集会
ジークを動かすために今回取る作戦は、彼の精神に負荷を掛けて選択肢を奪うことだ。
今のところまだ情報は足りていないが……【潔癖症】。
まずはここから手をつけていこう。
「んで、綻びが見つかれば、そこを出来る限りジークの外面に影響させたい」
例えば社会的地位の損失。
潔癖症というのはつまり【完璧主義】の片鱗。
何かに害されることに対しての耐性が低いということだ。
彼が太刀打ちできない問題でも与えれば自爆してくれそうだな。
人間関係の破壊もいい。
シャトロとジークは表面上でしか仲良しこよしにしていないのか?
そんなことはないだろ。
少なくとも、ジークからすればシャトロは大切な駒の一つの筈だ。
恐らくジークにはあまり親密な奴がいないからな。
立場を考えれば常に一人で行動しているとは考えにくいが……
気安く頼れる奴は貴重だろうし、行動の礎にもなっているだろう。
思いついたことは実行だ。
多面的に信用を失墜させて手足の自由を奪う。
まずしたいのは……ジークがここへ会談に来た目的を知ること。
そして、ジークの主な手駒を潰すこと。
それに必要な……この領地における通信手段の把握、諸々。
まずはジークの移動先に監視の目を置こう。
聞き耳を立てたところ、この付近にもう一軒の質の良い宿があるんだとか。
名前を聞いた時点で俺はその場を離れ、近隣の領民から宿の位置を聞き出す。
客を装い、宿からさらりと抜き取ってきた館内図のパンフレットから、同線から粗方ジークの泊まりそうな部屋を割り出す。
特に問題もなく悪魔に【隠者の瞳】の印を配置させて良し。
後でジークが来ているか確認しよう。
「で……次は……」
そう思いながら近くで買ったクリーム菓子を食いつつ街道を歩いていると、不意に背後からバサバサという音が迫ってきた。
「あ!!!そこの人!危ない!」
「!?」
大量の黒い鳩を俺はすんでのところで避ける。
俺は同じ過ちを繰り返すことのない天才軍師だからな。
もちろん繰り返すことも出来る。
「あ、さっきのお兄さん!また会いましたね!」
「飼い慣らしてない鳩をよくぞ放し飼いに出来るな」
今日の昼頃、俺のクリーム菓子を鳩に陵辱させた鳩売り。
ちなみに俺がジークの部屋にばら撒いた虫や小動物。
あれは空いた時間にこいつから買った魔獣用の生き餌だ。
一応言っておくとこいつの売っている伝書鳩も魔獣である。
「いやー、買い手がなかなかつかないものばかり買っていったのでどうしたか気になってたんですけど……どうしたんですか?」
頭に鳩が留まっても気にもせずに首を傾げる彼女。
「俺が今手に持っているものが分からないのか?」
「え?」
「俺が持っているのは鳩共が血眼になって食らおうとするクリーム菓子。そして俺の手元から無くなった生き餌。つまりどういうことか分かるな?」
「そんな……もう2度とそのクリーム菓子は食べれません……この真実をみんなに伝えなきゃ……」
「待て、その使命を果たす前に聞きたいことがある!ゴシップでも何でも良いから、ここら辺の情勢の載った掲示物とか雑誌はないか?」
「今自分の頭の上に乗ってる鳩の重みで思い出せないですね!お金を払えば軽くなる気がします!大特価3000ガト硬貨です!」
「俺に助けられる身なのに他の客と同じ値段で売りつけようとするのか?」
「2500ガト硬貨で……」
ちなみに、軽く市場を見てきたが3000ガト硬貨というのは大体一、ニヶ月の食費程度の価値だ。
前回こいつは氷菓子一食分より安いと言っていたが、こう聞くと氷菓子の値段は非常に高いらしい。
あれはどんなセールストークだったんだ。
彼女の頭に乗った鳩を掴んでポケットに突っ込み、俺はある程度の情報を聞き出した。
ここの人々は、領主の配った魔道具を用いて離れた場所でも通信魔法による会話が出来る。
領主の設置した中継媒体の範囲内に限るらしいが。
そして、娯楽は無いが情報規制もほとんどない。
そのため、掲示板に情報が増えたが最後、有る事無い事捲し立てて隅々まで食い潰そうとするらしい。
恐ろしいな。誠実な人間が損をする社会じゃないか。
「助かった。じゃあな」
「もっと餌買わなくていいんですか?」
「生き餌の成れの果ての方が安い」
先ほど魔道具で会話ができると聞いたが、俺はここの領民ではないのでその手段については触れられない。
なので掲示板を見てみることにしたのだが……色々貼ってあるな。
『地球は平面だし太陽も平面だしこの世界は二次元』
『明日の昼にスト起こそう』
『可愛い鳩の絵描きました 見にきて』
可愛い鳩?
