転移
メルライトとの交渉は、なんとか形だけ終わった。
え、成果?ある意味“成果物”はもらったけど──
メルライトに契約と同時にもらった【青霧のペンデュラム】。
これで発動できる【転移】のおかげで明日にでも南の国へ行けるようになった。
明日には南の国……って、おい俺。
ここ“デランタ”のある国名すら知らんのに、もう旅立とうとしてんのか!?
「……この国の名前、なんだっけ。あれだよ、あれ……なんとかス……王都がある国、じゃダメか?」
こんな状態で南の国に突撃?情報ゼロで?
……というわけで、天才軍師たる俺は今から行動を“この国の文化に対するアプローチ”に変更する。
質と量を兼ね備えた知識──つまり“質量”を得るために……そう。
俺は食う!!
「あ、モース」
宿に帰ってきた俺は、今日も食堂の厨房を借りて試行錯誤していたモースに声をかける。
するとすっと俺の目の前にあったカウンターに皿が差し出された。
丁寧に包み紙に包まれたそれを手に取り……
「……なんだこのパン、盾か?一周回って刃みたいな驚異の硬さだ。でも中身が妙に繊細でトマトの酸味でハムの暴力性を中和しつつ、チーズが全部まるっと包み込む──このサンド、和平を成立させてるな……」
「うん、いい加減その妄想やめろよ」
味わう俺の様子を生暖かい目で見ていたモースに視線を向ける。
「相変わらず美味いな。モースって料理好きなのか?」
彼は肘をついて思案するように視線を上げる。
「嫌いではないな。趣味って言うよりも俺の一部みたいな感じだから好き嫌いも意識することがねーわ」
「一部?」
「んー。“昔”は職業としてやってたんだけどな。職業じゃなくなっても衝動が止められないのかな」
ふーん。昔って……コイツ今何歳だ?
「この国の料理結構作んの?」
「作るぞ。この間はデランタで出来た友人の店の厨房入ったりしたからな。でもお前が今食ってるそれは俺の故郷の飯だな。俺好み」
モースも結構好きなことやってんだな。
ライアスが毎日森へ討伐に行ったり上位冒険者から指導受けたって話は最近聞いたけど、基本あいつと一緒に行動してるもんだと思ってたわ。
「他所の国の料理には興味ないのか。南の国とか気になってんだけど南国フルーツパーティーとか毎日してんじゃないか?」
「んー、東の国なら此処と近いから多少入ってくるけど、それ以外は俺もよく知らねえな。ましてや南の国は鎖国気味っぽいし」
「なるほど!」
うん、あんまり文化交流ないっぽいなこの世界。
「そういや俺さ、最近隣のパン屋の姐さんに新作のアイデア出し頼まれてんだよね。お前暇な時にお前も味見してくんない?」
あー、この間食わせられた猫みたいな形のやつね。
あれもなかなか悪くなかった。
店頭で売っていたならモースに借金してでも買い占めたいくらいには。
「待ってろモース!俺がお前を世界で一番売れるパン職人にしてやるからな!」
「味見を頼んだだけだ自称天才」
モースにもらったサンドイッチを食い切った俺は夜のデランタの街を漫ろ歩きする。
まだ夕飯時ではあるので屋台も店も開いているようだ。
ここに来てからはモースの飯と味気ない携帯食ばっか食ってたからな。
此処は果物が特産とは聞いたが、見たところ……炒め料理が多い。
試しに近くにあった焼き蕎麦のような料理を頼んでみる。
匂いが香ばしい。ただ麺の食感があまりにも粘り気があって……固めたら武器にできそうだ。
そこで一度店の看板を確認してみる。
『次世代の焼きそば〜本国発食品の餅と納豆を麺で再現〜』
なるほど、意図的な変わり種だったというわけか。
この国の人々はこういった革新的な料理を好むのだろうか。
更に近くにあった新鮮な果物でスムージーを作るという屋台で飲み物を買ってみた。
なんだこの味、酸味がスムージーの定義を越えてくる……
しかもえぐみが喉を通過しながら“思想”を語ってくる感じ。
看板見たら『傷んだ果物の再利用』って書いてあるな。
これスムージーじゃなくて社会的意識啓発飲料?
