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退却

次の日の朝、まだ夜の残り香が漂ううちに、俺たちは森へ入った。

Fランク冒険者として初のパーティソロ討伐。

今日の狙いは Eランク:魔狼。単体の戦闘力はそこそこだが、群れると少し面倒なやつらだ。


とはいえ、俺には新兵器がある。


「顕現せよ、迸る緋の息吹!!《炎渦》ッ!!」


陣紙に魔力を込めて詠唱する。ポッと灯る炎の陣。

発動と同時に、魔狼の前足を焼くように炎が走った!


「うお、これ、思ったより……使えるな!?」


……まあ、魔狼が一匹ずつ来るならな!!!


戦いのあと、剥ぎ取りタイムに入る。俺もナイフ片手に鼻歌歌いながらごそごそやっていたら、背後からモースの声。


「ずいぶん機嫌が良さそうだな。戦闘で活躍したから?」


「それもあるけどさ、昨日ギルドで出会ったろ?魔術師の女の子!あの子の兄が、魔法陣学者だったからさ。近いうちに魔法陣教えてもらえることになったんだよ!」


「へえ。さっき使ってた魔法の出る紙を作るんだな。つまり……生産職を目指すのか?」


「ふっ……ちがう、いやちがうな、お前も実はわかってて言ってるだろ?

これは最強軍師になるための!布石の一つに過ぎないのだよ!!」


ポーズを決めながら俺がそう叫ぶと、後ろでライアスがそっと「こいつ元気だな……」と呟いたのが聞こえた気がした。


「でもさあ、安全のために何度か練習用の陣紙も買ったから、今赤字なんだよね〜……」

腰のポーチをペシペシ叩きながら、俺はモースに告白した。


「今、昨日会った魔術師の女の子……ジオンに借金してんの」


「この世界に来て二日目で借金するのやめない?」

モースは苦笑いしながら、魔狼の爪をくるくると観察している。さすが手慣れてる。


「そういや俺、新しいスキル覚えたよ〜」

軽く伸びをしながら、モースがぽつり。


「ライアスはー?」


「俺も覚えましたよ」

と、剣の切っ先を軽く拭きながらさらっとライアス。


「何覚えたかは教えてくれねーの!?」

そうツッコむ俺をよそに、ふたりはキャッキャウフフ会話タイムを始めた。


……近寄れねぇ。


成長値、才能、適性、精神力。全方面で強者すぎる。

でも、俺は俺なりにやってるし? 努力の方向ちょっとナナメってるだけだし?

てか俺にも話振ってくれて良くね?まあスキルは何も習得してないけどさ?


──その時だった。


ぞくり。


無意識に、背筋が強張る。

肌が粟立つような、刺すような感覚。


「……!?」


空気が変わった。

いや──空気そのものが、圧し掛かってくるような異様な“重さ”を帯び始める。


モースがすぐに身構え、ライアスは剣に手をかけた。

俺も棍を構える。震えてるけど。さっき空振ったけど。でも持ってるだけマシだ。


「来る。こっちじゃない」


ライアスの声に、俺たちは振り向いた。


──森の向こう。風を裂いて、何かが迫ってくる。


これは……魔狼じゃない。もっと、“格”が違う……

現れたのは──


Cランクの下級悪魔。


滅多にお目にかかれない希少な種類の魔物だ。

人型を取ってるけど、五感は鈍くて知性もほぼナシ。

ギルドで借りた資料にも書いてあったけど、

魔法攻撃をしかけたり、近接戦闘で接触したりしなければ──基本、無関心。

つまり、こっちから手を出さなきゃ大丈夫な“可能性が高い”ってわけ。


まあ、それはそうとして……


「ライアス、あれ……悪魔だろ。逃げた方が良いんじゃね?」


ふと、モースがぽつり。

その口調は、やけに落ち着いてて冷静だった。


「……確かに。純粋な力での対抗は、分が悪いですね。

それに──下級悪魔が単体で現れる例なんて、そう多くない」


「んだよね〜」


お前らが魔物について真面目に勉強してた記憶ないけど!?

なんでそんな経験則みたいなコメントしてんの!?!?


──俺だけか?ドキドキしてるの……?


