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初日夜



「んわ〜……疲れたもおお……」

俺はほとんど這うように、石畳に指を滑らせる。魔素が染み込んだ岩の冷たさが、妙に心地いい。ぺたりと頬をつけたら、そのまま寝そうだった。


──初心者向けとは名ばかりのこのダンジョン、今いるのはダンジョンの深層らしい。

帰るのにも時間がかかるようで、もう数時間ただひたすらに歩かされている。

回復のスキルもろくに無い俺の体力は、とっくに干からびていた。成長値も基礎値も低すぎる。もう足、ほとんど棒。それは棒に失礼だ。俺の足は爪楊枝。いや、それは爪楊枝に失礼だから……


「あ、私ライアスさんとも話してみたいので先行ってますね♪」


魔法使いの女の子が、にこやかに手を振って去っていく。

ちょっ……さっき一緒にゴールしようねって言ったじゃん!?!?


ちらりと目をやると、先頭を歩く気難しい戦士が俺のへたりこみを見て「……またかよ」とでも言いたげに、軽く舌打ちをした。


「…………チッ。情けねぇ異邦者だな」


「うっせぇ〜〜〜〜」

そう言いながらも、俺は反論する気力すらない。どうせまた「最初からお荷物だと思ってた」とか言うんでしょ知ってるよ。


次に通りかかったのは、デカい槍使いのお兄さん。


「おっと、こんなところで寝てたら危ないだろ?」


うわ、近くで見るとマジでデカくね?!どこに顔あんだよ!?


ボキッ


寝転がったまま彼の顔を見ようと勢いよく顔を上げ、自分の首を変な角度で曲げてしまった。

首が逝った。完全に逝った。バキィって鳴った。

槍氏は首を傾げながらそのまま先へ進んでいった。


「なんでみんな、こんな身長あるの……俺が小さいんじゃないよな……?」


結局俺はモースに足を引きずられながら休憩地に着いた。

この時点で俺に対する期待はどこへやら、「お前は火でも起こしてろ」という理不尽な言いつけと共に火おこしの道具を寄越された。

俺はうつろな目で、震える指で火を起こそうとする。


「魔法が使える世界なら火も魔法で起こしやがれよ……!」


パチ、パチ。火打石の音だけが空しく鳴る。火花が散らない。

俺の集中力はもう風前の灯火だ。


(あ〜……つっかれた。……この世界でまでこんな扱いとか聞いてねー……前の世界ってどんなだっけ?)


そのとき、背後でぽすんと誰かが座る音がした。


「……おい」


あの愛想のない剣士だった。

彼は無言で、俺の正面にしゃがみ込み、持っていた火種を取り出すと手早く焚き火を作り始めた。


「あんた、火もまともに起こせねぇのか」


「……うるせーな」


「……くっくっく。いいコンビじゃん、シャトロと君」


いつの間にか槍使いのお兄さんも戻ってきていて、俺の後ろで薪を組んでいる。

遠くからは、魔法使いの女の子の「お湯湧かしたい〜〜」という声が聞こえた。


……あれ。

もしかして、俺って、ちゃんとパーティに入れてもらってんの……?


