第26話 戦闘とは
――丘の上。
「全員、攻撃!」ライナの号令と同時に、仲間たちは動き出した。
シーナは勢いよく駆け出し、剣を振るう。
「くらえっ!」
しかしグライオンドラゴンフライは軸をずらし、シーナの剣先をかすめる。
「うっ……速い……!」シーナが叫び、回避動作を取りながら跳ね返る。
アドルフは杖を構え、咆哮と共に風魔法を展開する。
「エアカッター!」
刃が飛び、魔物の進行を遮ろうとする。だが、それをものともせず突進は続く。
リュミナは丘の端から鋭い矢を放つ。
「貫け!」
矢は甲殻をかすめ、光を散らすが、魔物は減速せず一直線に突進してくる。
――ライナは丘の下から泥まみれで這い上がり、唸りながらノートに書き込む。
「速度、羽音の振動数、進行角度……完璧……だが、何かおかしい……」
目を細め、額に汗を滲ませる。
「……これは、予想外の挙動だ!」
ライナは仲間に叫ぶ。
「待て、突進しかしない! 本来ならこの種は、風魔法で牽制してくるはずだ!」
シーナが振り返って笑いながら答える。
「え、今のライナって真面目に言ってる? それともまた研究モード?」
「真面目だぞ!」アドルフも頷く。「確かに魔物は突進だけだ。他の攻撃がないなんて変だ」
リュミナは矢を再び引き絞り、警戒を強める。
「いや、それどころじゃない!」ライナが立ち上がり、泥だらけのまま剣を握り直す。
「これは貴重な戦術データです! 観察し、記録しなければ――」
「まただよ……ライナ!」シーナがツッコミを入れつつも、剣を前に突き出す。
その時、グライオンドラゴンフライが羽音を増し、さらに勢いを上げて突進してきた。
「来るぞ――全員、集中!」アドルフの声に、仲間たちは構えを固める。
ライナは息を整えながら、泥まみれのノートに最後の走り書きを加える。
「突進力計測、進行方向特異性……完了。さぁ、戦闘データを取る時間です!」
―数度の突進。
丘の上と下を行き来し、仲間たちは必死にかわしながら反撃を続ける。
シーナの剣、アドルフの魔法、リュミナの矢――すべてが飛び交い、戦場は騒然としていた。
だが、ライナは吹っ飛ばされたまま丘の端に這いつくばり、ノートを必死に覗き込みながら呟く。
「速度……衝撃……振動……異常点……」
そして数度目の突進を観察し、彼の顔に笑みが浮かんだ。
「……分かった!」
「おい、ライナ! 何が分かったんだ!?」アドルフが叫ぶ。
「落ち着け、状況説明をしろ!」シーナも剣を構えながら問いただす。
ライナは泥まみれで立ち上がり、剣先を軽く地面に突き刺す。
「皆さん、この魔物――手負いです」
仲間たちが目を見合わせる。
「手負い……?」リュミナが眉をひそめる。
「つまり、まともな戦闘力を失っているということだ」ライナは頷き、興奮気味に続けた。
「その証拠に、風魔法による牽制が皆無。突進だけに特化している。これは極めて珍しい挙動です!」
シーナがため息をつき、笑い混じりに叫ぶ。
「お前また研究モード全開じゃねぇか!」
「戦闘中だぞ!」アドルフも突っ込む。
だがライナは、そんな仲間の声を遮るように大きく剣を構えた。
「いいえ、研究調査は終了です!」
仲間たちが驚き、互いに顔を見合わせる。
「え、もう終わり!?」シーナが叫ぶ。
「いや、戦況的にはまだだろ!」アドルフも突っ込む。
ライナは声を張り上げる。
「違います!調査は完了です! これからは――解剖の時間です!」
剣を高く掲げ、刀身に淡く炎が宿る。
「魔導剣、火装――発動!」
「ライナァァァッ!」シーナが叫びながら飛びかかる。
「待て、勝手に解剖するな!」アドルフも慌てる。
しかし、ライナは完全に我を忘れていた。
「全データ、取得完了! 解剖開始!」と叫び、豪快に斬撃を放つ。
――空気を裂く一閃。
丘の上に、泥と笑いと騒動が混じった奇妙な戦闘の幕切れが響いた。