俺が真顔で看板を見ていたら、店員のおじさんに「明日の朝は新鮮な果物で作ったスムージーの店を開くからおいで」と言われたので心に留めておく。
俺は明日の朝に新鮮スムージーを買いに行く。よし。
この国の食の事情について完全に理解したぞ。
新たな南の国の文化を受け入れる土台は整ったな。
これで今夜はゆっくり眠れるぞ!!
そして俺は誰よりも早くに目を覚ます。
そうしたつもりだったが階下には既に料理の支度を始めているモースがいた。
「お前また何処かへ行くのか?朝飯要る?」
「ちょっと外行って飲み物買ってくる!!朝飯は外で買う!」
「不審者にならないように気をつけろよー」
どういう意味だ?という疑問すら置き去りにする速度で俺は出口まで駆け抜け、路地へ飛び出す。
相手が新鮮さを売りに出したのなら、俺はその新鮮さを最大限に保った状態で受け取るのが誠意、そして礼儀というもの!!
待ってろ店員のおじさん、俺が今行く!!
そうして俺が踏み出そうとした瞬間、何かがあり得ない速度で横から迫ってきた。
「うわっ!?」
突風のように何かが迫る──その一瞬で、俺の視界がぐるっと回った。
「【減速領域】」
背中を引かれた直後、足元すれすれを疾風が通り過ぎる。
グッと後ろ襟を引っ張られて退かされると、幾許か速度の落ちたそれが急ブレーキをかけたように動きを止める。
その正体は……カル先生の妹のジオンだ。
彼女が高速で動いていた原因は、履いている魔道具のような靴が原因のようだった。
【天駆の足環】
魔を滅する運命にあった旅人により作られた魔道具。
着用者の俊敏の数値に非常に大きな補正を加える。
「おいおい、自称天才はいきなり道路に飛び出したら危ないって常識も分からないのか?」
咄嗟にスキルを展開して俺を引き上げたモースは補正なしで随分な俊敏値みたいだけどな。
何ださっきの【減速領域】って。料理人ってデバフもこなせるの?回避系の支援職なの?
「だ、大丈夫だった?え、君はえっと……」
「天才軍師と呼んでほしい」
「それまだ言ってるんの!?とりあえず悪かったよ、怪我はしてな……」
手を伝う感触。ぽたりと地面に小さな水滴が落ちた。
どうやらジオンの服についていた金属製の装飾が引っかかって腕が少し切れたみたいだ。
服まで切り裂くとはなかなかの凶器だな。
「それ首に引っ掛からなくて良かったな」
などと怖いことを言って応急手当てに包帯を巻いてくるモースは今は放置。
俺は笑顔でジオンの肩に手を置く。
「別に気にしなくてもいいぜ?別に死ぬような怪我じゃねえし。それよりも急ぎの用があったんじゃないのか?」
「ごめんごめん!ただ朝ごはん作るための買い出しの帰り!!気持ちが逸ってた!!お詫びになんでも奢るから!ねっ、チャラにして〜」
「怪我人を医者に連れて行こうでも薬を買おうとするでもなく?」
モンペがうるせえ!!こんな傷くらいそこらへんの食虫植物にでも噛ませとけば治るんだよ!!
いやそれは言いすぎた。治療はするつもりだ。
「それならジオン、俺も薬を買いに行く傍らに屋台で欲しいものがあったからそれ奢ってくれたらいいよ」
「ほ、本当!?君って捻くれてるように見えて意外と懐が深いんだね!!」
天才軍師が人徳を兼ね備えてるのは当然だしな。
そして俺は昨日訪れたスムージーの屋台に足を運ぶ。
「お、昨日の兄ちゃんか。ほら、ちゃんと新鮮な果物だろう?朝から昼にかけては普通のスムージーを提供して、夜になったら昨日みたいな再利用スムージー作ってんだよ」
「需要あるのかそれ。なあジオン、どれが美味いの?」
「別に特定の商品が欲しかったわけじゃないんだ……?
