遭遇
ダンジョンを進むこと数十分。
俺は以前はインドア派だったのか、もう既になかなかに疲れてきた。
足が無駄に長いイケメンどもと違って俺の尊い体は全体と比べてちょうど良い比率に収まっている。
そんなことを考えながら歩いていると、ふとライオスの歩速が落ちる。
「ん、ふ……っと」
ライアスが、唐突に口を押さえた。
「どした? 舌噛んだ?」と、俺が首を傾げると、彼は真顔のまま答えた。
「ステイ」
「は?」
「お前。そこを動くな。つまりステー……ったす……」
あまりにも不自然すぎる挙動で俺に何かを語りかけてきたライアス。
しかし、彼が謎の噛みかたをした瞬間、ライアスの眼前にまさに『ステータス画面』と言えるものが現れた。
「コホン……な、何だこれは?ゲームみたいだな……」
「えっ……何だよ!面白そうじゃん。俺もできる?」
モースはスルースキルが高すぎるのか、あるいは単にマイペースすぎるのか──
ライアスと俺の小芝居めいたやり取りにはまったく動じることなく、目の前に現れた光の画面をじっと見つめていた。
「お前も出てんのか?」
「ああ、どうやら“ステータス”って言うと出てくるらしい」
言って、彼もすぐに表示された画面を操作する。どうやら思考や視線の移動でスクロールできるらしい。
「ふむ……今の職業は【無職】。《近似職業:剣士》……」
「……おお?!なんだその将来性!?」
画面には彼の能力値がグラフと数値で表示されている。中でも目を引くのは
【強靭性:A+↑】【気力:A↑】【敏捷:B↑】
【特性:技術者の眼】
「……俺もできるの!? ステータスって言えばいいんだろ!?」
興奮気味に身を乗り出して、俺は叫んだ。
モースとライアスが同時にこちらを見る。
「……やってみれば?」
「えーと、試す分には良いのでは?」
微妙すぎる反応に一瞬だけ不安になる。が、ここでビビってたら本質的に偉大な俺の威厳が保てない!
「ステータス!!」
俺は胸を張って、声高らかに叫んだ──
その瞬間。
《時系列の歪みに対処します》
【職業:無能】
《近似職業:ゴミ寄生者》
【体力:E--】【強靭性:F】【俊敏:F】【魔力:E--】
【特性:妄想癖】
誇大妄想や過剰な自己認識の歪みにより、精神魔法への耐性とパフォーマンス関連スキルが上がりやすいです(本人へ公開)
【特性:悪因悪果】
貴方のような人間はどんな小さな悪いことでも罰を受けるべきです。貴方に対する周囲の悪感情が増幅されます。(本人へ公開)
「…………」
「…………」
「…………」
ダンジョンの薄暗がりに、絶句する三人の沈黙だけが響く。
「え、えっと……ほら! 最初はみんなこんなもん……」
「いや俺、最初から“剣士”って候補出てたし……まともなやつ……」
「俺の近似職業は“拳闘士”でしたよ。行動によって結果が変わるのでしょうか……ていうか君、俊敏“F”って何ですか。虫以下では?」
「お前ら正直すぎんだろ!!!?」
俺の声が乾いたダンジョンに響き渡る。マジでこの場所だけ重力2倍になってんじゃねーのか!?
「だ、大丈夫……! ステータスだけじゃ語れないこともあるはず! この中で一番賢そうな顔してるの俺だろ!? 軍師向きなんだよ!!」
「さっきから何なんですかその軍師への執着は」
と、呆れ気味にライアスがツッコんできたが、そんなことはどうでもいい!今の俺には確信があるッ!
「いいかよく聞け!お前らには見えないかもしれんが──」
「何故か俺には見えるんだよ!黄金の酒を啜り!両手に美老若男女を抱え!肉と愛と名誉に押し潰されて圧死する未来がッッ!!!」
「その未来バッドエンドじゃないですか」
「死亡原因が肉圧って書かれるの?最後は肉厚のステーキにされるの?」
ライアスとモースの冷めた声なんて気にしねぇッ!これは天啓なんだよ!この運命のしょっぱさの裏には、きっと裏返すチャンスが眠ってるって信じてるんだ俺はァ!!
「というわけで!俺がこのダンジョンの未来を切り拓く第一歩──踏み出すぞ!!!」
そして、俺は意気揚々とダンジョンの十字路に足を踏み出し──
ガシャン!
「へっ?音?」
ガシャンガシャンガシャンガシャンガシャン!!
壁が崩れ、天井が閉じ、背後の道が消える。全方向、罠発動。
「えっ」
「おい!おまっ……」
「完全にフラグ回収してんじゃないですか!!」
次の瞬間、俺の足元に魔力の気配が走り──
ギィ……ガラガラ……
開いた先は広めの部屋。青黒い石造りの床に、這いずる魔物の気配……そして、その中心では──
すでに三人の冒険者が、魔物と激戦を繰り広げていた!!