「……ありがとう」

ぽつりと呟くと、剣士は眉をひそめて火種をいじりながら言った。


「別にあんたのためじゃねぇよ。俺が火が欲しかっただけだ」「はいはい。……てか、あんた、シャトロって言うの?」

「……ああ?」

「シャトロって、強いの?」

「…………」


焚き火のはぜる音がやけに響く。シャトロが静かに俺の方を見た。

その顔はまさしく、「なんだこの男」を体現しているようだった。ついでに「しゃべるな」の副産物まで乗ってそう。


「……」

「いやだって、剣二本持ってるし、さっきもわりと斬ってたし……二刀流?格好いいな」

「一本は予備だ」


「じゃあさ、一本ちょーだい。俺、まだ武器無いんだけど?」


沈黙。

すんっごい見下された。すっごい!! 見下された。

俺の中の“プライド”が、ちょっと死んだ。


「シャトロってさ、逞しいよな」

「……媚び売っても何も出ねぇぞ」

「媚び売ってないし……」

「は?じゃあ今の何だ」

「お願い♡」


「…………死ね」

「えっ」


シャトロは明確に俺を“無礼な媚男”と認定し、そっと目線を逸らしたようだった。

あーはっは、やらかした?直す必要もない手袋を無駄に弄ってまで目を逸らそうとするな。


「……やめとけよお前。そいつあんまり冗談が得意じゃねえからさ」

後ろから声がして振り返ると、槍使いがモースと一緒に食事の支度をしているようだった。

道中で出会った魔物の死体を、質量を無視していくつか小袋に入れていた気がするが……あれか。

モースは腰に布を巻いて、手際よく小型の魔物を解体していた。

お前、この世界を知らないみたいな顔しておいて平然と魔物の解体を!?


「なーモース。それ、今日の夜飯?」


「んー、そ。焼くとちょっと匂いきついけど、胃にはやさしいはず。あんた、辛いの苦手?」


「いや、わかんねー。食べたことねーもん」


「じゃあ、少し甘めにしとく」

モースがそう言って、鉄鍋に何かの実をほぐしながら入れていく。

その顔が、なんかもうめちゃくちゃいい男のそれである。


……うわ、顔面も心もイケメンですってか?

きゃーきゃー言っときゃ満足かよ、ペッ。


──とか思ってたくせに。


「……うま」

肉のうまさが脳まで染みた。くそ、うめぇ……。うめぇよ……お前の肉……


出された皿の上には、こんがり焼いた肉が二切れ。灰兎の腿肉とか言ってたけど知らない。

臭みは完全に抜かれ、代わりにほのかな甘みと香草の香りがふわっと鼻に抜ける。

そしてそれに合わせて出された飲み物が、また……!


「これ、何?」


「腐りかけのザンダ果。臭み消しにも使ったやつ」

「……腐りかけぇ?」

「ちょっとだけ発酵してるのが甘くなるんだよ。槍士が教えてくれた」


うっわ、なにその言い方。

「お子様でも飲めるね♡」みたいなニュアンス入ってたよな今。

いやでも美味しいけど。

飲んだ瞬間、喉がびっくりして「飲んだのに喉が潤う!?」って叫んだけど?

いや飲んだら潤うのは普通か。


モースと槍使いは、手際よく他の肉も焼いていく。

ふたりの連携は熟練のそれで、言葉少なでも通じ合っているようだった。


……いやモースは何でそんなに初見なはずのものに対して躊躇がないんだ?


「お前さ。火、見ててくれる?肉ひっくり返すから」

「あ、あい」

「“あい”て」


俺は慌てて座り直し、火を見つめる。

ちらちらと赤く揺れる炎が、さっきまでの気まずさを少しだけ焼いてくれてる気がした。


シャトロは離れた岩に背を預け、黙って剣の手入れをしていた。

その横顔に、チラッと俺の方を見て、すぐに目を逸らす仕草があったのは──

たぶん気のせいじゃなかった。


明日には街に着くらしいが……

ふん。そうやって、気に食わない俺を“いなかったこと”にして……のうのうと暮らすつもりなんだな?


心の中で、静かに毒を吐いた。


はいはい、俺が天才軍師の素質を持つのに嫉妬して今日も今日とてお荷物扱い〜。今はまだ多少おもしろがられてるけど、そのうち飽きられるし、邪魔になるんだろ?期待もしてくれないくせに?


「天才の俺にこそ相応しいのに」


俺は、火の向こうで光を反射させるシャトロの剣に、ぼそりと捨て台詞を落とした。


──その時だった。


「……聞こえてんぞ」


「はっ!?聞こえさすつもりだったわ!!」


シャトロはちらりとこちらを見て、眉間にしわを寄せてため息をつく。


「剣を持ったこともないのに天才を自称してるだろ?本当に……お前、めんどくせぇ」


「上等だよ。俺、めんどくさい奴だからな」


睨み返してやったのに、シャトロの方はもうこっちを見てない。

火の光だけが、静かに跳ねた。


モースが鍋をかき混ぜる音と、槍士が拭き終わった串を並べる音が重なる中、

俺は自分の膝を抱えて、脳が飽きるまでシャトロを視線で殺すことを試みていた。

そのうちに、意識は暗転した。




《剣士シャトロの剣を手に入れよ。さすれば天才軍師への道は開かれる》

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