精霊
──翌日。
どうやら今朝、誰かから話を聞かされたらしい。
不機嫌オーラをビンビンにまとったシャトロが現れた瞬間、俺は即座にシャトロの予定表と仲間たちの同意書をバァン!と叩きつけた。お前、今日暇だね!!
「というわけで、連行します!!」
問答無用!!
心の準備もクソもなかったようで、シャトロは居心地悪そうに目を逸らしてたが──
へへ……俺は出来る軍師だからな?
そういう時は!さりげなく!手を差し伸べて!!
好感度を上げる!!
「で、今日探すのは“原初の実”ってやつだ!
Fランクで受けられる依頼の中で、実は一番難易度高いやつなんだけどな」
「……それ、Dランク依頼だったでしょう?
単なる採取なら、普通はEランク止まりのはずですが」
「おっ、さすがライアス!記憶力が良いな!
でもな、この辺の地域って──“地の女神の泉”の魔力の影響で、植物系の魔物やらD級の奴らが湧くんだってさ。
俺、正直道具なしじゃまだ太刀打ちできないんだけど……」
にへらっと笑って、最高に媚びた顔で一言。
「ほら、頼れる相手がいるからさぁ?」
媚びた俺の顔に、
ライアスは薄く微笑んで頷き、モースは無言で軽く肩を叩く。
ふん、最近勉強を頑張ってた甲斐もあってこの二人からの評価は悪くない。
──そしてチラッと見たシャトロの眉が、ピクリ。
これは効いてるのか?!
というわけで、荷物を整えて森へ向かう。
“地の女神の泉”方面、目指すは──《原初の実》!!
しかし。
森に入ってからすぐに露呈する、俺の致命的な欠点。
「……はっ、はっ……いや、ちょ、待って……」
「お前さぁ……出発からまだ二十分だぞ」
「森の入り口だよ、まだ……」
── 体力がない。
圧倒的にない。
なんかこう、イメージではスイスイ歩いて、
手帳にメモ取りながら軍師っぽく「ふむふむ……ここは伏兵を配置すると──」とか片手間にやりたかった!!
現実はただのヒーヒー言う疲労系ポンコツ。
「俺……運動嫌いなんだよな……あの、脳みそは回ってんだけど……?」
「黙って水を飲んでください」
さらに!
今日はやたらと魔物への遭遇率が異常に高いらしい。
「ねえなんか今日多くない!?てか俺の前にばっかり出てきてない!?ねえ!?」
「君が落とした干し肉袋で誘引してるんですよ!!」
ライアスの怒声が森に響き渡る!
「えっあれ魔物反応すんの!?え、今!?今反応すんの!?」
「あとお前の髪の色、目立ちやすいんだよ」
モースの冷静かつ的確なツッコミに、俺は思わず後ずさる。
……い、いやいや、この程度で好感度はそう落ちないよ、な?
その瞬間──
わっしゃああああッ!!
と、勢いよく植物系魔物が茂みから飛び出した!!
「うわっ!?やべっ……!」
俺、反射で手近な木の枝を構える!
──ボキッ。
あ、手に取った衝撃で折れた。
その時──!
「伏せろ!!【天風斬り】!!」
ヒュッ!!
ライアスの声と同時に、風を裂く音。
一瞬で距離を詰めた彼が新たなスキルを放つ!
ズバァッ!!!
魔物が眩い光を帯びた疾風に断ち割られる!!!
「前に出るなよ──!」
その後方ではモースが魔法陣を走らせ、
パァンッ!!と岩の障壁を展開!
俺の前に飛び出してきた魔物たちは全て跳ね返され、
同時に設置されたモースの魔法に触れた魔物は石の柱に貫かれる。
そして──
シャトロが、【踏撃一閃】というスキルと共に地を駆け、
無言で斬り捨てる!斬り捨てる!!斬り捨てる!!!
たった十秒──
戦闘、終了。
俺?
えーと、叫んでしゃがんでただけですけど???
「ありがと……」
こ、こんなはずではなかったぞ?!と焦る俺。頼るためって口実で連れてきたんだけどさ!
その横でシャトロが低くぼやいた。
「お前ら成長早すぎだろ。この妄言野郎と付き合う意味あるのか?」
いやっ!!!グサァ!!!!
でも!俺の心は折れねぇ!