この字面だけでここの領民達の荒んだ心が垣間見える。
お前たちもうんざりしているんだろう。
ここの領主……と話しているジークのことが!!!
この天才軍師がすぐにジークを隠居させてやるから安心してくれ。
それでその紙束の中にジークや今日の談合についての記述がないか調べてみると、端の方に何枚かは貼ってあった。
ああ、ちゃんと関心は集めてるみたいだな。
結構野次の書き込みとかもあるし。
人なんて各々の平穏を守るために生きているようなものだ。
不利益があれば、貴族に秘匿されようが小難しく誤魔化されようが、食いつく奴は食いつく。
その他近くにいた住民に聞いてみたらところ、頻繁に対面での講談会や集会も行われるらしい。
他所の領地や国からも対話のために通う奴もいるそうで、思っていたよりも情報の動きも活発だった。
早速ジークのキャパを超える仕事を生み出すために行動していこう。
ということで今夜は掲示板で見つけた集会に行くことにした。
集会所は一般的な民家の一室。
鍵は掛かっていないので好きに入って良いらしい。
こんな狭い領地での政治集会なのにこれが許されるのか?
「おや、新顔だね」
そこには十数人の男女が集まっていた。
壮年の比率も多いが、俺に声を掛けてきたのは自信に溢れた顔をした一人の青年だった。
「俺は会長のシシェン。ここはあんたより年上が多いだろうけど気楽にしていいよ。どこに住んでんの?」
「俺は他所の大陸の観光客なんですが、地方政治に関心があったんでお伺いしました!」
「観光客?!いや、うちの国に来る人って本当に希少なのにこんな場所に?!」
その後席について座談会が始まったが……
以下は参加者による発言だ。
「やっぱりジークは顔だけの飾りだな。世襲なんてやめて有能なのを領民から取るべきだろう」
「その有能なのは美人がいい。美人を送り込んで傀儡にでもできないもんかねえ」
「うちもダンジョンの利益なんかより話すべきことがある!」
適当なことしか言わねえな。
だが、かなり雰囲気も穏やかに見えて、茶菓子を楽しみながら雑談でもしていそうな雰囲気だ。
……いや、少しぎこちないか?
シシェンを取り巻く一派は特段その会話の輪に混ざることもなく資料をまとめている。
段々過激になり始める面子を宥めるようにシシェンは言う。
「皆さん、今日は初顔もいるんだから控えめにお願いしますよ。犬よりうるさいですからね」
今回話し合う主題は、『技術の流出入』に関心が寄せられているようだった。
この人たちが言うことには、『ジェミニ領はうちの通信技術を盗もうとしている』とか。
曰く、近頃テスカ寮で流通する通信機の扱いはテスカ領のみが保持する【特権】。
曰く、他の領地へこれを提供する場合にはその価値に見合う技術貸与料を払うべきだと。
通信の魔道具技術は最近開発された革新的な最新技術のようで、確かに安売りするものでもないらしい。
「……ジークが今回ここに来たのはダンジョンの利益について話すためって聞いたけど。そこに懸念は無いのか?」
俺が疑問を口にすると、どの集団にも近寄らずに資料をまとめていた青年が近寄ってきた。
「……定期的な魔物の氾濫やダンジョンの変質のリスクと対策についてはジェミニ領に委託しているからな。得られる利益も程度が知れているんだ」
「ずっと利益を分割しているのか?」
「うちのダンジョンは国の興った数千年もの間何の変質もしていないし、協力される必要もない。が、交流やら伝統やらで有耶無耶になる。それに比べて、通信技術の流出はそれよりよっぽど大事だ」
「なるほど。それじゃあ、技術流失と言うが……ジェミニも、この地テスカも、ディーゼスの領地の一つだ。通信魔道具を『国家の共有財産』と考えるのは問題なのか?」
「ジークのようなことを言いやがるな。いいか、一つの国の下に存在するとはいえ、それぞれの領地は一つの国のようなものだ。うちの成果の剽窃は許せるものではない」
彼は淡白にそう言い捨てると、そのまま自分の席に戻って書類を漁り始めた。
ジークも似たようなこと言ってたのか?
