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第3話 解剖とは

 土煙が消えると、山の上は異様な静けさに包まれた。

 焦げた匂い、血の匂い、そして焼けた鱗の匂い。――それだけが、戦いの痕跡を語っている。


 ライナはよろよろと崖下へ降りる。

 足取りは重く、革鎧は破れ、髪は爆発したように逆立ち、顔には煤と血が混ざっていた。だが目だけは異様に輝いている。


「……っはぁ……はぁ……」


 翼の形、鱗の硬さ、眼窩の位置。彼の頭の中で、幼い日に出会った黄金の竜の姿がフラッシュバックする。

しかしその比較の結果は――落胆だった。


「……残念だ。ドラゴンじゃなくて……ただのワイバーン……」


 肩を落とすライナ。だが、数秒後には何かを決意したように顔を上げる。


「――でも! 研究対象としては最高だぁぁぁぁ!!」


 そう叫ぶと、岩陰に隠してあったリュックからナイフ、皮袋、新しいノート、筆、瓶を取り出す。

 山を降り、隠れていた村の案内人たちは一歩引き、ライナの異様な雰囲気に圧倒される。


「な、何する気だ……?」

「見ればわかる。解剖だ」


 ライナはワイバーンの胸に膝を置き、剣をランプ代わりに突き立てた。

 翼の付け根を押さえ、鋭いナイフで鱗を削り取っていく。削れた鱗の断片は、月明かりに金属のように光った。


「鱗の厚みは十二ミリ……骨格比率はやはり体長の三割……! これは記録に値する!」

 彼は興奮しすぎて、ノートのページをめくる音さえ聞き取れないほどだ。


 村人の一人が呆れ顔で言う。

「この人、本当に何者なんだ……?」


「研究者だ! いや、正確には竜研究家! 未来の竜学者だ!」

 ライナは息も絶え絶えに答える。


 そう言うと、再びナイフを深く刺し込み、慎重に尾を開く。

 黒褐色の毒袋が現れた。液体が揺れる度に、腐った金属のような匂いが漂う。


「これは……毒液! しかも複合毒……!」

 ライナは狼狽しつつも、狂喜の笑みを浮かべる。

「これは絶対、論文になる!」


 彼は鱗片と毒袋、内臓の一部を瓶に詰め込み、血まみれの手でノートに必死で走り書きをしていく。

「尾の長さは体長の四割……耐久力は……筋肉密度は……ああぁ、もっと時間が欲しい!」


 しかし、疲労は限界に近い。ライナの膝は震え、剣を杖代わりにしながらも崩れ落ちそうになる。


 そんな中、遠くから声が聞こえる。

「……これは一体、何の騒ぎだ?」


 声の方向を見ると、村人たちが小さな集団を作って、山道を登ってくる。

 一人の村人が呟いた。

「……あの人、解剖してるよ……生き物を……」


 ライナは血まみれの顔で振り返り、にやりと笑った。

「そうだ、解剖だ! これが竜の力の証明だ! 竜に会うための第一歩だ!」


 村人たちは困惑し、引きつった笑みとともに距離を保つ。

 ライナはそんな周囲の視線を気にも留めず、さらに解剖を続ける。


「これは……成功だ……俺の研究人生は、ここから始まる!」


 ――だが、その瞬間、岩陰から拍手が響いた。


「おおお! 素晴らしいぃぃぃ!」


 振り返ると、そこに現れたのは、妙な装束の男だった。

 背中に巨大なリュック、頭には羽根付き帽子、片手に分厚い書物、もう片手に焼き鳥の串を持っている。


「……誰だお前……」

 案内人が剣を抜きながら呟く。


「わたしはカリュド! 学者であり冒険者であり時に料理人!」

 男は声高らかに名乗り、にっこり笑った。


「……便利屋ってレベルじゃねぇだろ、それ」

 ライナが苦笑しながら突っ込む。


「同志よ! 同志よ! 君の戦い、見逃さなかったぞ!」

 カリュドはライナの腕を掴み、興奮した様子で語り始める。


 こうして、奇妙すぎる新たな仲間――カリュドとの出会いが、ライナの冒険をさらに騒がしくしていく。


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