デランタ
辺境にある大型の街、デランタ。
山林に囲まれ、朝霧をまとったような空気が漂っていたが……
一歩足を踏み入れれば、そこは別世界だった。
「……でけぇ……」
思わず口から漏れる。
石畳の道の先には、立ち並ぶ屋台と人の波。
果物の香りが風に乗って、ぐぅ、と腹を鳴らせた。
いちばん目立つのは、赤紫色の大粒の実。
どうやら果物はこの辺りの特産らしく、屋台には新鮮な果物を利用した軽食や飲料がずらりと……
「わーっ、あれも美味そう!てか!俺今どこ!?え?みんなどこ!?待って!?え!?」
──完全に迷子。
「……おーい、こっち来い」
「ぴゃっ」
後ろからモースに手首をぺしっと掴まれ、おててを繋がれて引っ張られていく俺。
そのまま人混みをかき分けて、俺たちはギルドと呼ばれる建物の前に到着した。
中に入ると、カウンターでの手続きが始まる。
登録は簡単……魔力スキャンとかされたけどどこまで見られるの!?
「ここに名前書いけばいいのか」
「役職は?」
「え……将来の軍師?今は無職だけど」
受付嬢がぴくりと眉を動かしたのは気のせいじゃないと思う。
でも、俺は堂々としたもんだ。だって“将来”は軍師だから!!今は過渡期だから!!
「……了解。では、あなたの魔力の質を測ります」
後ろの装置に手を置いた瞬間、体の芯をスキャンされてるような感覚が走る。
思わず「おえっ」ってなりかけたけど──ピコン、と音が鳴って、結果が表示される。
“解析結果:魔力因子傾向──解析特化型/精神支援型”
“適正ランク:F--”
「……今どき珍しいですね」
受付の姉さんが、少し驚いたように言う。
「多くの人々は鍛錬や研究を積み重ねて、戦闘能力や戦闘支援に特化しますから。純粋な非戦闘特化というのは非常に希少です。おそらく、状況を迅速に把握し、仲間に適切な支援を与える適性があるのだと思います」
──予兆!!これは完全に予兆!!
来たかッ!!ようやく!!
ようやく時代が俺に追いついたってやつか!?
「でもその……総合力が、かなり低く出てまして。あまり当てには……」
「──つまり、これは……!」
俺は胸元で拳をぎゅっと握りしめた。
「仲間の精神を理解し、状況を俯瞰し、戦局を読むという……
前程万里の天才軍師の兆候ってことじゃんッ!!」
受付嬢は「いや、だからですね……」と何か言いかけたが、
俺の目があまりにキラキラしてたのか、苦笑いして視線を逸らした。
その隣で、ライアスのステータス表示が目に入る。
『戦闘型/分析補助型 適性ランク:C』
モースのカードには、
『戦闘型/戦闘支援型 適性ランク:C』
……なにこれ、普通に強そう。てか普通に強いじゃん。
「Cランク……CとFって形似てるよな。
ほら、こう丸くて……仲間感あるよね……?」
誰にも聞かれてないのに口に出して、自分で凹んだ。
Fはどう考えても丸くない。
「いやでも、俺は将来性で勝負だからッ……!」
カードを受け取る手が、なぜか少し震えている。
たぶん照明のチラつきのせいだ。
……あと、受付嬢が若干引いた目で見てるのもちょっとキてる。
そのとき、後ろから低い声が飛んできた。
「へぇ、将来の軍師ねぇ」
振り返ると、シャトロがめっちゃ呆れ顔して立ってた。
「うるせえよ」
「何も言ってねえよ」
「うるせえの!!視線がッ!!」
自分で言ってて思ったけど、これただの被害妄想じゃね?
