第47話 記憶とは
――洞窟の奥は、静寂そのものだった。
水の滴る音が、遠くの岩壁にこだまする。
ライナは魔導剣の光を頼りに、慎重に足を進めた。
青白い光が湿った空気を照らし、彼の息が白く揺れる。
そして――
視界の先、光が何かに反射した。
「……あれは……?」
彼は足を止め、そっと近づいた。
そこにあったのは、淡く光を放つ“白”。
月光のかけらのように、静かに輝いている。
ライナが膝をつき、手を伸ばす。
その瞬間、全身の血が熱くなった。
――骨だ。
滑らかな輪郭、細く長い四肢、そして頭部には小さな角の名残。
体長は二メートルほど。
人ではない。
獣でもない。
それは――確かに、竜の形をしていた。
「……竜の……骨、だ……」
呟いた声が震える。
喉の奥からこみ上げてくるものを抑えきれず、彼は唇を噛んだ。
「本当に……いたんだ……」
手が震え、視界が滲む。
それでも、彼は骨を壊さぬように指先でなぞりながら、形を確かめていった。
その骨格は、まるで眠る子どものように穏やかで――
長い眠りの中で、何かを待ち続けていたかのようだった。
背後で、風が低く唸る。
ワイバノスの翼が、洞窟の入口でゆっくりと動いた。
その影が光を遮り、骨の上に落ちる。
ライナは顔を上げ、涙で濡れた瞳で外を見た。
「……君は……これを守っていたのか……」
声が震えた。
彼の中で、これまでの全ての旅の記憶が一瞬で蘇る。
誰も信じなかった夢。
追いかけても、届かなかった影。
その“証”が、今、目の前にあった。
ワイバノスは動かない。
ただ、その巨体が静かに息をしていた。
まるで、古き主の亡骸を守り続けてきた忠実な守護者のように。
ライナは両膝をつき、頭を垂れた。
涙が床に落ち、光に溶ける。
「……ありがとう……ありがとう、ワイバノス」
「君は……ずっと、ここで“竜の記憶”を守っていたんだな」
嗚咽が漏れた。
それは悲しみではなく、敬意と感謝、そして安堵の涙だった。
長い間、誰にも届かなかった“夢”が――
今、確かに現実として、彼の前にあった。
洞窟の奥で、魔力の光が静かに脈動する。
それはまるで、
幼い竜の魂が今も息づき、
ワイバノスとともに、この場所を見守っているかのようだった。
ライナは震える手でノートを開き、涙をぬぐうことも忘れて書きつけた。
「発見報告――峡谷の最奥にて、幼竜の遺骨を確認。
構造を観察、竜種と確定。
同地にて“竜の盾持ち”ワイバノス・ミノタウロを確認。
行動目的は遺骸の保護と推定。」
ペン先が涙で滲み、文字が揺れた。
ライナは静かに話す。
「これは公開しない。」
「……君は、最後まで“守り”続けたんだな」
彼は立ち上がり、振り返る。
洞窟の入口に佇むワイバノスの姿が、月光の中に浮かび上がる。
その眼差しは、
まるで「やっと気づいたか」とでも言うように、静かに優しかった。
ライナは深く頭を下げた。
「――あなたの誇りを、必ず後世へ伝えます」
ワイバノスはわずかに首を垂れた。
その仕草は、まるで“託した”という答えのように見えた。
外の風が吹き込み、霧が洞窟に流れ込む。
青白い光が柔らかく揺れ、
竜と人――その二つの存在を包み込むように、夜が静かに満ちていった。




