第27話 斬撃とは
――丘の上。
炎を纏ったライナの斬撃が、グライオンドラゴンフライの甲殻を豪快に裂いた。
魔物は一瞬ふらつき、羽音を乱しながら地面に叩きつけられる。
「……ふぅ」
泥まみれのまま、ライナは剣を軽く払って鞘に収める。
その姿は妙に落ち着いていて、むしろ余裕すら漂わせていた。
「解剖……開始」
ニヤリと笑いながら近づこうとするライナ。
「開始するなァァァ!」
即座にシーナが飛び込んで、首根っこを掴む。
「戦闘終わったばっかだぞ!? お前、まだ敵が息してるの見えねぇのか!」
「生きているからこそ、鮮度の高い資料が取れるのです」
ライナは落ち着き払って反論する。
「魚じゃねぇんだよ!」シーナが全力でツッコむ。
アドルフも呆れ顔で杖を突き立てた。
「いや、普通は休むだろ……。なぜそんなに元気なんだ君は」
ライナはいつの間にか取り出した、ヒビが入った眼鏡を押し上げ、どや顔を浮かべる。
「観察と記録がすでに終わっている以上、体力を残す必要はないのです」
「お前の体力配分、絶対おかしいだろ!」アドルフが叫ぶ。
リュミナは矢をつがえたまま肩をすくめ、苦笑した。
「……さっきまで泥だらけで転がってたくせに」
「その通り!」ライナは胸を張り、堂々と宣言する。
「研究者は、結果さえ掴めば常に余裕でいられるものです!」
「なんだその格言! 聞いたことねぇぞ!」
シーナが再びツッコミを入れるが、ライナは一切動じない。
倒れたグライオンドラゴンフライが弱々しく羽を動かす。
ライナは一歩前に進み、剣を構え直した。
「さぁ……本格的に始めましょう。」
「やめろォォォ!」
仲間全員の叫びが、丘にこだました。
――戦闘よりも騒がしい、余裕満々の研究者と必死の仲間たちの攻防戦が、第二ラウンドを迎えようとしていた。
ライナは倒れ込んだグライオンドラゴンフライの横にしゃがみ込み、泥まみれのノートを広げていた。
「……体長およそ8メートル。翅の長さ、片側8・8メートル……ふむ、想定よりも軽量だな。」
ライナは余裕の笑みを浮かべたまま、指で甲殻を軽く叩く。
「……この硬度、剣先の摩耗率二%以下。非常に良質な外殻だ……」
リュミナは矢を構えたまま、ため息を漏らす。
「……完全に研究」
シーナが怒鳴る。
「ライナァァァ! いい加減にしろ!」
しかし、その声も遠くに聞こえるかのように、ライナは集中していた。
――と、彼の目が一点に止まる。
魔物の腹部、甲殻の隙間。
そこには今の戦闘でついた傷ではない、深い爪痕が刻まれていた。
ライナの笑みがふっと消える。
手が止まり、ノートのペン先が震える。
「……これは……」
彼は言葉を失った。
胸の奥に、冷たいものが落ちていく。
「……まさか、これを傷つけた存在が……別にいる……?」
ライナの声は掠れていた。
仲間たちはその異変にまだ気づいていない。
――余裕に満ちた観察者の表情は、一瞬で険しく、そして沈黙に包まれた。