戦略家たるもの、結果が出なくても希望を捨てるな!!
(……待ってろよ、次こそ陣紙で役に立ってやる……!いや、俺の天才的な勘と思考力で!
そんで、俺もちゃんと、このパーティの“戦力”になってやる!!)
そう、俺はただの賑やかしじゃない!
シャトロは……まあ、無言だったけど。
あと心なしか仲間二人の視線も最初より冷めたような。
俺の特性が悪いことしたんだよな!?パッシブで好感度下がりやすいもんな!?
そんなこんなでなんとか辿り着いた、“原初の実”の群生地。
「よっしゃー!貰えるだけ貰ってくか!」
はしゃぎながら実を取る俺。
──が、その背後。
「ちょっと背中どけろ」
「うわっ!?なんで真後ろから来るのモース!?怖ッ!!
てか身長そんな変わんねーだろ!!いやそれは俺の願望にしても俺の真後ろから狙うな!!」
「角度の問題だ。食用にもなるんだろ?俺もいくらか欲しいなって」
「良いけど気配ゼロで近づくなよ!!!」
ちょっと揉めつつも、なんとか採取完了。
数、ばっちり!完璧!これで依頼も達成確定だぜ!!
そんなこんなで、“原初の実”の採取もバッチリ完了!
「ふぃー……疲れた〜〜……腹減った〜〜……」
草の上にぺたりと座り込む俺に、モースがひょいっと近づいてきた。
「はい、昼飯な。ほら、早く座れ」
手には、こんがり焼き目のついたパンにソーセージを挟んだホットドッグと、
小ぶりでキュッと詰まったサンドイッチ。
具材は、チーズとベーコン、それに……炒めた玉ねぎ!?
ちょ、こだわり感じるんだけど!??
「うっわ、めっちゃ美味そう!!なにこれ、どっから持ってきたの!?」
「準備してきた。お前が絶対腹減らすと思ってな」
「お前……天使か……?」
ガブッとホットドッグにかぶりつく。
肉の旨味とパンの香ばしさが、脳に響くッ!!!
「うまッ……うまま……っ!!」
「あと、即興でこれも作った」
そう言って取り出されたのは──
──瓶に詰められたフレッシュなジャム!?!?
「さっき摘んだ原初の実と、保存してたベリー使った。パンに塗れ」
「ちょっ、おまっ、今作ったのこれ!?俺がぐるぐるしてる間に!?」
「待ってる間、暇だったからな」
モースがスッと差し出してきたのは、
ほわっほわの白パンにたっぷりジャムが塗られた一切れ。
「食え」
「……」
俺、もぐもぐ……
「…………うんめぇ……!!」
甘酸っぱい果実の香りが口いっぱいに広がって、パンの優しい食感と相まってまさに癒し!
戦闘の疲れもふっとぶようなこの味……!
何!?魔法!?いや、料理は魔法!!!
「モース、結婚してくれ……」
「男なんだが」
「嫁にいけるだろ!!」
俺はこの日、人生で1番感動の涙を流した。
帰り道、木漏れ日と一緒に揺れる“原初の実”の袋をぶんぶん振りながら、
俺は振り返って言った。
「なあなあ、せっかくだし──泉、寄らね?」
「“地の女神の泉”?あー……」
現地民・シャトロが、あからさまにテンション下がる。
「俺は別に、何度か行ったことあるし」
うっわ、地元あるあるの“いつでも行けるし”反応!!
逆に俺は一回も行ったことないんですけど!?
ということで──!
「ライアス〜モース〜、名所だってよ!なあなあ!キレイらしいぞ!!魔力がさ、なんかこう、良いらしいぜ?」
「……まあ、俺はこの辺りの探索をするのは初めてですし、悪くはないですけど」
ライアス、案外ノリ気!!さすが理知系!
「俺も。シャトロさえ良ければ一度は見ておいてもいいな」
モースも軽めの賛同!地味に嬉しい!!