ふむふむ、デランタでは珍しい果物が多いなあ。でもこのトウリとかは結構万人ウケする匂いと甘さだと思うかな。じゃあ私が払うよ」
そうして俺はジオンに買ってもらったトウリのジュースを飲みつつ彼女と同じ方向へ歩いた。
「え?なんで着いてくるの?」
「たまたま行き先が同じだけだろ。ジオンは朝飯のための買い物済ませた後だったのか?」
「そうだねえ。今朝はオムレツと合わせて香草入りのソーセージでも食べようと思ったんだけど、うちのセノちゃんに盗み食いされてて足りなかったんだよね」
「カル先生とも食卓を囲むのか?あの人常に何処か放浪するか研究室に籠るイメージだけど」
「一緒に食べることはあまりないね。ただ、兄さんは物臭なくせに赤の他人の作ったもの食べるの嫌がるから。だからいつも私と交代でご飯作ってるし、作ったら机か保管庫に置いて好きに食べようねって感じ」
「淡白でいい家族だな」
「多分褒めてるんだろうけどね。あ、家に着いた。それじゃあ私はここで……」
「カルせんせぇーーー!!!痛いぃいいい!!!治してぇええええ!!!」
「どひぇ……」
俺はジオンが扉を開けるなり家の中に転がり込んで近くにいたカル先生に抱きつく。
ジオンが居ない時にこの家に連れてこられたことはあるからカル先生の定位置も把握済みだ!!
「んー?なんだ、腕の怪我?見せてご覧」
「カル……?医術は他人に施さないって言ってなかった?」
「まあ、彼は助手みたいなものだからね。でも僕を頼る以上自主研究レポートの一つくらい持ってきてくれたんじゃないのかな?」
「次元干渉下の対消滅閾値とエネルギー逸散なんてどうですかね?最近空間魔法に興味が湧いて……」
「ほう、いいじゃないか。でもパッと見ても甘いところがあるね。例えば二ページの13行目。ここに空間基礎論の255ページの下端に載ってた安定化式を入れないと……」
「まだページ捲ってないのになんで間違いが分かるんですか」
「なんでそこが仲良いの?あり得な……」
「それでジオン?どうせ君が怪我させたんだろ?だから街中でやたら魔道具を使うなと言ったんだよ」
「も、申し訳なかったとは思ってるよ?」
「さあ、僕の研究棟の方へ行こう。あっちなら資源も揃っているから」
そして研究棟に移動した後、カル先生が首を傾げて尋ねてきた。
「四六時中監視されるのって疲れないの?」
「逆に俺が秘密裏に監視されてると思った上でその質問するのって怖くないんですか?」
「大丈夫だよ、研究棟には僕以下の実力の魔術師では突破できない結界が貼ってあるから」
それが大悪魔でも?
と一瞬思ったが、カル先生は本当に気にしていないようなので口を噤んだ。
つーか、“監視”の目があるって……
俺も薄々気づいてたんだよな、何処からか強い眼光のような気配を感じるし。
なんなら何もしなくてもたまに精神的ダメージで魔力が少し減るし。
紙耐久舐めるな。
「……そういやカル先生は南にある国のこと知ってますか?」
「南の国?ああ……【ディーゼス】のこと?あそこはねえ……腹の底が見えない人たちが沢山いるよ。真っ当な人間には似合わない場所だ」
「俺には本当に似合わなそうな場所ってことですか?なんだか残念だな」
「ははっ………………は?」
そうして手当も粗方済んだ頃、カル先生が再び口を開く。
「そういえば、この時間帯ならまだ朝ごはんを食べていないんじゃないの?スムージーは買ったみたいだけど。良ければうちで食べていきなよ」
「え!?いいんですか!?カル先生と同じ物質で体を構成することが出来るんですか!?」
「うんうん、作るのはジオンだから別に僕に負担ないしね。じゃあジオンに伝えてくるよ」
朝食の場で鉢合わせたセノちゃんに嬉々として髪引っ張られて雑に髪を三つ編みされたりしたけど良い朝だった。
新鮮な風味のソーセージにオムレツに。
美味かったけど、結局国の文化の一貫性は理解できないままだったな。素直に本を読もう。
さて、それじゃあ早速……南の国へ行ってみようじゃないか!
「文化の質量を摂取した今、俺はついに踏み出すぞ!!
南の国よ、天才軍師が爆誕の一歩を刻む!!」
応えよ【青霧のペンデュラム】!!
──転移、発動ッ!!!