まあ、あくまで自分が一番誠実って態度は大事だしな。
しばらくして、再び彼が俺の場所へ紙を持ってくる。
「これはジークがうちを食い物にしている証拠の一つだ。
渡されたのは、数ヶ月前の会合についての新聞だった。
……新聞か。
「胡乱な物を見る目つきをするな。出版元の赤鳥組合は国と契約を交わして真実の報道を誓っているんだぞ」
どうやら以前にもこのイコン領にジークが訪問したことがあったらしい。
その後から、ジークの運営するジェミニ領の要人たちが、ここで使われる『通信機』と似たものでやり取りを行う様子が見られるようになったのだと。
そういや、前にシャトロの盗み聞きをした時に見た通信の魔道具。もしかしてあれもか?
「ジークが模造品を持っていた証拠は、この大陸で赤鳥組合のアルヴィンのみが使える『写真』による記録だ」
そう言って彼が差し出した写真の切り抜きには、確かに通信魔道具を持つジークの姿が映っていた。
……恐ろしいほど鮮明な写真だな。
「何でそいつ……アルヴィンって奴だけが優遇されてんだ?」
「定かでない」
彼はそう吐き捨てて離れ、入れ替わるようにシシェンが隣へ腰掛ける。
「あいつに絡まれてカワイソウだと思ってたけど、割と会話できてたじゃん」
「シシェンさんあの人と仲悪いんですか?」
「いや、マブダチだよ?彼はソウノキ。資料担当を勝手に担ってるけど、彼は実に適任と言うべきだったからな。任せてるんだ。本当に必要なのかなって思うところもあるけど」
なるほど聞けば聞くほど仲良しだ。
それで……
「今聞いたアルヴィンさんとも一度くらい会ってみたいもんだな」
写真・映像を扱う権利の独占が許されるとかいうイカれた存在も一度は見てみたい。
独占って、よく国民も納得するよな?
「会えるよ。あれは今回の領主会談の終わり際にまた写真を撮りに来るだろうから。ついでに俺たちもちょっと騒いで広報してもらおうかなって考えてる」
「自由だよな」
「まあ自己責任だし。会合の終わりは明日の夜。その時に領主館の近くにくればまた会えるかも。その観光客脳でも覚えていられるようにその日は狼煙でも上げてやろうか?」
「事案になるだろ。ご親切にどうも」
その後社交辞令で食事に誘われたが、俺にはジークの監視という仕事があるので清々しく断ることができた。
さあ、そろそろジークも宿に着いた頃だろう。
俺は適当に安宿を借り、ベッドに腰掛けて【隠者の瞳】を発動する。
瞳の裏に映るのは、荷物も軽く片付けて読書をしているジークの姿。
予想に狂いは無かったみたいだな。まあ結局全ての部屋に瞳の印を仕掛けたんだが。
『ったく……僕の不手際でもないのに……生きづらいなぁ』
重厚な扉と隙のない設備、ジークが来る前に急いで掃除されたであろう清潔な部屋。
安心しているようだがジーク。清掃の後に持ち込まれたものはどうしようもないよな。
ここはコストと環境効果を考え、よりシンプルに攻めようと思う。
『……?』
ジークは何らかの気配を悟ったのか、ゆるりと部屋を見渡す。
確かに“居る“。
その微細な気配は、それはどう足掻いてもジークを打ちのめせるような可能性を孕んでいないように感じる。
しかし、ジークは視線を下に下ろす。
赤い極厚のカーペット。
その重厚感と高級感に対して不安を訴える者の方が少ない筈だ。
しかしジークの顔色は段々と暗くなる。
自分が今立っている絨毯。その表面をチラチラと動く小さなものが見えたのだろう。
それはジークの黒光りする革靴をちらちらと登り、靴の中や服を目指すようによじ登る。
それは……
『なっ……』
ジークは一瞬肩を振るわせるも、直ぐに懐から瓶のようなものを取り出してカーペットへ叩きつける。
途端に赤い炎がカーペットを覆う。
しかし、警護用に貼られていた魔法がその魔力の火を検知し、辺りに警報音が鳴り響いた。
『ん?この炎で何故……【風鳶】!!』
ジークが詠唱をすると、凄まじい風が炎を巻き込んで窓を突き割り、空へと上がっていった。
外から見れば途端に部屋が爆発したようにでも見えたのだろう。
外を歩く少ない人々の困惑の声が聞こえた。
『ジーク様今度は一体……!?』
『問題ない。テロのようなものだよ』
『え?そ、それは問題では……』