チラッと見たシャトロは……
ふーっと小さくため息ついて、肩をすくめた。
「……勝手にしろよ」
「やったー!!遠足だ!!俺、今日の昼飯うまかったから足取り軽いぞ!!」
「心の中で飼っていいガキにも限度がある」
──俺たちは、静かに波打つ泉の中心へと足を進めた。
飛び石を渡りきると、女神像の前に広がる小さな広間のような空間。
舗装された円形の石畳が、水面に浮かぶように存在していた。
「うわ、魚いるじゃん……え?これ魔物?」
俺が身を屈めて水面を覗くと、シャトロがちょっと眉をひそめた。
「……不用意に触るな」
しかし、俺は水中に薄く浮かんだ文字を見ていた。
『願う霊は自ら目を閉じ歴史より絶たれた。希望を紡ぐ流れを護るため』
……何だこれ?
「ふーん、結構いい気分じゃん」
モースが頭の後ろで手を組んで、軽く背伸びするように言った。
「まあ、いいね。満足。──それじゃ戻ろうか──」
と、その時だった。
“空気が変わった”。
言葉では表現しづらい、けれど肌がピリつくような、何かの気配。
水面に、淡く光る白い布が映り込む。
目の前に──半透明の女性の姿がふわりと浮かび上がった。
まるで光の粒で形作られたような体。
目元は白布で覆われていて、視界がないはずなのに──彼女は空を軽やかに舞い、
俺たちを優しく包み込むように旋回する。
「お帰りなさい、ウィル……ウィルニア!!
私はあなたにまた会えて嬉しいよ……あなたのことを忘れた日なんて一度もないよ!
お帰りなさい!!」
「…………ウィルニア?」
え、誰???
他の奴ら……見ても、みんなキョトン顔。
だけど──シャトロだけが少し表情を曇らせる。
俺がその視線に気づいて問いかけようとした時、周囲で大きな水音がした。
波が泡立ち、音もなく隆起する──
その中心で、霊体がくるりと宙を舞いながら手を広げた。
「また会えて嬉しいよ!!」
その瞬間──
彼女の両腕が、魔力で構成された半透明の帯状に伸びて、シャトロに向かって飛んできた!!
「っ、下がれ!!」
ライアスが即座に前に出て、【天風斬り】を放つ!
魔力の帯に衝撃波がぶつかり、火花のようなエフェクトが弾ける!
「ぐっ……」
衝撃は逸らしきれず、なおも迫る帯──!
「【鋼玉壁】!!」
モースが鉱石の壁を生成する。
鋭く立ち上がる鉱石の盾がシャトロを覆うように展開され、霧のような魔力の腕を強引に受け止めた。
「おいおい、あっぶねえって……!!」
俺も反射的に【簡易防陣】を詠唱してシャトロの足元に展開!
ギリギリで三重防御が間に合い、シャトロは捕まらずに済んだ。
だが──彼女は、驚いたように手を引っ込めた。
精霊の光がふわりと泉の周囲に舞い──そこに立つ“彼女”の姿が、どこか重く、変化していった。
「……あれ? あなた……私の手を弾いたの?」
先ほどまで柔らかく宙を舞っていた女性の霊体が、ゆっくりと地に降り立ち、
その声色に微かに混ざる痛みのような驚きが、ぞくりと肌を撫でた。
「どうして……?戻ってきたのに……また、私の場所に来てくれたのに……」
ぱちり、と。
彼女が目隠しの布に手をかける仕草をする──
「一緒にいた方が、幸せだよね? ずっと、そうだったじゃない……?」
「……伏せろ!!」
ライアスの叫びと共に、風刃の斬撃が放たれる。
同時にモースが即興の防壁を前へ、シャトロが霊の前に立ち剣を抜く!!
「下がれ!!こいつ──ただの幻じゃない!!」
ばっ、と光が弾ける。
彼女の“手”が振り下ろされた位置、そこに異様な魔力の揺らぎと衝撃波が発生する!
シャトロを掴もうとした霊体の腕が、目の前で空を切る──
「ご、ごめんね……そうだった……あなたは、まだ“生きてる”んだった……」
「……まだこっち側には、来てくれないんだね」
(“こっち側”って……絶対“死んでる方”だよな!?)
そして、声が震えはじめる。
「でも……あなた一人で何が出来るっていうの!?
あなたがここに戻ってきたってことは、やっぱり一人じゃダメだったんだ!!」
「私と二人じゃないと、あなたは、ダメだったのに!」
「どうせあなたは……私以外に愛されない!!」
──怒りと哀しみが混ざった声と共に、
霊の魔力が爆発的に跳ね上がる!!