「うおっ!? えっ!? 俺、パーティ飛び入り参加みたいになってない!?」
俺が戸惑ってる間にも、飛び交う炎と鋼鉄の軌跡。
一人は盾を持った前衛の戦士、もう一人は槍を操る男、そして後方から援護してるローブ姿の魔術師。
相手は崩れかけた人型の異形だ。まさに危険な状況というわけではなさそうだが、彼らは必死で俺たちのことを気にかける余裕が無いらしい。
ふむ……切っても差しても泥みたいな粘り気と再生力のお陰で無意味なようだ。
人型の形をした魔物ではあるが、その実態は泥の集合体みたいなものみたいだ。
「お、おいライアス!!モース!!これやばいって!!」
「ちょっと待ってください。……敵の数は多くはありませんが、物理攻撃は相性が頗る悪そうだな。扉も封鎖されてる……」
おいおい、何してんのお前?俺よりも賢そうに顎に手を当てるのやめてくれないか?
俺はそう思いながらライアスの隣に立って同じポーズを取りながらとりあえず唸ってみせた。
「おい邪魔ですよ。モース、そういえば君はステータスを見た時にスキルの一覧に何かありませんでしたか?」
「俺の場合は【気力解放】ってやつがあったかな」
「……俺も一つスキルを持っています。モースさんも俺と一緒に試してみると良いですよ」
ライアスはそう言うと、一気に駆け出して戦っている彼らのパーティー近づいてゆく。
「【蹴撃】!!」
鋭い叫びと共に、ライアスの脚が宙を裂いた。
足先が正確に魔物の顎を捉え、そのまま頭を弾き飛ばす。
「……おお……」
「え、何その威力……かっこよ……」
俺が惚れ惚れしている横で、モースも軽く腕を回す。
あの魔物の頭は単なる模倣だった。アイツはまだ頭がとれる前と同じように平然と立っている。
「でもまだ倒し切れて無いみたいだけど。俺も……【気力解放】──っと」
その瞬間、彼の体からぶわっと蒼白い光が立ち昇る!
何それかっけぇ!? なんか波動みたいなの出てるんですけど!?!?
「はっ!」
魔物が跳びかかってきたその一瞬を狙い、モースの拳が振り抜かれる。
中空でパァンと、ありえない音を立てて魔物の体が弾け飛ぶ。
残骸はもはや原型をとどめず、散らばった黒い肉片が煙のように蒸発していく。
「おいおいおいおい!!!俺は!?俺はどうすればいいの!?」
「いや君?武器くらいは持っててくださいよ……!」
「そ、それはそうと!」
とりあえず近くの床に転がっていたボロいサーベルを拾って、俺も威勢だけは張ってみた!
安心しろ、泥に意識が宿っているような魔物とはいえ、そこらへんの魔物の残骸にはある程度体が残ったまま生き絶えている個体もいた。
その傷口から流れ出しいた泥状の体とは違う部分__おそらく、アイツが魔物として存在するために必要な心臓部があるはず。それを一発、軍師の天啓的超絶直感で当てれば良いだけの話だ。
「うおおおおおお!これが俺の……俺の軍師的突撃!!!」
「軍師なのに突撃してるのおかしくない!?」
おかまいなしに突っ込んだ──が。
目の前の魔物がグリンッと首を回して俺を見た。
「……ひッ」
顔が怖い。無理だこれ。
次の瞬間、俺は思い切り腕を振った──はずが!
「うわああああ!!?」
腕を引かれて、バランスを崩す。捕まった!?魔物に!?
やばい、完全に肉の塊に絞られる未来が……!!
「下がってろ!」
「へぶッ!?」
横からすごい勢いで斬撃が飛び込んできて、魔物の腕が吹っ飛んだ!
俺は勢いのまま尻から地面にドスンと落下。いてぇ!
見上げれば──さっきの前衛の剣士。
緑のマントが翻り、凛々しい顔でこちらを睨んでいる。
「何やってんだお前。殺されたいのか」
「べ、別に俺だってな……!あわよくばワンチャンあればとか……!って、俺の腕になんかついてる!?」
俺の腕を掴んだまま切り落とされた手は、蠢かせながらもその握力を保っていた。
すぐさま剣士が腕をベリっと引き剥がし、可哀想なものを見るような目でこう言った。
「ワンちゃんねぇよ。黙って隅にいろ」
そうして俺の横に落ちたボロ剣を蹴ってどける彼。
うっわ、完全に保護対象扱いじゃん……!
「だってワンチャンは実際あるだろ!お前らもラッキーでそこの死体の急所突いて即死させたんだろ!」
剣士の目が一瞬だけ細められた。
「……今、なんて言った?」
「えっ……? だから、あれだよ、“ラッキーで急所”とかさ。ほら、あの色が違う部分を刺した時にあいつの動き止まってたじゃん? お前らがピッタリ刺したから死んだんだろ? 俺だって運がよけりゃ──」
その瞬間、周囲の空気が、ピタリと凍りついた。
魔術師の少女が、ふわりと笑みを浮かべたまま一歩前に出る。
その笑顔が、さっきまでの“優しさ”とは全く別物に見えたのは……俺の気のせいか?
