隐匿
夜間で視界が悪い事もあってか、顔を布で隠して居るからか、まだ兄は相手が僕であると気付かないまま交戦を続けて居るようだった
暗い場所での戦いが不慣れなのか、兄は僕の位置を補足出来て居ないらしく、太刀筋がはっきりしない
数度打ち合う内、相手の弱さへの苛立ちから、僕は兄の持った剣を弾き飛ばしてしまった
打ち合った鋼が一瞬だけ閃くと、その光が消える頃には剣は城の屋上から、遥か下方へと音も無く真っ逆さまに消えてしまった居た
兄は動揺を隠せない様子に視えたが、内心では僕もそうだった
一瞬の躊躇の末、自分も剣を夜闇に投げ捨てて躍りかかる
握った拳の一撃が向こうの肩に当たったのを皮切りに、一つ打っては一つ打ち返される原始的な肉のぶつかり合いが始まった
よりによって、この激突でも僕が圧し始めてしまった
僕は立てなくなって力尽き、緩やかに仰向けになった兄へと跨って拳を握り──本格的に困り果てた
きっとこれ以上打撃を加えれば、兄は気を失う
それは本意では無かった
頭の中でいま自分が持っている道具と、それで出来ることを組み立てていく
少し考え込んだあと、僕は上着からいつも付けているスカーフを取り出すと拳に付いた血を擦り付けた
それを差し出し、兄の眼前に突き付ける
暗闇でもこれなら解る事だろう
果たして目論見は上手くいき、兄は僕が暴漢に殺されたとでも思ったのか、逆上して狂ったように暴れて抵抗し始めた
世話の焼けるお兄ちゃんだ
僕は力負けした風を装いながら、躰を入れ替えるように冷たい石の床に横たわる
兄は怒りを杖としてなんとか起き上がると、よろよろと僕に馬乗りになった
右、左、右、と、握られた指で出来た肉の槌が顔に落ちてくる
両手は膝で踏み付けられているので、防ぐ事すら出来ない
鼻腔が血で溢れて塞がり、顔を打たれる度に後頭部が石の床に叩き付けられる
この瞬間の、自分の名前も解らなくなっていく感覚が僕は好きだ
まして、大好きな兄から乱暴されて居るという事まで踏まえると、頭がおかしくなりそうな快楽だった
───ああ、気持ち良いなァ………
兄は泣きながら左の肘で僕の喉を圧迫しながら、空いた利き手である右の拳で、僕の顔に絶え間ない雨のように暴力を吐き出して居た
気が付けば、僕は声を出して喘いでしまっていたらしく、兄はそれを聞き、血相を変えて僕の顔から布を剥ぎ取った
「どうして………!!」
恐慌のように問い詰めてくる兄に理由を話そうとしたが、舌を少し噛み切ってしまって居たらしく、なかなか呂律が回らない
ゆっくりと呼吸を何度も整えて、ようやく言葉を話す事が出来るようになる
「こうでもしなければ」
「兄さんは僕に、暴力を振るってくれませんでしたよね……?」
華が咲くように、僕は血塗れの顔で笑った




