第1話 夢とは
ライナがまだ七歳のころ。
村の裏山は、子供にとって立入禁止の場所だった。熊や狼が出るし、ましてや魔物すらも。崖も多く、足を滑らせればただでは済まない。
――だが、少年ライナは好奇心の塊だった。
「ふっふっふ……今日こそは見つけるぞ、“ドラゴンのウロコ”!」
手にしたのは木の枝を削った“調査棒”。腰には、母親の鍋の蓋を改造した“盾”。
どう見てもただの遊び道具だが、本人は真剣だった。
なぜなら、絵本に描かれたドラゴンに心を奪われていたからだ。
「大人は竜なんて昔話だって言うけど……絶対いる! この山の奥に!」
鼻息荒く斜面を登り、草むらをかき分け、石を裏返す。
もちろん、見つかるのはカナブンや蛇ばかり。
「……これ、ちょっと竜のヒゲに似てるかも?」
拾った蛇を頭にのせてみる。
「ぎゃああああっ! ライナ!? なにやってるの!」
通りかかった村の少女に怒鳴られ、慌てて蛇を投げ捨てる。
その日も結局、竜の手がかりは得られなかった――が。
運命は、不意に訪れる。
夕暮れ、山頂に近い岩場で、空が鳴った。
大地を震わせる咆哮。風が渦巻き、雲が裂け――。
そこに、いた。
黄金の鱗を持つ巨大な竜。
翼は大地を覆い、瞳は深い湖のように澄んでいる。
少年は、声も出せず立ち尽くした。
恐ろしいはずなのに、体は震えず、むしろ心臓が熱くなる。
――「小さき者よ、我が名は古代竜ヴァスラフ。」
竜の声が、直接胸の奥に響いた。
まるで風のように、やわらかく。
――「いずれ汝が道を選ぶとき、また相まみえよう」
それだけを告げると、竜は天を裂く一振りの翼で、遥か彼方へと飛び去った。
「……すげぇ……カッコいい……」
少年の目は涙でいっぱいになっていた。
「俺、ぜったい……ドラゴン研究家になる!!」
* * *
その後のライナの人生は、竜一色になった。
授業中、先生が「王国の歴史」を語っているときも、ノートの余白に竜の絵ばかり。
友達と遊ぶときも「俺は竜使い! お前らは魔物役な!」と強引に竜ごっこを始める。
畑仕事を手伝えば、鍬を振りながら「竜の骨はもっと硬いだろうなぁ」とつぶやき、父にため息をつかれる。
やがて成長したライナは、王都の魔導学院に入学する。
本来ならば魔法や剣を学ぶ場所だが、彼は授業の合間に竜の古文書をあさり、標本室のトカゲを分解して「竜の祖先かも」と真顔で研究した。
「ライナ君、トカゲを分解しちゃダメだってば!」
「でも先生、竜の進化系統を知るには重要なんです!」
「……君はいつか大事故を起こす気がする」
それでも、持ち前の器用さと探求心で魔法も剣術も習得した。
卒業するころには、学院の恩師から一本の魔導剣を託される。
魔力を通せば炎や雷を纏う名剣だが、ライナの評価は――
「すごい! これ、竜の解体にめちゃくちゃ便利そうだ!」
師匠は頭を抱えた。
* * *
青年となったライナは、冒険者となり、各地を巡り歩く。
火竜の棲む火山へ、海竜の噂ある孤島へ、天空竜が目撃された山岳へ。
「竜は実在する! 必ず見つけて、ヴァスラフにもう一度会う!」
しかし――十年以上の旅で、彼が遭遇したのはすべて“竜の亜種”ばかり。
火を吹くサラマンダー、翼を持つ大蛇、そして――ワイバーン。
人々にとっては恐ろしい怪物。
だが、ライナにとっては最高の研究対象だった。
「ついに……ついに来たか! 俺の研究人生、第一歩!」
彼の視線の先――漆黒の飛行生物が、山岳の空を旋回していた。