「くっ──くるぞ!!」
シャトロが剣を構える。
水面から突き出した魔力の触手がうねり、襲い掛かってくる。
「ライアス、右!!」
「わかってる!!」
ライアスが自らに強化魔法を掛け、跳躍──風の刃で切り払い!
「こっちも塞ぐ!お前も援護!!」
「わかった!!……【豊穣の風】!!」
モースと連携し、魔法による支援と守りが重なる。
【豊穣の風】は少量のステータスを底上げする初級魔法だ。
簡単な支援魔法なら陣紙でも足りる!!
そして攻撃を辛うじて凌ぎきった、その時──
ばしゃっ!!
霧状の魔力を纏った水しぶきが、一斉に皆に降りかかる。
その瞬間。
「…………えっ」
彼女の顔に、明らかな動揺が走った。
「あ、ああ……ウィルニア……?剣……」
「剣が……どうして……そんなに、穢れて……?」
震える声。
皆が、自分の装備を確認する。
──でも、異常はない。
そして視線が、一斉にシャトロの腰元へ。
「……!」
彼の普段は使わない剣が、ほんのりと淡く、薄緑色の光を帯びていた。
「ウィルニア、ダメだよ……そんな世界にいたら……一人でいたら……」
彼女の声が、今度は“何かを諦めまいとする”祈りのように変わる。
「──ッ!!くそっ、これか……!!」
シャトロが腰の剣を引き抜き、泉へと投げようとする──!
「待った待った待ったぁああああ!!!」
そのとんでもない行動を、俺は飛びつく勢いで止める!!
「ちょ、ちょっと待って!!ほらっ!!
その剣が相手の手に渡ったら、俺たちがウィルニアじゃないってバレるかもだし!?
あの剣を捨てたって思われたら──逆に悲しませちゃうかもだし!!?」
「はあ!?何わけのわかんねぇこと……!!」
「いやいやいや、あの剣さ!?あんたの思い出が詰まってるから反応してるんでしょ!?
で、俺その剣ちょっと欲しいし!!捨てるとか許せないし!!」
「てめえの下心混ぜんな!!!」
シャトロが怒鳴りながら剣を引き寄せると、
俺は悪びれもせずふてぶてしく言い返した。
「でも今のところ、アイツがいちばん反応してんのってその剣じゃん!?
魔力か何かに反応してるんだろ?いいから剣に宿る力を解放とかさ、なんかやってみろって!ね、頼むから!」
「……この剣はすでに、その能力の大部分を失っている。今はただの鈍のゴミだ」
「人の大事なものをゴミって言った!?ひどッ!!」
ギャーギャー騒ぐ俺を尻目にシャトロは舌打ち混じりに剣を抜く。
「……チッ。仕方ねえな」
そして次の瞬間。
──バッ。
彼が霊の放った攻撃を剣で弾いた瞬間、
ふわりと辺りに霧が立ちこめた。
「ウィル……?今、あなたの剣から……他の人間の魔力が……」
「……え?誰か、他の人が持ってるの?……どうして……?」
……攻撃が止まった。精霊は何かを思案しているような顔で宙を舞っている。
膠着状態か……
この機会だ。
「シャトロ!やっぱ剣が鍵っぽいぞ!!」
俺はシャトロの肩を叩きながら声を荒げる。
「その剣を持ってる所以とか! ウィルニアが誰なのかとか!」
シャトロは眉間に皺を寄せたまま、俺を睨んだ。
「……この剣は、友人から貰ったものだ……」
「ウィルニアについては、恐らくだが──」
「恐らくだが!? ほら、言え言え!!」
「……俺の母親だ。」
……ほお?
「それでそれで!? もう一声! なんか特徴!」
「彼女は幼い頃の話なので曖昧だが……彼女は“聖女”と呼ばれる存在だった。
武道に長けた人で、俺は彼女に剣術を教わった。
彼女は常に俺に対して“孤独”を語っていた。
同時に……大切な友人が一人いたが、合わせる顔がない、と。……それくらいだ。」
「……はあ……」
剣に残る魔力。
攻撃を止めた精霊。
ウィルニア──シャトロの母親。
聖女と呼ばれた人間。
孤独。合わせる顔がない友人。
全部が頭の中でごちゃまぜに渦を巻く。
……でも、分かってきた気がする。
「だが、あいつがやたらと剣に反応する以上、そしてウィルニアさんが剣を使えたという情報からも……」
俺は握りしめた拳を胸元に当てた。
「……その剣は、ウィルニアさんの所有物で間違いないってことだよな。
ウィルニアの弱点は“孤独”……で、アイツが執着してるのも、根底にはその孤独への理解があったから……か?」
俺は小さく息を吐いて、剣に視線を落とした。
──どんだけ孤独だったんだよ。
いや、この精霊が曲解してるのかもしれないけど。
これは……泣くべきシーンなのか?
