第14話 発表とは
――数日後、ターナル・中央ホール。
石造りの大講堂。高い天井には古代竜の骨格模型が飾られ、壁には竜やワイバーンに関する古写本や地図、標本が整然と並べられている。薄暗い室内に、窓から差し込む柔らかな夕陽が差し込み、ほのかな金色の光が石床を照らす。
長衣に似た白衣を纏ったライナは、講壇代わりの大きな木机の前に立っていた。机の上には巻物、羽根、鱗、骨の標本が整えられている。
だが、客席には人の姿はほとんどない。遠くにちらりと商人が一人、入ってきては何か用事を思い出したように出て行っただけだった。ホールは静寂に包まれている。
それでもライナは、ひとり講義を始める。
「本日は、私が過去二ヶ月に渡り調査してきた『竜』と『ワイバーン』について報告します。
観客は少ないかもしれません。しかし、知識は誰かに聞かれるためだけにあるのではありません。真実は、語られるべきなのです。」
彼は巻物を開き、天井の竜骨模型を指差す。
「竜とワイバーン――彼らは飛翔生物の双璧。だがその進化と生態は大きく異なります。」
第一章:竜について
「竜はこの世界における空の王です。翼、角、鱗、そして膨大な魔力を持ち、言葉を理解する高度な知性を備えます。寿命は千年を超えるものもあり、その存在は神話と現実の境界に位置します。」
ライナは巻物に描かれた色鮮やかな竜図譜を指差す。
「火竜種は胸部の鱗が極めて厚く、胸腺から炎の精を発生させます。噴炎は生物のみならず大地や気候に影響を与えるほどの力を持ちます。
竜は破壊者であると同時に、土地の守護者でもあります。種によっては森や山を守り、均衡を保ち続けています。」
ライナは巻物を閉じ、小さく息を吐く。
「竜は単なる獣ではありません。彼らは文化を持ち、歴史を紡ぐ生き物です。その存在は、この世界そのものを語ります。」
第二章:亜竜種ワイバーンについて
ライナは新たに取り出した木製模型を机の上に置く。
「次にワイバーン。竜に似ますが、その構造と生態は異なります。亜竜と呼ばれる仲間です。
他には地上を棲家とする種もいます。
ワイバーンは翼は細長く、後肢が翼膜に結び付いています。長距離飛翔に特化し、優れた視覚と嗅覚で獲物を追います。」
模型を回しながら説明する。
「ワイバーンは社会性が低く、単独または小群で行動します。これは捕食戦略の一環です。
彼らは山岳や洞窟に複雑な巣穴を築き、卵を守ります。巣穴には鋭い防御構造があり、敵を寄せ付けません。」
彼は模型を手に取り、床を見つめるように話す。
「巣と卵は彼らにとって生命そのもの。命を懸けて守ります。竜のような知性は持たないものの、純粋な本能と力で種を守り続けているのです。」
静かなホールの中、ライナは声を落として付け加える。
「ワイバーンは竜に劣る存在ではありません。彼らもまた、この世界における空の王者です。」
講義を終え、ライナは巻物を畳み、大きな木机に深く手を置く。
「竜、ワイバーン――彼らは異なる形で、この世界を彩っている。知ること、それは敬意を持つこと。これが私の結論です。」
静寂のホールに、小さな吐息が響く。
ライナは深く頭を下げ、白衣の裾を整える。
「……誰もいなくても、語ることは止められない。」
彼は机を離れ、古びた石の床をゆっくりと歩き出す。外では、子供たちの声が微かに聞こえていた。竜とワイバーンの名は、誰に語られることもなく、しかし確かにこの世界の片隅に刻まれていた。