第21話 少年とは
――三日後。
馬車はようやく、北方の小さな村ザムラへ辿り着いた。
木造の屋根と煙突から立ち上る煙。穏やかな川音と子供の笑い声が混じる、素朴な村の景色。朝もやの中、馬車は最後の土道をゆっくりと越えていく。
シーナが馬車を降り、大きく背伸びをする。
「……着いたな。あそこがザムラか。」
アドルフは荷物を降ろしながら、腕組みする。
「三日か。悪くない移動時間だ。さて、まずは宿と拠点を確保する。」
リュミナは馬車の屋根に腰掛け、周囲を見渡す。
「思ったより落ち着いた村ね。冒険者の宿もあるらしいし、調査には良さそう。」
ライナは手帳を開き、地図に目を落とす。
「到着しました! ここから証言集めと地形調査が始まります!」
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一行は村の中心にある宿に入り、温かい空間と香ばしい匂いに包まれる。
荷物を降ろし、それぞれ部屋へ散った後、ライナはすぐに動き出した。
「私は聞き込みに行きます。皆さんは準備を整えてください」
ライナは羽根ペンとノートを手に、村の通りへ出る。宿の近くで話す村人たちに声を掛けていく。
「黒い飛翔体、見ましたか?」
多くは首を横に振る。だが数人がうなずき、似たような証言を返す。
「空に巨大な影が現れた」「急に風が強くなった後だった」――そんな言葉。
そんな中、一人の少年が恥ずかしそうに前に出た。
「僕、見たんだ。すごく速く飛んでて……羽が、四枚あった。」
ライナは一瞬手を止め、目を細める。
「……四枚?」
少年は頷き、真剣な表情で続ける。
「大きくて真っ黒な羽だった……音も大きかった。ゴォーって。」
ライナはノートに急ぎ書き込みながらも、心中は乱れる。
「……これは確かに……」
ライナは少年の証言に淡く微笑む。
「貴重な情報だ、ありがとう。必ず記録に残す。」
だがその目は、どこか遠くを見据えていた。心の奥には、深く隠された決意があった。
シーナが遠くから苦笑する。
「また始まったわね、竜博士の妄想講義。」
アドルフは鼻で笑った。
「三日間の道中、聞き飽きたと思ったら、ここでもか。」
リュミナは少年に笑顔で尋ねる。
「もっと詳しく聞かせてくれる? 翼の形や色、飛び方の特徴とか。」
少年は頷き、小さな声で語り始める。
「羽は大きくて光を吸い込むみたいに真っ黒だった。形は分からなかったけど、速かった。ほんとに、すごく速くて……四枚は確かだ。」
ライナはノートにさらに細かく書き込み、筆を止める。
そして小さく、心の中でだけ呟いた。
「……必ず確かめる。たとえ、それが自分の命を賭けることであっても。」
シーナが苦笑混じりに呟く。
「竜博士、その探究心、少し抑えた方がいいと思うけど……。」
ライナは微笑みながら首を振る。
「いいえ。これは歴史の一ページ……“黒き飛翔者”の謎は、今ここから始まる。」