第7話 噂とは
酒場「鉄槌亭」
夜のターナル街。石畳を踏みしめる足音、笑い声、杯を打ち合わせる音――酒場「鉄槌亭」は今日も賑やかだった。
厚い木製の扉を開けると、酒の匂いと煙草の香りが混ざった空気が漂っている。暖炉の炎が揺らめき、酒場の客たちの顔を赤く染めていた。
カウンターの片隅では、数人の冒険者たちが集まり、低い声で話し込んでいる。
「……西の村“ルーナハル”で竜に似た生物を見たって話、聞いたか?」
中年の斥候がジョッキを揺らしながら、眉間に皺を寄せて語る。
「竜……? またかよ……そんな噂、最近多すぎだろ」
若い剣士が呆れたように返す。
「いや、今回はちょっと違うらしい。目撃者の証言が複数ある。翼の形、尾の長さ、咆哮の音――どれも竜種の特徴に一致するって」
斥候は低い声で続ける。
「何でも、夜明け前、村の東外れで突然羽音と轟く咆哮が響いたそうだ。村人は恐怖で寝床から飛び出び起きたらしい」
その時、酒場の入り口で木靴の音が響いた。
カウンターの喧騒が少し途切れ、視線が向く。
「おや……竜の話か?」
低くも軽やかな声。ライナが笑みを浮かべながら酒場へ入ってきた。
「また……お前か」
斥候のひとりが呆れたように呟く。
「当然だろう。俺は竜の研究者。竜は俺の運命だ!」
ライナは大きく笑い、カウンターへ向かって歩く。
「さてさて……その話、もっと詳しく聞かせてもらおうじゃないか。冒険者諸君、俺が酒を奢る。話してもらおうか。」
冒険者たちは笑いながらも、ライナの厚意に甘え、順番に話し始める。
「目撃は三日前だ。村の東外れ、森の縁。夜明け前に突然、羽音と咆哮が村を震わせた」
「村人の証言によると、翼は漆黒で光を吸うような色だったらしい。不気味な音を発していたという」
「咆哮は人の声にも似て、獣の叫びと混ざっていたそうだ。村人たちは恐怖で逃げ惑ったらしい」
ライナはジョッキを掲げ、熱心に聞き入る。
「ふむ……黒い翼、異音……、ワイバーンぽいが。ただ新種のワイバーンか、未確認の竜種かもしれん。いや、それ以上かもしれんぞ」
「……また行くんですか?」
剣士が笑い交じりに訊く。
「もちろんだ。竜が俺を呼んでいるんだ……」
ライナは笑い、カウンターに置いた酒瓶を掲げる。
「冒険者諸君、俺の探究はまだ終わらない。これを祝して俺の酒を受け取れ! そして真相を探りに行くんだ、西へ――ルーナハルへ!」
酒場は笑いと歓声に包まれる。冒険者たちはジョッキを掲げ、杯を交わす。
そしてライナの笑顔は、夜の闇の向こうに広がる新たな冒険への期待で輝いた。