第22話 川とは
――翌朝。
ザムラはまだ眠りの中にある。薄明の空に淡い光が差し込み、石畳や木造家屋に朝露が光る。鳥のさえずりだけが静かな空気を破る中、一行は朝食前に村付近の調査に出ることにした。
「まだ朝だ。手始めに村の周囲を確認しよう」
シーナが提案すると、皆が頷き、軽い装備だけを身に着けて外へ出る。
リュミナは遠くの森を見渡しながら、空に視線を泳がせる。
アドルフは杖を握り、辺りの地形を観察している。
シーナは鋭い目で空と森を交互に探す。
しかしライナだけは別の方向へ向かっていた。近くを流れる細い川へ、足早に歩み寄る。石をひとつひとつめくり、水面に映る朝光を凝視する。手には小さな筆記具とノート。
「……川の流れ、石の配置、水生生物の種類……」
ライナは低く呟きながら、石の隙間や水面下に目を凝らす。
それを見たシーナが眉をひそめ、呆れた声を上げる。
「また竜雑学かと思ったら、今度は川を調べるのか? 」
アドルフも腕を組み、苦笑する。
「竜博士、川で竜の羽を見つけられるのか?」
リュミナは軽く笑って言う。
「まぁ、あなたが熱心なのは分かったけど……どうして川なの?」
ライナは足を止め、しばらく黙って川面を見つめた後、静かに言う。
「……心当たりがある生物がいるのです。」
その言葉に、三人は少し顔を曇らせる。
「生物?」シーナが問い返す。
「そう。先日の少年の証言――“羽が四枚”という話。空だけでなく、この川流域にも、関連する生物の痕跡が残されている可能性があるのです。」
ライナは川の石をひとつ持ち上げ、小さな殻や藻類の塊を丁寧に観察する。
「大型飛翔生物が空を舞うには、一定の水域や生態圏との関わりが必要です。特に四枚の翼を持つ生物は、生活圏に川や湖などの流体環境を含むことが多い……」
アドルフは呆れたようにため息をつきながらも、ちらりとライナを見る。
「……また未知生物論か。お前、本当に止まらんな。」
ライナは微笑みながら筆を走らせる。
シーナは小さく笑い、空を見上げる。
「じゃあ、私たちは森と空、あなたは水域。面白くなりそうね。」
ライナは頷き、川沿いを慎重に進みながら、小さく心の中で呟いた。
「……確かめなければ。あの四枚の羽の正体を。」
そして、まだ朝靄の残る川辺で、ライナの調査が静かに始まった。