その後、別室で新規冒険者向けの簡単な講義を受けた。
採取依頼と討伐依頼の違いとか、報酬の相場とか、危険な依頼の見分け方とか。
──不安になってライオスとモースの様子をチラ見したけど、
今のところ、俺を置いていくって雰囲気はない。
むしろ、「とりあえず明日、軽めの討伐依頼に行ってみよう」って話になった。
同じ宿を取って、今夜はちゃんと休めるらしい。
よっしゃ生存確定!!
「あなたは採取とか雑用の方が──」
「天才軍師になるんで、それスルーで」
受付嬢の優しい提案も丁寧に無視して、俺は討伐依頼を選んだ。
夜。
同じテーブルを囲んで、晩飯タイム。
ギルド飯すげぇ。
量も味も、なんつーかこうガッツリしてる。
でも正直ダンジョンの中で食ったモースたちの飯のが美味かったな……お祭りマジックみたいなアレか?
「そういやライアス。お前のステータス、どんな感じだった?」
興味本位でライアスに聞いてみた。
「……成長資質はそれなりに高い方だ」
「筋力は?」
「Sに上矢印が二つだ」
!?
自分から聞いといて、途中で理解することをやめた。
隣のモースが笑ってるのが腹立つけど、何も言えない。
シャトロは相変わらず離れた席で食ってる。
……なら近づくしかないじゃん?
「やっほ〜シャトロくん。ごはん、うまいね♡」
「黙って食え」
「なんでそんな冷たいの!?ほんとは寂しがり屋なんでしょ?!」
「お前、刺されてぇのか」
「わぁ、暴力宣言!証人のみなさーん!」
──俺のくだらない絡みに、誰も助け舟を出してくれなかった。
食堂のテーブルに座ったまま、俺は隣の皿を見つめた。
──シャトロの皿には、唐揚げが一個しか乗ってねぇ。
「……なあ、シャトロ。話してくれたら、唐揚げあげちゃうけど?」
「は?」
「いや、だから。俺の唐揚げ。おまけ付き♡ “俺とちょっと喋る”って条件だけど〜」
「……うぜぇな。酔ってなきゃ無視してる」
なのにシャトロは、とことこと俺の向かいに座った。
酒が入ってるせいか、妙に素直だな。チャンスじゃん。
「なぁ、Cランクって強いの?」
「普通だ」
「俺、適正Fだった」
「知ってる。比べるまでもねぇ。しかもほぼ素質0みてーなもんだろ?ステータスってのはな、数字が低くても何か一つ秀でてりゃ武器になる。でもお前、“ゼロ”ってことは“何もない”ってことだ。俺とは比較にならないから失せろ」
「それ、逆に素材って感じしない?」
「しねぇよ」
──はいはい、辛辣〜。でもなんか喋ってくれるの、ありがてぇな。
この人、言葉少ないけど拒絶まではしてこないから、つい調子に乗りたくなるんだよな。
え?失せろって言われた?何の話だ?
そんじゃあ……ちょっとカマかけてみるか。
「お前さ、剣の使い方ちょっと不自然だよな。
シャトロの癖じゃなくて、誰かに合わせてるような?」
「……鋭いな」
お、効いた?
つっても普通の魔物と戦ってる時には硬い動きしてたのに、危ない時にいきなりアウトローに蹴り入れたり剣の峰で殴ったり……ってのが面白かったからさ。
「……昔、世話になってた家がある。没落した名家だ。
そこの友人に、剣を譲られた。最後は……まあ、仲違いして終わったけどな」
お、面白そうなこと話してくれるじゃん。もしかして結構酒に弱い?
「で、それが今の剣?」
「他人の形に合ってるもんなんて、すぐ手放しゃいいって思ってたが……
なんとなく、持ってる」
「なんとなく、ね。
でもそれ、ちゃんと“想ってる”ってことじゃん」
「……」
「俺、いい人だなって思うよ。人に冷たくしといて、忘れられないとか、超未練タラタラじゃん。
……でも、そういうの、俺は嫌いじゃないな」
シャトロは無言で、俺の皿の唐揚げを、つまんで戻してきた。
「……いらねぇ。しょっぱい」
「え、しょっぱいって、なに?俺の情けの味???」
本当はレモンかけまくっただけだ。
「二度と話しかけるな」
「いやでもさ? その剣が、あんたみたいないいヤツに着いてきたってことはさ〜……
当然、“いいこと”が好きな剣なわけじゃん?
