三流の嘘つき冒険者さん。

 あなたが自分でウキウキしながら掘ったその浅はかな墓穴に、私の論理ロジックのスコップで、一歩も動かずに埋めてあげるわ。


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