淡々と言うジークに、護衛たちは困惑する。
彼は構わず自身の革靴に付いていた虫を机の上に振り落とすと、無詠唱の氷魔法で冷却した。
そして、くすりと彼らに笑いかける。
『これは【砂塵蟻】という魔物だ。たった十数分で数を倍にする繁殖力の魔物。この地域にはいない筈なんだけどね』
『化け物すぎません?ほ、他にこの部屋に残っているのではないですか?!』
『問題ない。【砂塵蟻】は数を増せばその力と体躯も大きくなるが、この程度の大きさであれば頭の個体もこの部屋付近にいるだろう。まあ探すだけなら簡単なんだけど……』
『どう捜すのですか?』
『あいつらは氷の魔法に滅法弱い。つまりこういうことだよ。口元を守って。【氷渦】』
部屋の中を魔力の渦から放たれる吹雪が渦巻き、さまざまな備品や家具を巻き上げ、部屋の中心に収める。
魔法が止んだ後、護衛たちは寒さに身震いしつつ部屋を隅々まで見渡す。
『目視しなくても生命探知の魔法を使いなよ。全部殺せたから』
『ジーク様……宿の方はどうしましょう?また場所を変えますか?』
『いや、いいよ。事前に何か仕込む以上のことは何処ぞの愚か者にも出来ないだろうしね。宿の人には警備をしっかりしろって文句でも言っておいて。それと不思議なことがね…』
精神防護の魔道具のおかげかは知らないが、結果余裕を気取ってるな。
まあちょっと声は震えてるけど。
それに……
「【炎陣】」
『くれぐれも【砂塵蟻】の死体は一つに纏めて処理するように。あいつら、死んだら体が勝手に爆発して腐食性のあるガスを出すんだ。温度を下げている間は大丈夫だから』
その時ジークの背後で小さくパン、と破裂音がした。
護衛が目を向けた方向にジークが目線をやると、家具ごと集めた蟻の死骸から炎が上がっていた。
その直後、中規模な爆発と共に蟻達の死体が連鎖して弾ける。
『あー……一旦ここから出よう。然るべき対処については外で考えるんだ』
『ジーク様、お荷物だけでも私が……』
『いや、いいよ。僕の連れに腐食耐性を持つ魔獣を使える奴がいるから少し待とう。扉は監視、窓は魔法で塞いで被害を食い止めるとして……他に仕込まれた魔法は……』
結構俺と思考パターンが似てんのかもな、ジークって。
あの悪辣な【砂塵蟻】へ即時かつ安全に対応する方法。
高火力の魔法で全てを消し炭にするか、虫特攻の魔道具を使うか、氷漬けか。
建物への損失や影響を鑑み、高火力の魔法を用いるのは避けたい。
……ジークが最初に使った瓶で出た炎。
さらに、警報が鳴った際の『ん?この炎で何故……』と言うジークの発言。
それは、彼の使った炎が警報に反応する類のものではないということだ。
盛んに燃えたはずなのに、部屋の何処にも焦げた跡は無い。
生じる筈の気体にジークが気に留める様子もなかった。
おそらく生物特化の炎を生み出せる魔道具だったのだろう。
それでも警報が反応したのは……俺が予め蟻にしていた細工を使ったからだ。
体の大きな砂塵蟻の幾つかには遠隔式の【炎陣】の微細な魔法陣を転写していた。
魔法の使用を感知する道具の大抵は、魔法が発動する瞬間に出来る「魔力の構成」を見ているからな。
これで一つ目の陽動を行った。
そして氷漬け。この手段が有用な理由は「蟻に与える損傷が少ない」という点だ。
勿論建物への被害が少ないことも利点だが、腐食物質を撒き散らさないことがなお良い。
だが、今回の場合はそれも付け入る隙だった。
蟻への対処が氷魔峰であれば多少魔法陣が崩れることはあっても破壊にはなかなか至らず、発動確率は維持される。
そして連鎖的な“失敗“の中、ジークはそれに完璧に対処するための時間を求めるだろう。
その結果、動ける時間が作れる訳だ。
「悪魔、ジークの荷物を取ってきてくれ」
悪魔にジークの荷物を持ったまま運ばせる。
人気の少ない空き地へと設置させ、手袋を履いた。
まずは昔何処ぞで手に入れた【重力魔法の杖】を使って腐食ガスへ暴露する確率を下げる。
次に未完成の陣陣を取り出す。
座標を指定してから……
「【物質転化】」
腐食ガスの構成を指定して消滅させる。
これは最近見た転移魔法を真似たものだ。
まだテストしたことはなかったが、見たところ上手く発動したな。
念の為に中和剤も撒いておくか?
