第23話 川辺とは
――川辺。
ライナは石をどけ、苔をめくり、小さな生き物を探していた。
やがて水面近くの草に留まっていた一匹の昆虫に目が留まる。
翅は四枚、透き通っており、僅かに虹色を帯びている。
大きさは人差し指ほど。普段の川辺ではまず見られない珍しい種だ。
「……やはり。水域との関連性が強い……」
ライナは筆を走らせ、記録を残した。
小さく、しかし確かなため息を漏らす。
「予想は間違っていなかった……」
その瞬間――森の方から声が響いた。
「ライナ! こっちだ!」
シーナの鋭い呼び声。
ライナは顔を上げ、急いで草をかき分け走る。
鳥たちが驚いて飛び立ち、枝葉がはじける音が耳を打つ。
森の開けた一角に出ると――そこには、シーナ、リュミナ、アドルフの三人が構えを取っていた。
彼らの正面に立ちふさがるのは、漆黒の毛並みに覆われた巨大な熊。
肩までの高さが人間を優に超え、牙は短剣のように鋭い。
「グルルルル……!」
唸り声が低く地を震わせる。
「……でかいな」アドルフが額に汗を浮かべる。
「普通の熊には見えない、魔力を帯びてる……」
リュミナは弓を握りしめながらライナを振り返った。
「遅い! 今は雑学より、こいつどうにかして!」
シーナが短剣を抜き、にやりと笑う。
「ライナ。せっかく走ってきたんだ、研究だけじゃなく、戦いも頼むぞ!」
熊が地面を蹴り、巨体を揺らしながら突進してくる――。
村の調査は、思わぬ戦闘へと変わっていった。
――熊が突進する直前。
「……やれやれ」
ライナはノートを閉じ、腰を軽く叩いて前に出た。
「獣型の魔物も、研究しないことはないんですがね……」
その声音は、呑気というより冷静そのものだった。
「ただ、優先順位は低いんです」
次の瞬間、ライナの手に緑の光が走った。
彼の魔導剣がいつの間にか抜かれ、風のような魔力を帯びる。
――ヒュンッ!!
熊の爪が振り下ろされるよりも速く、光が一閃。
巨体が空を裂かれるようにして揺らぎ、真っ二つに割れた。
「……!?」
遅れて音と共に、黒い熊の肉塊が地面に崩れ落ちる。
森が一瞬にして静寂に包まれた。
ライナは血飛沫を軽く払って、ため息をついた。
「さて。これで邪魔は片付きました。続きの調査に戻りましょうか」
シーナもリュミナも、アドルフでさえも――言葉を失っていた。
口を開けたまま立ち尽くし、ただ信じられないものを見たという顔をしている。
「…………」
誰一人声を発せられない。
ただ風の残滓と、真っ二つの熊が、その場の現実を物語っていた――。