結果とは
――二日後。
雪嵐を越え、白き峠を抜けた先。
遠くに、見慣れた尖塔と煙の群れが見えた。
「……カルヴァスだ。」
ライナが小さく呟く。
その声には、安堵と共に、わずかな名残惜しさが混じっていた。
馬車の車輪が凍った地を軋ませながら、ゆっくりと坂を下っていく。
灰色の石造りの街並みが次第に近づき、通りには雪を払う人々の姿。
港の方角からは、氷を割る音と、魚を積む掛け声が響いていた。
御者が後ろを振り返る。
「兄さん、ようやく戻ってきたな。生きて帰ってきたのは奇跡みたいなもんだぜ。」
「奇跡ではありませんよ。」
ライナは微笑む。
「観察対象に敬意を払えば、自然はそう簡単に牙を剥きません。」
「ははっ、そういう考え方ができるのは、あんたぐらいだろうな。」
御者が笑い、馬車はゆっくりと街門をくぐった。
――カルヴァス市内。
夕刻、雪は静かに降り続き、街灯の炎が白く揺れていた。
ライナは馬車を降りると、厚手の外套の襟を直し、深呼吸をした。
空気は冷たいが、あの谷の冷気に比べれば穏やかだった。
「ふぅ……この寒さが懐かしいと思えるとは。」
小さく呟き、彼は馬車の御者に手を振る。
「本当に助かりました。報告が済んだら、また連絡します。」
「もう行くのか?」
「ええ。まずは報告を済ませてからです。記録が冷めないうちに。」
ライナはそのまま、街の中央通りを歩き始めた。
雪を踏むたびに、音が柔らかく響く。
通りには香辛料の匂いが漂い、商人たちが灯りの下で店を閉める支度をしている。
やがて、石造りの建物の前で足を止めた。
扉には〈自然史研究院〉の刻印。
中に入ると、暖炉の火と、紙をめくる音が出迎えた。
ライナは帽子を脱ぎ、手帳を差し出した。
「スノーヴァインド・リザード――変異種の確認報告です。」
青年は静かに顔を上げた。
「極地適応によって魔力構造に変化が見られる。この地の“竜の声”の伝承の発生源と考えられます。」
青年は慌てて羊皮紙を整え、記録の準備を始めた。
ライナは静かに椅子に腰を下ろすと、胸元の鱗片を取り出して机の上に置いた。
淡い灰色の鱗が、灯火を受けてわずかに青く光る。
「……これが、彼らの証です。」
ライナの声にはどこか、深い敬意が込められていた。
報告を終え、書記官が深く頭を下げた。
「本当にお疲れさまでした。現象の発見ですね」
「いえ、発見ではなく“確認”ですよ。」
ライナは微笑む。
「彼らは、ずっとそこにいた。ただ、誰も見ようとしなかっただけです。」
書記官が黙って頷く。
ライナは外套を羽織り直し、窓の外を見た。
雪は相変わらず降り続いている。
だが、その白の中に――谷で見た灰色の光が、確かに重なって見えた。
「……さて。」
ライナは手帳を閉じる。
「風なりの竜――あれもまた、彼らの“声”なのかもしれません。」
夜のカルヴァスに、鐘の音が響いた。
冷たい風が研究院の窓を叩き、雪を散らす。
ライナは静かに立ち上がり、その音に耳を傾けた。
まるで、遠く谷の奥から――再びあの竜たちが、
彼に語りかけているように。




