帰還
街はすっかり夜の帳に包まれ、
通りに響くのは酔っ払いの大声と、まばらな人の気配だけ。
ダンジョンを潜り抜け、
派手な戦闘に巻き込まれた俺は、
全身ズタズタ、泥と血と、ぶつけられたポーションが渇いた後の残留物でひどい見た目になっていた。
……天才軍師的には、こういうの非常に気に入らねぇな!!
まずは宿に帰って、風呂だ。
それからギルドに報告。
中級──いや、あれは上級悪魔か……の出現を伝えて討伐隊を早いところ組んでもらえわないとな。
そんな筋道を整理しながら、宿の扉を開ける。
「ただいま!!!」
多少掠れた声で帰りを告げると──
「もう夜遅いんだから静かにしろよ」
モースが出迎えてきた。
……が、俺の姿を見るなり、言葉を失って固まる。
あ、そうか。
この薄汚れた格好だもんな。
でも事情は正直に話せねぇし……一瞬で言い訳を考える。
「いや、悪い悪い。ちょっと暴漢に襲われかけてさ。汚れただけで、特に何も──」
「暴漢に!?」
「!?」
な、なんだ?
その反応、ちょっと過剰じゃねえか!?
そう思う俺をよそに、モースは心配そうに俺の体を確認し始める。
「この手首のアザはどうしたんだ。本当に何もなかったのか?
それに声も掠れて……
おい、この白い汚れはまさか……」
……なんか……俺、今、モースにすげぇ誤解されてない??
妙な方向の誤解は全力で遠慮願いたい。
確かに優しさは身に染みるけど!
だって別に今ここでそこまで心配されなくても!
明日の行動に支障は出ないだろうし!!
「……まだ詳しくは聞かないが、後で話してもらうからな。
今は一度、風呂に入ってこい。……他に、体に酷い怪我はないか?」
正直、肋と腕は地味に痛い。
けど、それ以上に──勘違いのおかげで他の部分で大怪我しそうなんだけど!?
「モース? よく考えろ。俺は最強天才軍師だ!!お前が思ってるようなことは何も」
「はあ……後で、ライアスと二人で話し合う。
着ている服はそのままにしてくれ。俺が……絶対に仇を取るからな」
違うから!!!食い気味に台詞を被せてくるのはわざとか!?
行くな!! 勝手に行動するな!!
「落ち着け。ここは安全だからな」
撫でるな!!俺は多分お前と同い年くらいだぞ!!
結局、モースが完全に聞く耳を持たないので──
諦めた俺は、再び変な誤解を防ぐために着替えを済ませ手袋を装着。
そのまま、ライアスの部屋の前に立った。
(……まあ、あいつに報告だけでもしとかねえとな)
──トン、とノックして中へ。
「……君ですか。今日、君が白蛇を酷使して魔力を使いまくったせいで、
俺まで魔力切れを起こして眠いんですよ。後にしてください」
と、早口で文句だけ言い残すと──
ライアスはその場でばたりと寝落ちした。
……いや、ごめんてば。
仕方なく、俺は白蛇をそっと取り出し、
ライアスの首に軽〜く巻きつけてみる。
「まあでも真剣に考えたら……天才軍師の相手をしなかった方が悪いよな?」
そう思って少〜しだけ締めようとしたその瞬間──
ズバァッ!!
「がっっっ……っッッ!!?」
ラリアットが飛んできた。
ライアスの腕が、俺の首筋めがけて炸裂する!!
しかも完全にピンポイントの“頸動脈ジャストイン”ッ!!
(し、締まるッ!!首が!!)
首がグリンと変な角度になった気がした。
目の前が一瞬モノクロになった。
ベッドの上の男は完全に意識がないくせに、
そのくせ反射だけで殺意1000%の反撃してきやがった……ッッ!!
お……おれ死ぬ!?
「ぅおお……っ……け、けほっ……あれ?目の前の光……なんか懐かし……」
眠ってる時くらい俺の紙耐久値も考慮しやがれ!!
おのれ……ライアス……!!
モースの件は……まあ、時が解決してくれるだろ。たぶん。
検査なりすればいずれは。
俺の今の優先事項は、例の“商会絡みの資料”の整理だ。
悪魔に頼んで運び出してもらった大量の書類を広げて、ざくざくと分別していく。
盗ったまま放置したら後々面倒なことになる。
だからこそ、この明晰なる軍師的頭脳で、今のうちに処理しておくのが最善!!
