第13話 帰路とは
――夕方
薄暗い空き家に泊まったライナは、机にノートを広げ、火の灯りの下で記録に没頭していた。
「デルガントカゲ……音声は共鳴器官による……」
紙の上をペンが滑る音だけが響く。
だが、窓の外から妙に元気な声が耳に飛び込んできた。
「おれ、デルガントカゲだぞー! がおー!」
「ちがう! あたしが卵を守るの!」
「じゃあ俺は村人役! ひぃー竜だー!」
……どうやら子どもたちが広場で“デルガントカゲごっこ”を始めているらしい。
ライナはペンを止め、額を押さえた。
「……事実を伝えただけなのに、どうして遊びの題材にされている……?」
研究者としての真剣な記録が、すでに娯楽のネタに消化されている事実に、妙な敗北感を覚える。
翌朝。
村人たちが総出で見送りに来ていた。
長老が杖を握りしめ、真摯に頭を下げる。
「おかげで村は救われた。本当に礼を言うぞ」
「まあ、事実を述べただけだ。……」ライナはぶっきらぼうに応じる。
その時、後ろから大きな籠が差し出された。
「ほら! 今朝つくったの! 《デルガントカゲ饅頭》よ!」
包み紙には、翼の生えたヘビのような妙に愛嬌あるイラスト。
「……おいおい、もう土産になってるのか……?」
ライナはうなだれたが、村人たちは「これで村の名物だ!」と大盛り上がり。
結局、断りきれず背負袋に詰め込まれることになった。
街道を歩く帰路。
秋風が心地よいはずなのに、ライナの背中はずっしり重い。
「……この重量の半分は、研究資料じゃなく饅頭だな」
歩きながら一つ取り出してかじると、ほんのり甘い。
「……味は悪くない。悔しいが……」
結局、研究者の旅路が「携帯食の処理」に悩まされるものとなった。
数日後。
ターナルの街の石畳が遠くに見えてくる。
門前には行き交う馬車、行商人の声、商人同士の口喧嘩――喧騒と活気が溢れていた。
ライナは門をくぐり、肩をすくめる。
「やれやれ……また騒がしい日常に戻ってきたか」
だが背中の袋の底には、まだ半分ほど残った「デルガントカゲ饅頭」が。
「……とりあえずギルドに押し付けるか。どうせ皆、腹は減ってるだろう」
そうつぶやきながら、研究者は街の雑踏へと歩みを進めた。
――紙の束と饅頭の匂いを抱えて。