……そう思いながら、剣を握るシャトロの横顔を見た。
俺はすかさずライアスの手を引っ張って剣の柄に触れさせる。
「おい、何してんだ!?」
「ほら、こっちにも触らせてみようぜ!アイツはシャトロが剣を持った瞬間反応が変わった!」
「っ……!?」
ライアスは眉を寄せつつも剣に触れる。
すると、確かにウィルニアはライアスの存在に気づいた様子だ。
「……魔力が混じった……しかもこれは、神聖だけど彼女とは違う……?」
続けて、モースが小さく首を傾げながら柄にそっと手を当てる。
「……ふむ、確かに俺の魔力も伝わってるみたいだな。けどこれ……」
その瞬間、精霊の声音がふわりと変わる。
「ど、どういうこと……?
何をしてるの……?」
俺は最後に自分の手で剣を持ち上げてブンブン振り始めた。
「ほら、見えてるか?俺たち敵意ないですよー!!」
「何?剣を振り回して……何か言いたいの……?」
──ガコンッ!!
「あっ」
盛大にすっぽ抜けた剣が地面に落ちる。
その音に、空中の霊体はハッとしたように動きを止めた。
「他の魔力が消えた……ウィルニア……そこにいるの?私に何か伝えたいの?」
──誰も持っていないはずの剣を前に、
霊はふいに黙り込んだ。
……何かを思い出したみたいに、
切なげに目元の布をそっとなぞる。
そして、泉の水面をかすかに震わせるみたいに、
息を吐くように、ぽつりとつぶやいた。
「……あなた……他の人と、一緒にいるの……?
あなたの仲間なの?」
……空気が冷たくなる。
一瞬で背筋に氷が這う。
やばい。嫌な予感がする。
次の言葉が落ちるより早く、
霊の口元がゆるく歪んだ。
「それじゃあ──その人達も、一緒に連れて行こう」
──空気が爆ぜた。
頭の奥で警鐘が鳴り響く。
目の前の景色が歪んだかと思えば、巨大な魔力の手が、
黒雲みたいに膨れ上がって俺たちを覆い包む。
「おいおいおい!!やめろって!やめろってば!!」
シャトロたちが必死に防御魔法を展開しているのが見える。
砕ける火花、弾ける光。追いつかない。
……俺は無意識に剣を胸に抱きしめていた。
──せめて、せめて。
「ぎゃあああ神様ッ!!頼む!!」
叫んだ瞬間だった。
──光が、闇を切り裂いた。
いや、違う。剣だ。
俺の腕の中の剣から溢れる光が、
鈍い雲色の魔力の手を砕いて、内側からまばゆい白に染まった。
一瞬、息が詰まった。
剣の輪郭が、まるで霧のようにほどけて──
そこから溢れ出す光が、巨大な刃の形となり精霊に突きつけられる。
「なっ……!」
視界の端で、霊が息を呑む声がはっきり聞こえた。
俺の両腕の中で、眩い剣はゆらりと震えながら──
何かを護るように、光を発し続ける。
──静かに、確かに。
砕け散った魔力の欠片が、光に透けて散っていく。
精霊は、信じられないものを見るみたいに、
俺をまっすぐ見つめて、唇をわななかせた。
「……貴方は……そっちを、選ぶの……?そんなに穢れるまで傷つけられたのに……」
消え入りそうな声。
でも、胸の奥に突き刺さるほどはっきり聞こえた。
その時、剣が独りでに舞い上がり、俺の腕から抜け出す。
その剣は精霊と対峙するかのように彼女の前に佇んだ。
空気が、そっと震える。
「私ね、貴方が辛い時、助けになりたかった。
ずっとそう願ってた。……貴方が“また私を必要としてくれる日”を待ってたの」
「でも……気づいたの。
私にとっての“救い”は、きっと……貴方とずっと、二人きりでいることだったんだって」
声が、ほんの少しだけ揺れた。
「でも、もう……貴方には、“仲間”が出来たんだね」
そう言って、彼女は、ゆっくりと微笑む。
「貴方がここに来てくれて……本当に、嬉しかった」
「力を貸すよ、ウィルニア。
私を迎えに来てくれた貴方に、私の力を渡すよ」
そう言って、彼女は手を広げる──
瞬間、泉の中心からあふれ出すように
淡い緑と金の粒子が宙を舞い、優しく降りそそいだ。
波が、泡立つようにうねる。
水面が隆起し、壁のように俺たちの周囲を渦巻く。
「──あなたと大切な仲間に、祝福あれ!