なんだこれ、新聞や伝達メモなんかのゴミも沢山混じってやがる。
──と、思ったところで、一枚のファイルに目が留まった。
「ん?これは……なんだ?」
見た目は、どこにでもありそうなファイル。だが……
ページ裏、そこに組み込まれた魔法陣。
「おおお……時代が俺に追いついてきたか……?」
これは、以前ジークの側近からくすねたやつか。
どうやら、対応する術式を当てると形を変える仕組みらしい。
パッと見、暗号化の類に見えるが──
「ふん、単純な構成だな。まあ魔法陣なんてマニアしか学ばねえし、こういう方式ってだけでもセキュリティとしてはアリなんだろうけど……」
ちょっとしたウォームアップだ。
俺は軽く術式を読み取り、封じられた情報を展開する。
「さてさて……何が出るかなっと──」
──出てきたのは、いくつかの調査記録。
「ジークの情報……か? けど、特に目新しい内容はねぇな。
あ、でも……“所在地:南の国”?」
まあ、一言で言うと滅茶苦茶遠い場所だ。、
普通のルートじゃまず辿り着けねえから、行くには金もコネも必要なやつ。
続いて、もう一枚。
「……これは?」
悪魔について書かれた資料。その中に目を引くものがあった。
【大悪魔メルライト】──“破壊と信念”を象徴する悪魔。
比較的人間に対して中立だが、財と資源を大量に保有。
現代においても“経済界”に根を張り、自ら積極的に動く──いわゆる“冒険型投資家”気質。
上級以上の悪魔が稀に持つ“固有結界”を保持するとの情報はあるが、使用記録は過去に一度きり。
その他、細かい情報多数。
「……へえ。薄々勘付いてはいたけど、結構現代的なやつじゃねぇか。人を眷属にしたとかいう不穏な噂も混じってるけど」
もちろん、これは個人が独自に集めた情報に過ぎない。
だが──その分だけ、今の俺にとっては十分すぎる価値がある。
メモを取り終えた俺は、必要な資料を抜いた後に白紙で傘増しして証拠を隠滅。
再び悪魔に返却するよう伝えて送り出す。
──さて。
そろそろ這い回る天才軍師の出番だ。
ここから先は、情報と策略の領域。
「さあ……再開するか」
俺は立ち上がり、静かに夜の闇へと歩み出した。
──深夜。
地図の記憶を頼りに、ミングたちが逃げ込みそうな場所を見て回っていた俺は、すぐに見つけた。
……森の奥、不自然に光る彩度の低い水晶が洞窟の輪郭を縁取っていた。
洞窟の中、ミングは応急処置をされて眠っている。
ゴーテが入り口を見張り、ロイスは必死にリーダーを支えていた。
「うっ……リーダー……気をしっかり持ってください……」
「天使が……白髪の天使が……もう俺を迎えに来たんだ……」
「本当に気をしっかり持ってください……?」
……ロイスの顔は、残り少ないポーションに怯えるように見えた。
よし。仮面、装着完了。ローブのフードよし。
登場シーンはビシッと決めないとな……!
「……あっ、あんた逃げたんじゃなかったんですか!? 今さら何しに来たんですか!」
おお〜……?
べつに悪いことしたわけでもないのに、ずいぶんピリついた歓迎だな?
なんかゴーテも心なしか警戒してる気がするし。
まあいい。そんなお前らに……とっておきのモノを見せてやろうッ!!
俺が差し出したのは──紹介状!!
我が師・カル先生への宛て状だ!
「は? なんですかその紙切れ……紹介状?
言っておきますけど僕たち、けっこう多方面から狙われてるんで、街に入るどころではないし医者にすら拒否されますよ?」
……よし、ここまでは想定内だ。
俺は無言でスケッチブックを取り出し、用意しておいた文字を見せる。
『俺の先生は基本的に難解なことと無理なことをして喜ぶ変人だから問題ないぞ。
例えば幼女の妹に求婚したり』
「それは……無理のベクトルが違いませんか?
というか、紹介状をくれるって言いますけど、そもそもその人がこっちに来てくれないなら……もう少し東にある自分たちの拠点に帰るので」
『その方面は俺が落石を落として通行止めになってる。
それでギルドの馬車が足止め食らって魔物に襲われる被害まで出て、
今ちょうど職員が徹夜で調査してる』
「何してくれてんですか?」
これは悪魔が持ってきた資料に書いてあったマジの情報なので、嘘ではない。
それを聞いたロイスは、深〜〜〜いため息をついてリーダーを横目で見た。
「……リーダーと手負いのミングさんを抱えて、職員の目をかいくぐるのは現実的に厳しい……けど、時間がない……」
さあ!!この紹介状を受け取れ!!
