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第20話 馬車とは

街を発った一行は、ギルドの用意した馬車に揺られながら、街道を北へと進んでいた。

馬車は調査用の荷や食料を積み、四人と御者を乗せても窮屈にならないほど大きい。


「目撃されたのは、この街から北へ三日の道のりだ」

シーナが羊皮紙の地図を広げ、膝の上で指をなぞる。

「黒い影を見たって話は、峡谷を抜けた先の村、ザムラの周辺で特に多い。だから拠点はそこに置く」


「三日か……」アドルフが腕を組み、顎に手を当てた。

「馬車と徒歩を交互に使って、村に着いたら調査拠点を構える。ザムラは冒険者も出入りする村だし、宿もあるらしい」


「その道中、森を抜けるあたりで目撃談もちらほらあるらしいわ」

リュミナが補足するように言った。

「つまり、行きの道中で何か手掛かりを得られるかもしれないってことね」


「ふむふむ……!」

ライナはすかさずノートを開き、地図の端に細かくメモを書き始める。

「馬車で進む距離……周辺の地形……峡谷を越えた風の流れ……なるほど、あの辺りなら大型飛行生物の滑空に適している……!」


「……始まったな」

シーナが呆れ半分に笑い、リュミナが肩を竦める。


「ちょっと聞いてくれ! もし今回の目撃が本当に竜に関わるものなら、この調査は歴史的な価値を持つ! いや、それどころか、竜学の体系そのものを書き換えるかもしれないんだ!」


「おい、うるさいぞ」

アドルフが額を押さえる。

「三日間ずっとこの調子だったら、俺は途中で耳栓が必要になる」


「ふふっ」リュミナが笑う。

「でも、こういう人がいなかったら、ただの退屈な依頼になってたかもしれないじゃない」


ライナはそんな言葉も聞こえていないかのように、空を見上げながら夢中で語り続ける。

「黒い飛行体……翼比率からして、ワイバーンよりもはるかに長いはず! そしてもしや……」


馬車の車輪が石畳から土道へと変わり、軋む音が広がる。

旅は始まったばかりだが、三日の道のりは早くも賑やかさに包まれていた。


次の日。

馬車は朝もやの中、ゆっくりと北へ進んでいた。

昨日出発してから一晩、石畳の街道は森へと変わり、草木の匂いと鳥の声が揺れる。

車輪が小さな石を踏む音だけが、静かな朝に響く。


馬車の中では、荷物の隙間に座ったライナが、例によってノートを開き、何やら書き込んでいた。

シーナは横目でちらりと見る。


「……またか」

小声で呟きながら、シーナは手綱を握る御者に軽く合図を送った。


リュミナは馬車の端で、空を見上げながら笑った。

「竜博士、昨日からずっとノート片手に何を考えてるの?」


「考えてる、というより分析しています!」

ライナは目を輝かせ、即座に答えた。

「昨夜の討議で浮かんだ仮説を整理しているのです。今回の飛行物体、黒い影……それが竜である可能性を検証するために!」


アドルフがため息混じりに言う。

「もう昨夜からそれしか頭にないんじゃないか。こっちは馬車で揺られてるだけで退屈なのに」


ライナは顔を上げ、得意げに説明を始めた。

「いや、退屈どころじゃありません! 竜は骨格構造、飛翔機構、さらには魔力適性まで――いや、翼の比率から推測すれば……」


シーナは短く遮る。

「竜雑学講座はいいから。道中は休めって」


「いやいや、これは重要です!」

ライナは筆を走らせながら続ける。

「例えばワイバーンの翼比率は体長の1.6倍前後とされますが、今回の報告はそれを大きく上回る! もしや翼長は体長の2倍以上、つまり“飛竜級”の可能性も……」


「……竜博士、専門用語が多すぎて眠くなるわ」

リュミナが笑って目を細める。


「竜雑学は眠気防止にもなるんですよ!」

ライナは真剣な顔で反論した。

「むしろ旅の間中ずっと語ります! 休憩時間を竜の講義に充てるくらいでも構いません!」


アドルフが呆れて溜息をつく。

「いい加減にしろ、学者殿。三日間ずっとそんな話を聞かされるなら俺は確実に耳を削ぎ落とす。」


シーナは馬車の外へ視線を向け、にやりと笑った。

「まぁ、道中は長い。退屈しないで済むかもな。竜博士の話で」


ライナは笑顔で頷き、ノートに大きく「調査目標:黒き飛翔者」と書き込んだ。

馬車は軋む音を立てながら、緩やかな丘を越えて進んでいく。


――目的地は、目撃情報が集中する北方の村ザムラ。

そこまで三日間の道程だ。

その道中、ライナの竜雑学は、間違いなく延々と続くのだった。

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