じゃあさ、ここで俺に優しくして“剣の気持ち”尊重してみようぜ?」
「は?剣に気持ちもクソもあるか。死ね」
……………ふん!!
次の日の朝。
ギルドの広場に集合すると、インストラクターを名乗る職員が爽やかに笑っていた。
「私はティエ。本日は異邦人の君達の初めての依頼を監督するよ!今日は“実地訓練”。近郊の森で、ゴブリンの掃討に行くね。問題が無さそうなら今回限りでお役御免だからよろしく!」
あんたは元気だな!
俺は昨日、血眼でモンスター図鑑を読みふけって、まさかの徹夜。
今も涙目で目を擦りながらフラついてる。でも軍師にとっては必要事項ってか。
「……んわぁ……眠……」
「はぁ?また寝てねえのかよ」
ライオスに呆れられつつ、支給された装備を確認する。
俺の武器は──棍。
なんか重いし、バランス悪いし、攻撃っていうより、ただの長い棒。
てかこんなん、どこに“カッコいい軍師感”があるんだよ!?
森に入ってしばらくすると、
早速、前方にゴブリンの群れ。
すると、ライオスとモースがぬるっと前に出て、
ライオスの剣が一閃、モースの脚が風みたいに弧を描いて──
一瞬で二体が地面に転がる。
「……速っ!?」
ティエも思わず目を丸くする。
「……うん、普通に合格ラインどころか優秀だね!二人とも!」
まって、先生、目がちょっと潤んでるよ!?
ついでに顔赤くない!?
えっ、なに?推しに会った顔!?
その横で俺はというと──
ぐわんと棍を振り上げようとして、
「……ふわぁ……」って欠伸しながら力尽きて、棒を地面にガコッと落とした。
「…………」
ティエが気まずそうに笑ってた。
ライオスが溜め息をついた。
モースは「……あちゃ〜」みたいな顔してる。
──ちょっと待て。
俺だって、やればできるからな??
今のは気を抜いてただけだし!?
余裕だし!?
「見てなって……」
自信満々(に見せかけた)笑顔で、俺はこっそりライオスの横へ。
ちょうど少し外れた位置に、逸れたゴブリンが一匹。
いいねいいね!これは俺が片付けてポイントゲットのチャンス!
「てやっ……!」
棍棒を持って、忍足でぐぐっと近づいて──
──振り上げて──
空振り!!!
「っ!?」
振り直して──
空振り!!!!!
「ああっ!?」
三回目はバランスを崩して──
転倒!!!!!
ズザァァァッッ!!!!
「え、ちょ、うそ、ねぇなんで!?何この草!?滑った!?!?」
地面をゴロゴロ転がりながら、ゴブリンがこちらを振り向く。
うわああ目が合ったああああああ!!!!
こっちくんなこっちくんな!!マジでヤバい!!