そして俺の天才軍師道の礎石となれ!!!!
「……ひとまず受け取っておきます。二人分の認識阻害魔道具はあるので、行くかもしれません。ありがとうございます」
ほらほら、早く行った!とても言わんばかりに手を払って見せるロイス。
けど──まだ俺のホスピタリティは留まるところを知らない!!
そんな彼の手に、俺はそっと数枚の紙を握らせる。
「これは……魔法陣?」
そうとも!
・魔物除けの支援魔法
・中級相当の防御結界
・森の魔物向け速度低下魔法
・ダメ押しと言わんばかりの光の矢
──全て聖属性の超優良陣紙セット!!
在庫の聖水の効果はもう切れてると思ってたけど、なぜか一本だけ保存期限がぶっ飛んで長いやつが残っててな。
特に意味はないが折角なので使わせてもらった!!
これぞ特別サービス!!
「……ま、まあ、助かりはしますけど……」
そしてなお疑わしげなロイスへ。
優しい俺は──もうひとつ教えてやろう。
『この洞穴、Bランク上位の魔物【灰晶熊】の巣穴だから、
あんまりのんびりしてると死ぬぞ』
「……は!? い、いや、そんな痕跡……いや、そういえば……
全体が妙に結晶に覆われてるような……はっ!!?」
はいはい、それじゃあな! 頑張れよ!
俺は魔力の翼を展開して飛び上がる。
「いやっ……!! そんなに優しくするなら!! 飛べるなら!!
リーダーのことも連れてってくださいよ!!」
──ススス……
主人公、余裕の撤退!!
背後から聞こえたのは、熊の唸り声と――スキルや貰ったばかりの陣紙を使って奮闘するロイスの必死な声。
ま、ゴーテもいるし大丈夫だろ。
これで心残りも解消したし、残りは明日に持ち越しってことで!!
――そして翌日。
朝一に出かけ、ギルドに「上級悪魔らしき影を見かけた」と報告を入れて宿に戻ると──
「す……すみません……君がそんな目に遭っていたとも知らずに昨晩……」
「ライアスにも事情は話しておいたし、昨晩着ていた服も持ってギルドへ被害届、出しに行くぞ!!」
寝起きで髪もボサボサなライアスが、申し訳なさそうに俺の帰りを待っていた。
…………いや、ライアスも少しは何か思わなかったのか? 俺、ケロッとしてるけど??
まあ……怪我したり酷い目にあったことは事実だけれども。
ひとまず机の上に置いてあった猫を模したようなパンを勝手に手に取って頭から食べる。
チョコレートで色付けして三毛猫を表現しているようだ。美味い。
モースの「それ今作った試作……」という声は聞かなかったことにする。
「いや、マジでお前ら誤解だから。必要なら検査も受けるけど、そういった類のことは何もされてないから。マジで天才軍師の肩書きにかけて誓える」
「持ってもいない肩書きに何かを賭けようとしてるぞ。やっぱりショックだったんだな……」
「引きずってでも連れて行って、彼の負ったトラウマを晴らすことからですね」
まず俺が違うって言ってんだから少しは考え直せよ!!
お前たちはどうしていきなりそんなに知能が下がったんだ!?!?
……分かったよ!!
「行けばいいんだろ!!」
──再びギルドを、仲間二人を連れて訪れる俺。
捜索担当受付の係員のお姉さんは、俺の顔を見て不思議そうに首を傾げたあと、背後のイケメン二人を見て口元を抑える。
……俺も顔は悪くないはずなのに、何が違うんだ?
「少し良いか。昨晩、俺たちの連れのこいつが暴漢に襲われた疑いがある。一度、痕跡を調査したい」
モースが前に出て説明すると、お姉さんは困惑したように俺の顔を見る。
(まあ、そういうことされた顔はしてねぇよな。されてねぇし!!)
「すみません職員さん。ちょっと検査しないとこいつら納得しないみたいで」
「……事情があるようですね。分かりました。手配します」
お姉さんも、俺のやけになった感情を察してくれたのか、神妙な顔で対応を始めてくれる。
検査係の職員がやってきて、俺の服についた付着物や揉み合いの痕跡を調べていく。
どうだよ、何もないだろ? 俺が一番よくわかって──
「……複数の強引な拉致と拘束、また、オークの体液が付着していることを確認しました。
垢や魔力などの手がかりも多いため、すぐに届出を出して調査することが可能です」
……お…………オーク……?
