第37話 解決とは
――ライナの視線は、消えていった巨影をなおも追っていた。
「……いや、違うな」
小さく首を振る。
「違うって?」カリュドが怪訝そうに眉を上げる。
「スタグライドオウルは確かに強力な捕食者だが、森そのものを脅かす存在じゃない。
それに……本来はもっと北に生息するはずだ。ここまで南に姿を現すのは異常だ」
「異常……って、じゃあなんでここに?」トーヴァンが声を裏返す。
ライナは静かに答えた。
「考えられるのは一つ。――何かに追われて、住処を追われたんだ」
火の粉がぱちりと弾ける。
その音に、トーヴァンはびくっと肩を跳ねさせた。
「な、何かって……それって、その……もっと怖いやつってことですよね!?
梟を追い出す“何か”って、俺ら絶対食われますよね!? もう帰りません!?」
「安心しろ」ライナは平然と枝を組み直す。
「人間を狙ったという資料は僅かしかない。」
「逆に僅かがあるのが怖いんですけどぉおおお!!」
カリュドは豪快に笑って肩を叩いた。
「はっはっは! つまり、北には“梟を追い出すほどの魔物”が潜んでるってわけだ! 最高じゃねぇか!」
「どこが最高なんですかぁ!」と、トーヴァンの悲鳴。
――だが、ライナの瞳だけは冷ややかに森の奥を見据えていた。
スタグライドオウルのような巨獣でさえ、住処を失う何か。
それが北に潜んでいるとすれば――。
彼の胸には、研究者としての好奇心と、冒険者としての警戒心が同時に燃え上がっていた。
――焚き火が小さくはぜる夜を越え、森は白い霧に包まれていた。
鳥の声とともに夜が明け、朝露が枝葉を滴り落とす。
ライナは片付けを終えると、仲間たちを振り返った。
「謎の魔物の正体は、おそらくスタグライドオウルだろう。……異常な点も確認できた。調査としては十分だ。今日は森を出て、帰還しよう」
トーヴァンはホッと胸をなでおろす。
「はぁぁ……やっと帰れるんですね! もう心臓が三回くらい止まった気がします……!」
だが、その安堵に水を差すように、カリュドが大きく伸びをして笑った。
「ふん、勝手に帰るがいい。俺は残る。まだまだこの森には“未知の食材”が眠ってる気がするからな!」
「……は?」トーヴァンは素っ頓狂な声をあげる。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!? 食材って……昨夜の巨大梟見て、まだそんなこと言えるんですか!?」
カリュドは自慢げに腰のナイフを叩いた。
「おうとも! 巨大梟の肉は未知! 猪だろうが鹿だろうが魚だろうが、食ったことのねぇ味を見逃す手はねぇ! 俺の冒険はまだ終わっちゃいねぇんだよ!」
トーヴァンは泣きそうな顔でライナにすがる。
「ライナさん、止めてくださいよ! 一人で残ったら絶対死にますって!」
しかしライナは静かに背負い袋を担ぎ直した。
「……彼がそう決めたのなら、止める権利はない。私たちは帰る。」
「冷たっ!? 仲間割れ!? 俺だけ板挟みですか!?」
カリュドは楽しげに笑いながら、森の奥へと一歩を踏み出した。
「じゃあな同志たち! 次会うときは、俺が調理した“未知のご馳走”で盛大に宴だ!」
霧の中に消えていくその背を、トーヴァンは半泣きで見送るしかなかった。
――そして、ライナは無言で森の出口を目指して歩き出す。