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ヴァスを探す旅〜ドラゴン研究家の冒険譚〜  作者: 海木雷


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第49話 残渣とは

――月明かりを頼りに、ライナは峡谷をあとにした。


風が背を押し、砂混じりの冷気がマントを揺らす。

夜は深いが、東の空にはわずかに薄明が混じり始めていた。

空の高みに、ひとつだけ残る白い月。その光を追うように、彼は黙って歩いた。


峡谷を抜ける途中、岩壁の影がふと揺れる。

見上げると、夜風に乗って小さな光の粒が舞っていた。

あの洞窟で消えたはずの、竜の残光――

それが風に運ばれ、遠くまで流れていく。


ライナは立ち止まり、そっとその光に手を伸ばした。

指先に触れた瞬間、光はふわりと溶けて消える。

冷たいはずの風が、なぜか暖かく感じられた。


「……まだ、見てるのかもしれないな」


独り言のように呟き、ライナは再び歩き出す。

夜明け前の空気は静かで、遠くから鳥の声がわずかに聞こえてきた。


森を抜けると、木々の隙間から村の灯りが見えた。

ルーヴェ村。

霧と寒風に包まれた峡谷の中で、唯一人のぬくもりを感じられる場所。


村門の前では、夜警の男が火を絶やさずに立っていた。

松明の灯が揺れるのを見て、ライナはようやく息を吐く。


「……ライナ殿! 無事だったか!」


男が駆け寄る。

その声に、村の中の犬が一声吠えた。


「ええ。少し長くなりましたが、調査は終わりました」

ライナは肩の埃を払いつつ、淡々と答える。


「で、結局あの鳴き声の正体は……?」


「――“鳴く風袋”でした」


「なんと!」

男は思わず目を見張る。


ライナは小さく頷いた。

「北からのはぐれものですね。峡谷の形状が特殊なんです。風の通り道が共鳴し、音を何倍にも膨らませる。」


ライナは続ける。

「風袋は人を襲うことはありません。ただ……」

ライナは一瞬、言葉を切った。

「今後、崩落や魔力の乱れには気をつけてください」


「……わかりました。ご忠告、ありがたい」


ライナはそれ以上は語らず、ただ軽く頭を下げた。

――ワイバノスのことは、言わない。

この地に息づいていた“古きもの”の記憶を、軽々しく他者に語ることはできない。

それは、彼らが守ってきた静寂への礼儀だった。



宿に戻ると、暖炉の火がまだ残っていた。

卓上にノートを開き、ランプの灯を近づける。


羊皮紙の上に、インクの黒が静かに滲む。


「峡谷にて“鳴く風袋”の生息を確認。

鳴動による誤報が村周辺で多発していたが、危険性は低い。

ただし、峡谷最奥にて、強力な魔力反応と竜種の骨格痕を発見。

既存文献との照合は困難。」


書き終えると、ライナはペン先を拭き、静かに閉じた。

しばらく、ただ炎の揺らぎを見つめる。


風が窓を叩き、外の空にうっすらと光が差す。

夜が明けようとしていた。


窓の外には、灰色に染まりゆく空。

その中に――一瞬だけ、銀色の影が舞ったように見えた。


「……お前の旅も、これで終わりか」


誰にともなく呟く。

それは祈りであり、別れであり、そして希望でもあった。


ライナはそっとノートを胸に抱く。

“竜の記憶”は終わりではない。

ただ、ひとつの章が静かに閉じられただけだ。


彼は深く息を吸い、窓の向こうの光を見つめた。

新しい一日が始まる

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