「とりあえず、この座標は記録しとくか。ギルドに報告、ってことで」


ライアスがそう言って、モースも「賛成」って表情で頷く。


「……でもさ。別に勝てない相手じゃなかったんだろ?」


俺のぽつりとした問いに、ふたりが振り返る。


「……リスクに見合う報酬じゃない」


ライアスは、まっすぐな目でそう言った。

そして、ぽつりと付け加える。


「ああいうのは、“上位悪魔の目”になってることが多いんですよ。

直接攻撃しない。自衛もしない。ただ、“見る”ためだけの存在。万一のことを考えて退避するべきです」


……はああ!?

それ、経験則みたいに言うな!?


そんなこと言われたら、俺の中の戦術シミュレーションが崩れるじゃん!


納得しきれないまま、俺はライアスの後を追った。

ギルドへの報告はお任せして、俺とモースは……お楽しみ班!

屋台巡りだ!!


「……少し余裕ができたからって、無駄遣いは良くないぞ?」


「正論やめろ。

ていうかさ、モースってさあ……見た目軽そうなのに、意外と堅実だよな?」


「……お前の財布が軽すぎんのよ」


「やかましいわ!!いきなり借金してんだよこっちは!怖いか!」


──街は賑わってた。

夕暮れの光と、香ばしい匂いと、モースの小さなため息。

香ばしい焼き鳥の匂いにふと腹が鳴って、

その音にモースがちょっとだけ吹き出す。


そんなのんきな光景の片隅に──

ふと、見知った顔を見つけた。


「……あれ、あれって……ジオンと、シャトロ?」


「あっ、モースさんと……君!」


ジオンが笑顔で手を振る。

でも……なんか、どこか落ち着かない雰囲気だ。


「どうかしたのか?」


「うーん……シャトロさんが経営を手伝ってる商会の方で、ちょっとしたトラブルがあったみたいで……

たぶん大事にはならないと思うけど……今、彼めちゃくちゃ機嫌悪いんです」


チラッと視線を向けると──

シャトロが、魔道具を片手に小声で誰かと会話していた。

通信用の魔具だろうか?


……にしても、踵を鳴らすわ舌打ちするわで……

今近づいたら……あの魔道具、俺の口に突っ込まれそう。

俺には高価すぎる晩飯かもな、それは。


「……大変だな」


モースが同情のため息をこぼす隣で、

ジオンがポンと思い出したように言った。


「そうだ、君。魔法陣指導の話、兄さんがOKだって。

助手してくれるなら、都合のいい時間に来ていいよって。

アルバイトの形になっちゃって、教えるだけじゃ済まなくなるかもしれないけど……大丈夫?」


ふむ……!

──軍師となるには、まず下積みからだ!!

何より、いつまでも味方の背中に隠れてるわけにはいかねぇ。


自分の身は、自分で守れるようにならなきゃ。

「後方支援の天才」って呼ばれたいなら、なおさらだろ!


自分の身は、自分で守る!

仲間の能力を引き出すためには、まず己の成長から!!


俺は拳を握って、堂々とジオンに告げた。


「……俺を誰だと思ってるんだ?

天才で、最強で、超絶策謀に長けた軍師の資質を持つ──この俺が!!

まさか口を出すだけの置物で終わるとでも!?」


「いや……素直に“はい”って言えないのかお前は」

モースが眉を下げてツッコミを入れる。


「……冗談じゃ、なかったんですね、その……」

ジオンが少しだけ目をそらして、遠慮がちに微笑んだ。


いやなんで!?

今の完全にイケメンムーブだったよな!?

え、伝わってない系!?俺のカリスマ値どこいった!?


「ま、とにかく。よろしく頼むわ、天才助手君爆誕ってことで」


ジオンに言い放ったあと、ふと後ろを見ると──

モースが腕を組みながら、にやっと笑った。


「ってなると、俺とライアスは討伐とか採取とかに出向いて、

お前はバイト入った日はそっち行けばいいよ。勉強もあるんだろ?

……俺たちのことは、気にしなくていいからさ」


「お前、今体よく俺を置いて行こうとしてない?」


「んなことないよ?

あ、ちなみに──今夜の宿の夕飯、ミルクプリン出るらしいぞ」


「……マジで!?」


「だから、頑張って成長しようぜってこと。

今ギルドの支援頼りだろ?みんなで気兼ねなくうまいプリン食えるくらい余裕持って稼ごうな?」


ぬあ〜〜〜ッ!

なんだよモース、そういうの、ちょっとずるいんだが!?


でもまあ……そうだな。

仲間の期待に応えるためにも、やれることは全部やって、

“俺にしかできない仕事”を探していくしかねえんだ!


将来の名軍師、プリン代を稼ぐ!!

次のエピソードはこれだ!!乞うご期待!!


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