「ちょっ、助けてくれるライオス!?モース!?この世界の神様!?」
悲鳴と共に、棍を盾のように構える。多分意味ない。
その瞬間──
ヒュッ、と風を裂く音。
直後、ゴブリンの頭が刈り取られたように落ちた。
見れば、ライオスが無言で剣を振り下ろしていた。
「……帰っていいぞ」
「ひどくない!?今のだって戦略的撤退の予定だったもん!!!」
モースがそっと駆け寄ってきて、俺の肩の泥をぺしぺし叩いてくれる。
「……はいはい、頑張った頑張った。あとでちょっと手当てね」
「やさしい!!この天使め!!」
俺のテンションだけは、だだ上がりだった──けど、
その横でティエが「……今度、体力訓練からにしようか」と小さく呟いたのは、聞こえなかったことにした。
棍棒空振り連打&転倒の後、
命からがらゴブリンから助けてもらった俺は、地面にぺたんと座り込んで息を整える。
そのとき、ふと思いついた。
「……魔法!魔法は!?俺にも魔法とかいう文明の力はないのか!?」
叫びながら振り返ると、ティエが困ったように言った。
「えっと……ステータスに適正があるのなら、自然に使えるはずだけど……?」
「……」
「……」
ティエの目が優しく泳ぐ。
「…………無いんですね。君」
「お、おい。言ってやるなよライオス」
俺、うつ伏せに崩れ落ちた。
バフもデバフも回復も、何もかもナシ……?何で俺だけ!?
マジか?俺この世界の空気より薄くない??
ライオスはこっちも見ずに剣を拭いているし、モースだけが背中をぽんぽんしてくれた。
「まあまあ……生きてるだけで、よくやった方じゃない?」
「やさしい!!!でも今その言葉が一番つらい!!!」
こうして、俺の初戦闘は “攻撃失敗・転倒・魔法適正なし” の三点コンボで終了したのだった。
──討伐完了後、ギルドに戻った俺たちは、ついに初報酬を手に入れた。
金額は、まだ物価がよく分からないから正確なことは言えない。
「……でも、一日メシ食うくらいはできるってティエさんが言ってたな?」
「異邦人には申請を出せばある程度の生活補助は受けられるからそんな胃をキリキリさせなくていいってよ」
モースの言葉にふーんと相槌を打つ。
渡された小袋を振ってみると、カランと金属音が鳴った。
へえ、これがこの世界の“初任給”ってやつか。
つーかさ……自分で言うのもだけどさ?
「これ山分けでいいのか?」
横でライアスが袋を覗きこんでひと言。
「ま、今のところは折半な」
その目線は、“ここから伸びろよ”って言ってる気がした。
そしてモースは、ほんのり笑いながらこう言った。
「同じ場所で寝泊まりした仲だからね。少しくらい縁で割り勘しても、別に悪くないよ」
……やさしいな、あんたら……
逆に憐れまれてる感が胃に刺さるのは何だ!?
そんなこんなで皆で山分けし、今日も俺は生きて飯が食えることに決まった。
**
その後、俺はティエに呼び出された。
「はいこれ。勉強しなよ、将来の軍師さん」
ティエが俺に手渡してきたのは、小さな紙束のようなアイテム。
陣紙と呼ばれる、魔力のこもった簡易式の魔術道具だった。
「スクロールほど即効性はないし詠唱が必要だけど、素質がなくても少ない魔力であらゆる魔法を再現できる。魔法陣学を学へば、軍師としても役に立つんじゃないかな」
「要するに、努力すれば使えるようになる道具ってことか?」
「……まあ、頑張れば、ね?ただ……敷居は高いかな」
ティエの苦笑いがほんのり痛い。
でも、俺はそれをちゃんと受け取った。
──やってやるよ。見てろ世界。俺だってそのうち、賢くて強くて、イケメンでモテモテの軍師に……
脳裏に過ぎるイケメン同行者二人。
「……いや、あくまで“賢くて強くて”だけでいいかな」
陣紙をポケットにしまって、ぐっと拳を握る。
「……ところで、どこで勉強すればいいの?」
「……えっ」
「……いや、魔法の勉強ってさ……この街、図書館的なとこあるよね?あるよね??」
「し、書店なら……基礎講座の本くらいは……あとは技師を探す……?」
………………………ふう。金がねえ。
でも俺はめげない。
最強の軍師になるまでは、這い上がるだけだ。
今は寄生でも何でもして資本を手に入れるときだ。
俺はできることは全部やる。全部を手に入れてやる。
胸を張って、俺はそう心に誓った。