第39話 解決とは
――その静寂を破ったのは、村長の乾いた笑いだった。
「……はっはっは! なるほど、そういうことでしたか。まったく見事な手際ですな、ライナ殿」
村長の言葉に、広場の空気が一気に緩む。
先ほどまで悲鳴を上げていた村人たちも、徐々に安堵の笑みを浮かべ始めた。
トーヴァンはというと、まだ胸を押さえたまま震えている。
「ひ、ひどいですよライナさん……心臓止まるかと思いました……」
ライナは淡々と返す。
「止まっていないのなら問題ない」
「問題大ありですよ!!」
トーヴァンが叫ぶが、ライナは完全に無視して歩き出す。
村長が慌てて後を追う。
「お待ちを、ライナ殿。お礼を――せめて夕食でも。村の者たちもあなたに感謝しております」
ライナは足を止めた。
ほんの一瞬だけ、振り返る。
「……では、温かいものを。あと、静かな席を頼む」
「承知いたしました!」
――夕刻。
村の集会所に灯りがともり、簡素ながらも心のこもった料理が並べられていた。
パンとスープ、焼いた魚、そして林檎酒の壺。
トーヴァンは対面に座りながら、何度も杯を傾けている。
「はぁ……結局、全部お見通しだったんですね。剣の魔法なんて、最初から存在しなかったなんて……」
ライナはスープをひと口すすり、淡々と答える。
「実際に存在しなくても、人の心理は“ある”と信じれば動く。恐怖というのは、優れた真実検出器だ」
「……なるほど。こわ……」
トーヴァンは身を縮める。
ライナはふと、窓の外に目をやる。
秋風が木々を揺らし、どこか寂しげな夜。
「スタグライドオウルは南へ渡ってきた。気候の変動か、あるいは餌の減少か……。次に同じことが起きれば、生態そのものが変化している証拠だろう」
「研究続けるんですか?」
「当然だ。ここの調査は終わったが、竜の研究は終わっていない」
トーヴァンは苦笑した。
「やっぱり、ライナさんって変わってますね」
「そうか?」
ライナはほんのわずかに口角を上げる。
「恐怖を感じるのは生物として健全だ。だが、それを理由に止まるのは――研究者として不健全だ」
その言葉に、トーヴァンは返す言葉を失った。
――食事が終わる頃、村長が静かに近づく。
「ライナ殿。あなたのような方が、またこの村を訪れることを心より願っております」
ライナは背負い袋を取って立ち上がる。
「研究対象がいれば、また来るだろう」
そして、村の灯りが一つ、また一つと消えていく中――
彼の背は闇に溶けるように、街道を進む。
その夜、トーヴァンはつぶやいた。
「……魔物よりも、やっぱりあの人が一番謎だ」
風が静かに笑ったような気がした。