あなたが……二度と傷つかないことを願います!!」
眩い光が、泉の波に反射して──
世界を、まるで祝福のヴェールで包み込む。
「っ……眩しっ!!」
……光が収まったとき、俺たちは──
凪いだ泉の中央に立っていた。
カラン、と硬い音を立てて床へ落ちる剣。
変わってないようで、でもどこか違う。
空気が澄んで、肌の内側からじんわり何かが満ちてくるような感覚。
──“ああ、祝福されたんだな”って。
言葉にしなくても、身体の奥がそう告げていた。
「……ステータス変化が……」
さすがライアス、俺がぽかんとしてる間にもう確認済み。
「うおっ、すげえ。見てくれよライアス!
ステータスに【地の精霊の祝福】ってついてる!
幸運と魔力が上がるってよ!あと、ふむ、地属性強化……おっ!!【物質鑑定】!?こういうの滅茶苦茶欲しかったんだよ!!」
「ふむ……スキル一覧にもいくつか追加が……
これは……なかなかに良い……」
冷静にスキル分析するライアス、ノリノリのモース。
おい……お前らもうちょい情緒ってもんを持て。
人外美少女との感動的な別れイベントだっただろうが!!
「……つーかこれ、実際どうなん?
騙し討ちっつーか、詐欺っていうか……
最初から最後まで“人違い”だったじゃん」
そう言って、なんとなくシャトロを見る。
「なあ、シャトロ……?」
「……」
「シャ──」
「……うるせえな」
むすっとしてやがる。お前もしかして……なんか、刺さってるタイプ?
でも最後の最後まで冷めてたよなお前……
え、これ……まともな情緒持ってんの、俺だけ!?
ちぇっ……祟りや神罰が怖いから後で供物でもしてこよ……。
とりあえず、俺も何か得られてるのかな?ってステータスを開く。
【称号:地の精霊の寵愛】
地の神は人々の“魂”を司る神だ。それに伴い、地の精霊も魂の欲求の発露に敏感である。
貴方の魂が何かを強く願う時、貴方を愛する精霊はその願いを聞き入れるだろう。
魔力と運のステータス成長率が上昇。
地属性魔法の習得速度が加速する。
【スキル:魔道具鑑定】
範囲内に存在する魔力を、空間の遮断を無視して鑑定できる。
習熟度に応じて探知範囲が拡張される。
「お、おお〜〜!?!? 俺にお誂え向きのスキルじゃんこれ!!」
魔力と運が上がるなんて、地の神さんやっぱり分かってる〜!!
しかも俺、“願う”タイプの人間だし……これはもう完全に相性抜群ってやつじゃん!?
(……でもまあ、なんかちょっと申し訳ない気もすんだけどね?
向こうさん、ずっと間違えてたわけだし……でもでも!)
ありがてえ……!
これで──あの指輪も、探せるかもしれない!
さてさて……帯びていた光も消え、広間の端っこに落ちたままの“例の剣“に、こっそり近づく俺。
(ふっふっふ……誰も見てないな? いける、これはいけるぞ)
「よしよし……俺の子にな──」
「おい、見ているぞ」
「ひゃっ!?!?」
目の前で、スッと。狙ってた剣が、
ひょいっと……シャトロの手の中に収まった。
「俺のー!!それ今、俺のターンだったじゃん!!」
「ターン?お前の?どこが?呆れたもんだ」
軽くため息ひとつ。
そして、シャトロは剣を腰に戻す。
「……少しはお前も活躍したようだが」
「うぇっ!?あ、当たり前だろ!?だって俺──」
「……その程度だがな」
「はーーーー!?!?」
「悪くなかったと言ってるだろ?」
「…………」
え、なにそれ、何その褒め方……!?