「なっ……お前まさか……! 襲われた先で、オークに捧げられて慰み者に……!?」
「そ、そんな……」
勝手にストーリー作ってんじゃねえよ!!
職員のお姉さんも信じるな!!
しかし本当に心当たりが……
もしかして、あの時ぶっかけられた継続回復ポーションに、そんな材料が使われてたのか?
ならそれを素直に言えば──
「このオークの性液の成分は、ある製法のポーションにおいて使用されることもありますが、
上位ダンジョンの下層からドロップされることが殆どで、この街のどこでも取り扱われていません。
そのため、やはり“そのもの”である可能性が高いですね」
「お兄さん、あとは私たちがなんとかしますから……ゆっくりおやすみください」
検査官の職員たちが、慈愛に満ちた目で優しく声をかけてくる。
ライアスもモースも、顔色を悪くしながら俺の肩に手を置いた。
いや……! 言いたいけど……!!
上位ダンジョンに入って、ボス部屋から拾ったポーションが服に掛かりましたなんて、
言えねぇよ!!
俺ひとりで行ける場所じゃねえし、「誰と行ったんだ」って話に絶対なるだろ!!
そこまでの根回し、してねぇんだよッ!!
あー、酷い目に遭った。
いや、別にまだ解決もしてないけど。
ライアスもモースも俺がどうこうって噂を広めるタイプじゃなかったのは救いだな。
この誤解が解ける日は果たして来るのか?
天才軍師の伝記の片隅に実はある時森でオークに襲われたという噂が……なんて書かれるのは本当に不本意だからな。
さて、色々な手続きに付き合わされた時には、
居た堪れなさと虚無で時間の感覚が無くなっていたが……
もう昼になったか。
そろそろ今日のタスクをこなそゔ。
大悪魔とのコンタクトを取る。
俺がこれまでやらかしてきた“諸々“を清算するには、まず彼女と直接話す必要がある。
以前悪魔から逃げる際に置いてきた書き置きが大悪魔の目に入ったのは諜報中に確認済みだから、俺の存在自体は知られているだろう。
ただ、正規の手段でに会いに行くことは現実的ではない。
商会内でも“指輪の盗難“が話題になっているおかげで、悪魔を使う手段もナシ。
……別の手を使うしかない!
俺のメモには、シャトロの仕事仲間らしい人物の情報がある。
彼は、シャトロにそこまで心を許していないが、悪魔とは契約済み。
普段は午前いっぱい街の自警団の管制をしている。つまりそろそろ退勤の時間か。
野心はそこそこ。悪くない。
さらにプロファイリングの結果──
「慈善事業と動物愛が趣味」と判明!
勝ったな。
俺はまず路地裏で懐いてくれる猫の中から、
特に人懐こい三毛のオッドアイの子猫を選び出す。
今朝食ったやつじゃんと思いながら。
軽く変装もして記憶されたくない特徴は潰した。
あとは男が通る道に、派手な看板と、
クッション・ミルク・毛布をセッティングして──
「…………ん? 一体何をしているんだ?」
──釣れた。
「兄さん! そこの優しそうなあなた!
ぜひ話を聞いてくれ!! 猫の保護活動をしてるリクスって占い師なんだけど、
急に亡くなった好事家の飼い猫が独りになっちゃって……新しい家族を探してるんだ!!」
俺は猫を膝に乗せてなでながら、
毛並みの良さと信頼関係の深さを全力でアピール。
因みにリクスは偽名な。最近聞いた名前から取った。
「悪い、優しそうだからつい声かけちゃったよ!一度見ていってくれないか?」
「ふむ……随分と可愛がられていた子のようだな」
よし、食いついた。
だがそれだけでは終わらない。
「でもな、お兄さん……この猫には秘密があるんだ!
ここに書いてある風水表を見てくれ!!」
俺は一枚の図式の書かれた紙を手渡す。
相手は一瞬「???」となったが、
彼の中で何かが引っかかったらしく、ちゃんと読み取ろうとし始めた。
「なんだか既視感があるな……」
「そう!これは東方の“風水”!!
この猫の白は幸福、黒は魔除け、赤茶は健康、そしてオッドアイは吉兆!!
しかも、この三毛猫、奇跡的な比率で3色のバランスが取れていてすごく可愛い!!」
「つまり……すごく可愛いということか」
大正解だ。
「だが、その猫がどうしてここに?」
「それがだな……この子、東方の動物扱いが粗悪なことで有名な資産家に目を付けられててな……
このままじゃ──命が危ないッ!!」
そう悲壮感を漂わせた大ぶりな動きで同情を誘う。
学んだ素材知識で作った精神に作用するアロマも焚いて心の隙も誘発している。
さあ早く堕ちろ。
「昨日森から爆発音がしたという話も聞いただろ?あれもあいつらの脅しだ。お前、は子供も大事な母親も最近亡くしたばかりだというのに、猫一匹の命も取りこぼすつもりか!?」
「俺は未婚だし孤児だったが色々と亡くした気がしてきた!」
よし、いい調子だな。
「そこでお願いがある!
