第34話 案内とは
――朝の森道。
薄靄の中、ライナは肩にかけた外套を直しながら歩いていた。昨夜の騒ぎを思い返し、眉間に皺を寄せる。
ふと前方に、黒い外套をまとった男が立っていた。
その背中を見た瞬間、ライナは目を細める。
「……まさか」
男がゆっくりと振り返った。黒髪をかき上げ、にやりと笑う。
「おお、同志ライナ! こんなところで会えるとは、奇縁だな!」
「……カリュドか。生きていたのか」
かつてワイバーン討伐の折、共に肉を分け合い、即席の宴を楽しんだ料理好きの冒険者。
「この森は危険だ、だが獲物には困らんぞ。ほら、昨日は巨大なトカゲを炙ってな――」
カリュドが身振り手振りで語り出すのに、ライナは半眼になる。
さらに、後ろから付いてくる道案内の若者は、明らかに青ざめていた。
「ひ、ひぃ……あ、あの人、本当に大丈夫なんですか……? すごい目つきしてますけど……」
カリュドはそれを聞きつけ、豪快に笑う。
「安心せい! 俺は料理人にして冒険者、この森の素材は俺の食材庫みたいなもんだ!」
若者「……よ、余計に怖いです……!」
ライナはため息をつきつつも、どこか懐かしい再会に口の端をわずかに緩めていた。
森道。
黒い外套の男――カリュドとの再会に、ライナは一瞬驚いたが、すぐに冷静さを取り戻した。
カリュドは相変わらずの調子で腕を広げる。
「ライナ! まさかこんな森で再会とはな! いやぁ、昨日は良いキノコが採れてな、スープにしたら絶品で――」
「……昨日は人が殺されたんだ」
ライナの低い声に、道案内の若者がビクリと震えた。
カリュドも一瞬口を閉ざす。
「……なに?それは本当か?」
ライナは静かに頷く。
「襲われた痕跡は魔物の爪に似ていた。だが不自然だった。力の向き、深さ……どれも合わない。あれは人為的に“魔物に襲われたように”見せかけたものだ」
道案内の若者は青ざめて半歩後ずさる。
「ひ、ひぃ……じゃ、じゃあ人間が……?」
ライナは険しい顔で言った。
「謎の魔物出現に紛れて、誰かが殺人をした可能性が高い」
するとカリュドが腕を組み、妙に真剣な顔をする。
「それを先に言え!俺がトーヴァンに声をかけたのは、森の気配が変だったからだ。妙にざわついててな……こりゃただの魔物の話じゃなかったわけだ」
ライナは小さく頷いた。
「さすがだな。……鼻だけは利く」
「それは褒めてるのかけなしてるのか!?」
道案内の若者は泣きそうな顔で口を挟む。
「ど、どどど、どうするんですか!? 村に人殺しが潜んでるなんて……!」
カリュドは笑い飛ばす。
「怖がるな!腹が減っては謎も解けぬ! まずは腹ごしらえだ!俺の茸スープを――」
「……食べてる場合か」
ライナは深いため息をつきながらも、結局スープを受け取ってしまうのだった。
――緊張感とコメディが交錯する朝の森道。
事件の裏には、まだ見ぬ「人の影」が潜んでいた。