いや、別にいいか。
「これが通信機だな」
俺がここまでして何をしたいのか?
通信機へのちょっとした細工だ。
俺はその魔道具を手に取り、路地裏を散漫に歩きつつ弄くり回す。
まずは……これはどう操作するんだ?
連絡できるのは……シャトロ、メルライト……ピース?誰だこれ。
中身も思ったより簡単な構造に見える。
なんで今まで誰も作らなかったんだ?
「細工する前に一旦使ってみたいよな!メルライトにでも……って、やべ!」
間違えてシャトロに発信してしまった。
いきなりぶつ切りだとあまり綺麗じゃないよな。
……あ、そうだ!
懐から取り出した仮面を被ると、多少声がくぐもって印象も変わるだろう。
意識して声を低くする。かつて練習した変声技術を活かす時だ。
名前は……まあ、ジークの“粛清”の時に使ったのでいいか。
数度のコールの後、相手が通信機に応答する。
『……何だ?』
「初めまして、シャトロ。俺はジークの大親友のエイトと申す者だ」
『そうか。まずはジークに代わってもらえるか?』
状況も知らずに随分な対応だな。
いや、性格悪そうなジークが率いる商会ならそういうマニュアルでもあるのか?
「それは無理な話だ__『永遠にお前がジークの声を聞ける日は来ない』」
『どう言う意味だ』
シャトロの声音が良い具合に険のあるものになった。
しかし俺は、それを意にも介さずに話を進める態度を取る。
「これはちょっとした冗談。俺はジークに少しばかり恨みがあったものでね、ジークの大事な友人を唆してやろうと思っただけだ。ジークは無事だ。今の所はな」
『……それで、要件はそれだけか』
「はは、んな訳あるかよ。要求だ。お前には人探しを頼みたい」
『人探し?』
「そう。俺が言う特徴に当てはまる人物をディーゼス、ジェミニ領の領主館へ『二日以内』に連れてこい」
俺がそう告げると、途端に会話に沈黙が走る。
まあ、そりゃ困惑するよな。でも……
『は?それは……物理的に不可能だ」
「ああ、お前今デランタの街にいるんだろ?海に隔てられ、国交も無い国に来いって言われたら無理だって?ああそうだな……舐めるなよ?」
『……』
「それでその特徴の奴なんだけど……」
俺がその条件を並び立てると、シャトロは唸るように言った。
『……無理だと言ったら?』
俺は路地裏の空き箱の中で隠れるように眠っていた貧しい身なりの男を見つけた。
まあ中央都市だろうが田舎だろうが、いるよな。
そして、丁度良い道具があることにも気付いた。
前から打撃用に使ってたこれ。
殴るのに使うのは正解にしても、魔道具だったんだよな。
俺は錫杖を取り出し、それに魔力を込めて振りかぶった。
「ぐぁああああああああ!!!!!」
殴るたびに、男の見えない何か削れる手応えを感じた。
男は身悶え、箱をぎしぎし言わせながら暴れ回る。
俺は努めて息を切らさないようにしつつも、男が動かなくなるまで殴った。
シャトロ。
お前が余計な確認をしたから痛い目を見た奴がいるぞ。
うん、ちょっと俺の手のひらの皮が傷んだ。
「出来なければ、ジークもこうなるな。そもそも約束に乗らなかった場合はジーク1人では済まない。ということで、明日もこの時刻に連絡するから進捗報告はすることだ」
俺初返事を待たずに通信機を切った。
男は……気絶しただけだな。
この錫杖での攻撃は精神体へのダメージだから、損傷以上に刺激が強いだけだ。
「迷惑料だ」
俺は男の傍らにポーションを置いてその場を離れた。
まあ、あんな条件を満たす奴なんてそうそう居ない。
だから存分に引き延ばしてやろう。
さて。
この通信機の機能自体はもう用済みだ。
あとは……返却、だな。
ジークもシャトロも、今宵は良い夢見ろよ。
眠れない夜になるだろうけども!
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