この猫を保護をこの街の権力者へ取り合っていただけないか……
この紙と一緒に、、この切実な“願い”を届けてくれ!!」
カラフルなプリントと一緒に猫の似顔絵付きキーホルダーも握らせると、
男の目は完全に“救世主モード”に切り替わった。
「……一つ、心当たりはある。
あまり期待されると困るが、一度掛け合ってみよう」
「わあ!ありがとう!それと兄さんこのあたりの警護担当なんだろ?
街の西側からその資産家の手下が来るらしいから警護の手を固めた方がいいかもしれない!」
「なるほど、検討しておこう」
よしよし……頼んだぞ、猫派商人!!
有耶無耶にしようとするんじゃないぞ!
俺は商会にたどり着いた彼を【隠者の目】で監視しつつ、
失敗時の備えと、成功時の“接触準備”を同時に進める。
案の定、彼はシャトロとの取引のついでに話を持ち出した。
「シャトロさん、商談の話はここまでなんだが……一つ聞きたいことがあるんだ」
おー、よしよし、ちゃんと真剣に話を受け取ってくれたんだな。
『そ、その、最近非常に縁起の良い生き物を入手する伝を手に入れてね……複雑な事情があって一般的な取引相手には渡せないんだが、本当に上等な猫なんだ。宜しければ大悪魔様にも取り合ってみてもらえないか』
『……ふむ?猫か?一つ聞くが、猫一匹で彼女とコンタクトを取ろうというのはかなり不自然だが』
『しかし本当に特別な事情があるんだ。ひとまず伝えておいてくれ』
『…………ああ』
普段シャトロや大悪魔に対して比較的懐疑的なやつを選んだおかげで疑いに拍車がかかっているぞ!それに、シャトロもそんな怪しい人物の動きを無視するわけがない。
こいつは真面目ではあるけど、清濁併呑の男。
裏切りや不埒の気配に対しては妥協せず相談する筈だ。
そして、予想通り大悪魔に連絡を入れてくれたようだ。
『……というわけなんだかが。特に気にする必要はないか?』
『おいおい、ただの戯言だろう。変な甘言に誑かされただけじゃないのか?』
……ふむ、策略家とか性格が悪いとかいう噂があるらしいし、過去にもその片鱗は見たからもう少し深読みすると思ったんだが、ここは仕掛けても使うか?
『それにしてもシャトロ。その商人に貰ったとかいう紙、様子がおかしいだろ?』
『あ……?』
『だってさ、魔道具越しに君の魔力を感じてるけど、なんかどんどん減ってる気がするんだよね』
その時、堰を切ったかのように紙から噴出する漆黒の牙がシャトロに襲いかかる。
しかし、大悪魔はそれをすでに予期していたかのように落ち着いていた。
『【漆黒結界】』
薄い結界は、その凶悪な暗黒の牙を幻影のように掻き消す。
シャトロは冷や汗をかいているようだったが、悪魔はクククと笑って見せる。
『こういうことをしないと分からないと思われたのが気に入らないなあ。
ま、馬鹿の言い分でも聞きにいくか。面白そうだし。私今から少し席を離れるから、その間の仕事を頼むよ』
『…………ああ』
──ッ!!確定演出ッッッ!!
あと俺は馬鹿じゃなくて天才最強軍師な!!
魔道具越しに聞こえた、あの美しい声が全身に突き刺さる。
「やあ、私への連絡手段に猫一匹しか寄越さないなんて、対人の基本が分かってないんじゃないのか?」
いや……人も一匹寄越しただろうが!!
くすりと笑いながら音もなく近づいてきたのは、緑の髪が美しい小柄な少女だった。
来たな、大悪魔。
彼女は自分のために用意された椅子を見ると、鼻で笑った後に魔法を使って空間を捻じ曲げた。
煌びやかな装飾のあしらわれたベルベットの椅子を出現させ、足を組みながらも優雅にそこへ座す。
「それで?愚かにも私と取引をしようとしているんだろう?言ってごらんよ、無礼者」
始まるぞ──猫と甘言と変装で掴んだ……地獄の面会予約!!!




