表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/55

第28話 傷とは

ライナの観察が始まった丘の上。


魔物の体表に残された、深く抉れた五本の爪痕。

それを見つめるライナの表情は、先ほどまでの余裕と熱に浮かされた笑みから一転し、強張っていた。


「……嘘だろ……」

震える声が、丘に落ちる風に紛れてこぼれる。


「ライナ?」

シーナが問いかけた。


アドルフも眉をひそめる。

「どうした、何を見つけた……?」


ライナは返事をせず、ただ震える手でノートを握りしめる。

額から流れる汗が泥に混ざり、やがて頬を伝ったのは、汗ではなかった。


「……な、んで……」

ぽたり、と涙が落ちる。


リュミナが思わず、駆け寄る。

「ライナ……泣いてるの……? あんたが……?」


ライナは涙を拭おうともしない。視線はただ、五本の爪痕に釘付けになっている。


「……五本……」


アドルフが不思議な顔で呟いた。

「五本?」


ライナはかすれた声で答える。

「五本の爪を持つ魔物……私の知る限り、未発見を含め……竜種しかいない」


仲間たちの顔色が同時に変わった。

戦場の空気が、風の唸りとともに重く淀んでいく。


ライナは嗚咽をこらえながら、ノートを握りつぶさんばかりに震える手で閉じた。


その言葉は、丘の上の誰よりも重く響いた。


シーナがライナを揺さぶるように問い詰める。

「竜は……本当に近くにいるのか!?」


ライナは涙を拭おうともせず、ただ震える声で言葉を絞り出した。

「……落ち着いてください。……竜は、この近くにはいません」


仲間たちは一斉に息を呑む。

「……なんだよ、脅かすなよ!」シーナが剣を下ろし、肩を落とす。

「心臓止まるかと思ったじゃねぇか!」


「だが……」ライナは続ける。

視線は爪痕から離れず、その目には恐怖と興奮が混ざっていた。


「この魔物は――確実に竜と戦っている」


「なっ……!」アドルフが杖を握る手を強める。

「つまり、この個体は竜の生存を直接証明している……そういうことか」


「え……それってつまり……」リュミナが矢を握りしめたまま、小さく息を呑む。

「竜は、もう“伝承”や“噂”じゃない。現実に、どこかで動いてる……」


ライナは震える指でノートを閉じ、深く頷いた。

「この五本の爪痕は……古代の資料と完全に一致している。

 つまり、竜種が実際に行動している――その痕跡を、私たちは今、目の前にしているんです」


仲間たちは顔を見合わせ、言葉を失った。

先ほどまでの戦闘の余韻が、一気に遠ざかっていく。


「……やべぇことに首突っ込んじまったな」

シーナが額を押さえて苦笑する。

「けど、ライナ……お前にとっちゃ最高の研究材料か」


ライナは涙を拭い、深呼吸をした。

「……はい。竜が実在するという証拠……これは、生涯を賭して追い求めてきた答えの一端です」


その声はまだ震えていたが、そこには確かな決意が宿っていた。


丘の上。

竜種と戦った痕跡を残す魔物を前に、ライナは幼き頃の自分の思いを馳せた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