「ふ〜ん……そうなんだ。いいこと聞いたね」
「…………」
「つまり、次の戦闘では、私たちが“止めを刺す瞬間”だけ、君に譲ってあげれば、ワンチャンは成立するってことだよね?」
「……え、いや、それは違……なんか語弊が──」
「俺は構いませんよ」
と、ライオスが即答する。真顔。
「俺も」
と、モースも当然のように頷いた。やばい。
「ちょ、ちょっと待て、そういう話じゃなくてさ!? 今のはただのたとえっていうか、いやいや本気じゃ──」
「でも、ねぇ? せっかく“ワンチャン”に賭ける覚悟があるなら、体を張って“決めの一撃”担当に回るのって、合理的だと思わない?」
にっこり。目は全く笑ってない。
「いやあああああ!!!??? 冗談だってばあああ!!!」
「君、武器はちゃんと持っててね〜♡ 次、出番来るかもよ♡いや私が作る」
「なんか俺、そんなに気に触れること言った!?そんなに!?」
絶対にワンチャンとか言わない。二度と言わない。呪いの言葉だった。
俺はなかなか決まらない処刑地獄の中に投げ込まれ、返り泥を浴びまくり、全てが終わる頃には死んだ目をしていた。
気づけば、部屋にはもう動く魔物の姿はない。
魔術師の少女が魔物の残骸を燃やし尽くすと、閉じていた扉が開いた。
「終わった……?」
「うん……でも次からは、無理しないでね。見てて怖かったから」
魔術師の女の子が俺に近づいて、優しく微笑みかけてくる。
えっ、かわいい。ちょっと泣きそう。
「い、いや俺も……軽率に軽口叩いてごめんってか」
「ううん、大丈夫。……ただし、次はないと思ってね」
「えっ、笑顔で脅された!?」
ライアスが、剣を鞘に収めながら俺の横に戻ってくる。
さっきまでの殺意の塊みたいな魔物たちを片付けたとは思えない、落ち着き払った顔だった。
「さて、話ができそうだな」
「……ああ、助かった。お前らすげーよ。普通あんなもん見て逃げねーの……?」
俺が地面に座り込んだまま感心していると、さっき俺を助けてくれた剣士──名前はまだ聞いてないが、彼がそっけなく答えた。
「D級なら、これくらいは当たり前だ」
「D級?」
「私たちは“デランタの街”から来たD級冒険者だよ」
そう口を開いたのは、ローブ姿の魔術師の少女。
しかし、俺たちがピンとこない顔をしているのと、俺たちの服装を見て何かに気づいた顔をした。
「あなたたち、この世界の人じゃないの?」
「え?ありふれたことみたいに言うじゃんこの子!!」
「多くはないけどよく聞く話だよ、異邦人さんたち。手助けしてもらったお礼に、私が説明できる範囲で少し世界のことを教えよっか?
そうして彼女の好意に甘え、俺たちはこの世界における異邦人の扱いを教えてくれた。
「貴方たちはもうステータスが面倒は見たんだね。ステータスは天上神の加護を受けた者──あるいは、異なる世界から来た“異邦者”だけが使える機能だよ」
その単語に、俺とライアス、モースが反応する。
「異邦者って……つまり、俺たち……」
「ええ、そう。貴方たちのように突然召喚陣から現れる人たちのことを、私たちはそう呼んでるの」
少女は小さく頷いて続けた。
「異邦者は特別なの。来歴は不明だけど、ほとんど本当に神に祝福されたみたいに高い資質や凄い特性を持ってて……そうじゃない人もいるけど」
「いや今なんかこっち見た!?今めちゃくちゃこっち見て言わなかった!?」
「まぁ、それはともかく」
さっきの剣士が話を引き取る。
「近くの街、デランタの冒険者ギルドに行けば正式な手続きができる。魔力照合を受けて詐称がないと認証されれば、身分証と文化教育支援、それに……職業選択の資格も得られる」
「職業……」
「スキルの訓練もできるし、魔道具の使い方や読み書き、金銭感覚なんかも教えてくれる。市民として生きるなら、まずはそこからだ」
「へ、へぇ〜〜……なるほどな〜……!」
「そろそろ私たちも街に戻るし、君たちも一緒に行く?」
「行く!!行かせていただきます!!」
魔導士の誘いに勢いよく頷く俺。
内心ではガッツポーズを決めていた。
やたら異邦人の待遇が良い……きっと先人たちの慈悲だ。
飯とか宿とかタダになる可能性がある!最高じゃん!?
これもう、ほぼ無償ニート生活の始まりでは!?!?
しかし、それを察していたのか──
「ただし、あまりに適性がなければ、雑用見習いからのスタートだがな」
「今のお前じゃ、街の掃除とトイレ掃除くらいしか回ってこないだろうな」
「貴方の言うように軍師として出世して肉圧で死ぬ未来もありますね」
「お前ら冷たくない!?」
こうして俺たちは、“異邦者”として、最初の戦闘と情報交換を終え──
次なる目的地、“デランタの街”へと向かうことになったのだった。