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第19話 期待とは

――ライナは路地を抜け、薄暗い石畳を踏みしめながら、自分の宿へと足を向けていた。

昼間の酒場の喧噪がまだ耳の奥に残っている。弓使いの女性や魔法使いの男性が、あの「黒い飛行物体」の依頼の話を語るたびに、胸の奥が熱く高鳴った。だが今は一人。冷たい夜気の中で、その昂ぶりが少しずつ別の思いに変わっていく。


彼の瞳は、自然と夜空へ向けられる。

星々の狭間を漂う黒い雲の向こうに、かつて目にした巨大な影を探すかのように。


「……ヴァスラフ」


その名を口にした瞬間、幼い日の記憶が鮮やかに蘇る。

まだ森の小径を駆け回るだけの少年だったころ。霧の立ち込める山中で――彼は確かに見た。

黄金の瞳を持ち、翼を広げるだけで森を飲み込むほどの巨影。

古の時代から語られる伝説の竜、ヴァスラフの姿を。


あの光景を村人に語っても、笑われるだけだった。

「子供の空想だ」「夢でも見たんだろう」と。

その日から、誰も彼を信じようとはしなかった。


だからこそ、ライナは冒険者となった。

だからこそ、討伐依頼の中に「竜」や「飛竜」の名が出るたびに、胸を締めつけられるような期待と、不安を抱え続けてきた。

何度も足を運んだ討伐現場。そこに現れるのは、ワイバーンや亜竜ばかり。

本物の古代竜には、巡り会えていない。


「……でも、今回は……」


夜風が頬を撫でる。

ライナは立ち止まり、静かに拳を握りしめた。


黒い飛行物体。

ギルドが動き、調査と討伐の依頼が出された。

そして、自分はその調査に加わることができる。


「もしも、本当にあの影が……ヴァスラフなら……」


声が震えた。

空に散る星が、一瞬、竜の鱗のように瞬いて見えた。


ライナは深く息を吸い込み、歩を進める。

――今度こそ。

今度こそ、自分の目で確かめられるのだ。


そう心に誓いながら、夜の路地を宿へと戻っていった。


――翌朝。


街の外れ、小さな広場に集合場所が設けられていた。

朝霧がまだ残る中、冒険者たちが行き交う喧騒から少し離れたその場所は、今日の旅立ちを前にした静けさを保っていた。


シーナ、リュミナ、そしてアドルフが歩いてくる。

それぞれが荷を整え、今日の調査行に備えていた。


「……あれ、もう来てる」

シーナが目を細めて指さした先。


そこには、木の柵に腰かけ、分厚いノートを広げてペンを走らせているライナの姿があった。

すでに夢中で文字を書き込んでおり、こちらに気づく様子はない。


「……まただ」

リュミナが小さく笑う。

「昨日も酒場で、延々と語ってたでしょ。今度は紙にぶつけてるのね」


アドルフは肩をすくめた。

「真面目なのはいいが、寝てないんじゃないのか。顔色が……」


彼らが近づくと、ライナがぱっと顔を上げた。

目の下にうっすらと影を落としながらも、その瞳はぎらぎらと輝いていた。


「おはよう! 待ってたんだ!」

彼は勢いよくノートを閉じ、立ち上がった。


「見てくれ、この仮説!」

ノートのページには、竜の翼の形や、ワイバーンとの比較図、さらには空に浮かぶ黒い影の想像図までびっしりと書き込まれている。


「黒い飛行物体……あれは単なるワイバーンじゃない! いや、飛竜でも亜竜でも説明がつかない! 翼の比率、飛行高度の報告――全部合わないんだ! だから、これは古代竜クラスの可能性が――!」


早口でまくし立てるライナに、シーナは苦笑しつつも、手を軽く振った。

「落ち着けって。まだ影を見たってだけで、確定したわけじゃないんだし」


「でも、でもっ!」

ライナは身を乗り出す。

「もし本当に古代竜だったら、これほどの機会はない!」


その熱量に、リュミナとアドルフは顔を見合わせて笑った。

昨夜の酒場で見せた興奮と何一つ変わっていない。

むしろ、一晩中考えた分だけ、熱はさらに増しているようだった。


シーナは肩を竦めて言う。

「まぁ……調査に来たのは私たちだけじゃないし、学者が一人いてくれるのも悪くない。正直、面白そうだしな」


ライナの顔が一気に輝く。

「ありがとう! 必ず役に立つ! いや、それ以上に、この目で――!」


彼は空を指さした。

朝の青空の先に、まだ見ぬ黒い影を探すように。


「――必ず、確かめてみせる!」


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