第11話 トカゲとは
ライナは倒木の影から、黒い生物たちを慎重に観察する。
細部まで確認すると、驚くべき光景が目に入った。
二体は互いに身を寄せ合っているだけではない。
その中心には――大きな卵の塊があった。
黒光りする殻は、不規則なひび割れを帯び、しっとりと湿っている。
生物たちはまるで交互に身を寄せ、卵を守るように覆っている。
「……卵……か」
ライナの胸に熱が走る。これは単なる偶然の出会いではない。重要な繁殖現場の観察だ。
ライナは背中のリュックに手を伸ばす。
急いで内部の資料袋を引き出し、古びた羊皮紙の書物を取り出す。
ページをめくり、指先で記された文字を追う。
目が止まったのは、数年前に記録された希少種「デルガントカゲ」に関する記述。
そこにはこう書かれていた。
繁殖期におけるデルガントカゲの特殊行動
オスは皮膜を用いて餌を捕らえ、メスへ供給する。
メスは皮膜を持たず、繁殖期にオスの尾を咬むことで、移動時に連なって進む。
保護行動は、相互に覆い合う独特の形態を取る。
ライナは息を呑む。
「……デルガントカゲ……これが、現場だというのか……!」
彼は書物を押さえながら、黒い生物たちを見据える。
ライナは静かに息を整える。
「……この発見は重大だ。5年前の調査は、この真実にたどり着く前に終わっていた。今、私はそれを完成させる」
リュックの中の資料を閉じ、ノートに最後の走り書きを加える。
「デルガントカゲ、繁殖期確認。生態記録開始。」
そして、ライナは倒木の隙間からゆっくりと前へ進む。
その視線は、黒い大型爬虫類たちと、その神秘的な卵に釘付けになっていた。
ライナは呼吸を浅くしながら、音を立てないよう慎重に前進した。
草を踏む音すら、あの巨体に察知されれば命はない。
しかし、研究者としての欲求が彼を突き動かしていた。
――もっと近くで確認する必要がある。
倒木の間からさらに身を乗り出し、視線を定める。
デルガントカゲの体表は漆黒の鱗に覆われ、腹部から翼状の皮膜が広がっている。
それは飛翔に適したものではなく、風を受けて滑空する程度のものだと分かる。
「……やはり、竜種ではない」
ライナは小声で呟き、ノートに急ぎ記す。
その時――。
二体のうち、皮膜を持つ個体がわずかに頭をもたげ、辺りを見回した。
ライナは息を止め、影の中に身を沈める。
巨大な瞳が黄金色に輝き、木々の隙間を鋭く射抜く。
(……気づかれたか?)
だが次の瞬間、皮膜を持つ個体は尾を振り、再び卵に身体を寄せた。
どうやら本格的に敵意を察知したわけではないらしい。
ライナは冷や汗をぬぐい、観察を続ける。
すると、皮膜のない方――つまりメスが、オスの尾に軽く歯を立てているのが見えた。
「……尾噛み、確認」
資料に記されていた通りだ。
オスとメスが連なって移動する、その準備行動がすでに始まっている。
さらに、卵の表面を覆う粘液がゆっくりと泡立つのを確認する。
「……温度維持……いや、外殻を柔らかくしている?」
ライナの目が輝く。繁殖の仕組みを解き明かす鍵が、そこにあるかもしれない。
彼はノートを膝に置き、震える手で素早く書き込む。
ライナはペンを置き、深く息を吐いた。
「……ここにいるだけで、研究者としての十年分の価値がある」
しかし同時に、心の奥底で警鐘が鳴る。
――繁殖期の生物は、もっとも攻撃的になる。
ひとたび不用意に踏み込めば、観察者は侵入者として即座に排除される。
ライナはリュックのベルトを握り直す。
緊張と興奮を抱えたまま、彼は闇に潜む黒い爬虫類たちを凝視し続けた。