第16話 実力とは
――石造りのホールに、ふいに張り詰めた空気が漂った。
シーナは腰の短剣を軽く抜き、くるりと指先で回した。刃に夕陽が反射して、壁の竜骨模型を一瞬照らす。
「よし、気に入ったついでだ。口で竜やらワイバーンを語るのもいいけど……戦う力があるかどうか、見せてもらおうじゃないか」
ライナは一歩下がり、驚いた顔をする。
「こ、ここでですか!? これは学術報告の場であって、剣闘場では……」
「人がいないからちょうどいいじゃないか」
シーナはにやりと笑い、広いホールをぐるりと見渡す。
「観客もいないし、机や巻物が吹き飛んでも誰も文句言わないだろ?」
「いや、文句を言うのは私です!」
ライナは慌てて机の上の巻物を抱え、骨の標本を端へと寄せ始めた。
「これは三週間もかけて写本した竜図譜で……あ、ちょっと鱗の標本には触らないでください、それは貴重な……!」
その間に、シーナはちゃっかり椅子を蹴り飛ばして場を広げ、床の中央に構えていた。
「おいおい、本気でやるつもりはないさ。軽く打ち合って、どれだけやれるか見てみたいだけだ」
ライナは深いため息をつき、巻物を机に置き直すと、ついに腰の魔導剣を抜いた。
「……まったく。研究報告のあとは静かに書き物をする予定だったのに。仕方ありません、ほんの試しですからね」
二人は石床の中央に向かい合う。
天井の竜骨の影が、まるで彼らを見下ろすように伸びていた。
シーナは剣先を軽く向け、唇の端を吊り上げた。
「準備はいいかい? 竜博士さん」
ライナは剣を構えつつ、小さく呟く。
「……博士ではありません、ただの研究者です」
戦いは、どこかコミカルで、しかし不思議と熱を帯びて始まろうとしていた。
――次の瞬間。
ライナの剣が、ぱちん、と乾いた音を立てたかと思うと――
青白い火花が刀身を走り、瞬く間に雷の光が剣身を包んだ。
「雷装・展開!」
ホール全体が一瞬だけ昼のように明るくなり、古代竜の骨格模型までぎらりと光を反射する。
「……っ!?」
シーナは思わず目を細め、反射的に身を引いた。
その電光をまとった魔導剣が床を軽く擦ると、石畳に小さな焦げ跡が残る。
「ちょ、ちょっと待った!」
シーナは慌てて短剣を腰へしまい込むと、両手をひらひら振って降参の仕草をした。
「なに本気出してんのさ! こっちは肩慣らしのつもりで来ただけだよ!」
ライナはきょとんとした表情を浮かべる。
「……え? 試しに力を示せと言ったのは、そちらでは?」
シーナは大笑いして、腰に手を当てた。
「いやいや! 手合わせって言ったら普通は、あたしが上段から切り込むって決まってるんだよ。最初はガツンと脅かして、それから形だけの打ち合いするもんでしょ? 空気読め、研究者!」
ライナは目を瞬かせ、しばらく考え込んでから、ふっと小さく笑った。
「……なるほど。どうやら私、学術的にしか“手合わせ”を解釈していなかったようですね」
「学術的な手合わせってなんだよ!」
シーナは吹き出し、腹を抱えて笑いながら、床に響くほどの声を上げる。
雷装の光が収まり、ホールは再び夕暮れの赤みに戻った。
二人の笑い声だけが石造りの空間にこだました。