「………………はー??」
その後、落ち着いて
「さて、帰るぞ」
と、皆が歩き出そうとしたとき。
──ぴかっ。
ひとつの光が、ふわりとシャトロの後ろに寄り添っていた。
「……?」
光はふわふわと漂い、
気づけばライアスの肩に──すぽんっ、と着地。
「……なっ!?」
ライアスの肩に乗ったその“光”は、
ぐにゃりと形を変え──
白く細い、小さな蛇の魔物になった。
「うわっ!?おま、大丈夫かそれ!?噛まれたりしない!?」
「……いや。今、俺の従魔になったよう……ですね」
「い、今!?」
「……ああ」
「えっ、いきなり?んなことある?」と俺が目をぱちくりしていると──
モースが隣から口を挟む。
「さっき“祝福”が撒かれたとき、五つの光が出てたろ?
多分俺たち四人に加えて……“ウィルニア”がいると誤認したまま力を分配したんだ。
で、余った分が魔力に変質して、ライアスんとこに……ってとこじゃないか?」
「……な、なるほど?」
確かにさっき、“五人分”の祝福っぽい光、出てたかも……。
「なあライアス、ステータスどうなった?」
「ふむ……【使い魔召喚】というスキルを獲得しました。他にも戦闘補助と魔法の威力強化、幸運の上昇が付きましたね」
「そっか……ライアス、いいなぁ……」
俺はちょっとだけ、じと〜っとライアスの肩を見上げる。
「……さっきまでしんみりしてたのに、現金ですね?」
と、ライアス。
「うるせーよ!!モフりたいんだよ!!」
「蛇だぞ」
「モフれるもんは全部モフ対象なんだよ!!!」
「だから蛇だぞ?」
やめろ!!
……そんなこんなで、
地の神に寵愛されし俺たち、従魔付きのライアスを加えた状態で、
“原初の実採取遠征”、無事完了だ!!
称号にスキル! 地の精霊の寵愛!!
当の俺も最高の収穫が出来たってことで……さあ、次にやることは決まっているよな?
当然、機嫌の良いモースが宿屋で作った料理を味わうことだ!!
「ほら、お前にもやるよ。パンはさっきと同じだけど、今日はリンゴとローズヒップでジャム作ってみた」
「うわー!うわー!神〜〜〜ッッ!!」
──モース謹製、激うまジャムの再来!!
機嫌がいいときのモースは、ほんとに……ほんとに最高だ!!
宿屋のテーブルに広がる、あったかくて香ばしいパンと、
ちょっと甘酸っぱい、果実の香り。
それに少しの酒。
ライアスが落ち着いた手つきでカップに紅茶を注ぎ、
シャトロは「糖分が多い」とぼやきながらも、しっかり二枚目のパンに手を伸ばしてる。
「あー……なんて、最高の夜なんだ……」
しみじみと、パンを頬張る。
ああ、なんて美味い……!!
やっぱり冒険の醍醐味ってのは、
こういう瞬間なんだよな〜〜〜〜!!
「俺、今日……めちゃくちゃ頑張ったし。
あんなに怖い思いもしたし……
でも、仲間がいてくれたし。
最後にはちゃんと、力になれたと思うし」
だから──
「乾杯しようぜ! 俺たちに!!」
テーブルに置かれたグラスを手に、
ぱん、と音を立てて合わせる。
ほら、ライアスだって、モースだって
シャトロだって……いつもより、ちゃんと笑ってる。
うん。
明日やることも決まってるし。
ちゃんと、前を向ける。
ありがとうな、みんな。
今夜は、気持ちよく眠れそうだ──!
「……うへへ〜……なあモース〜ライアス〜…………俺、えらいよなぁ……?」
「そーだよな〜、もっと褒めてくれてもいいんだぞぉ……シャトロ〜〜?」
「……おーい、もう寝てるぞこいつ」
「いや、起きてるつもりではあるんでしょうけど……途中から幻覚の俺らと会話してましたよね。シャトロの名前まで出してたけど──」
「……そもそもシャトロ、明日仕事で早いからって先に帰ったよな」
「今思えば彼が飲み始めた段階ですでに勘づいて逃げたんでしょうね」
「で、問題は……」
「……どっちが運びます?」




