拉致
薄暗くて、じっとりと湿った空気が肌を撫でてくる。ついさっきまで暴れてた熱気が、一気に冷まされた感じだ。
俺は木の根元にドサッと腰を下ろして、マフラーを無理やり引き剥がしながら肩を回す。
「っつぅ……」
肋、ひび入ったかもな……
喉もやられてる。自分でぶちまけた粉を思いっきり吸い込んじまって、声が出ねぇ。
火傷した腕は服にくっついて、動かすたびにピリッと痛みが走るし、もうボロッボロだ。
「キュッ」
白蛇が喉元で鳴いて、鼻先をぺろっと舐めるように押し当ててきた。ちょっとくすぐったい。
そういや、距離を取ってからは翼を畳んで歩いてきたから、直接魔力で追尾される心配は薄いはず。
でも悪魔どもは空も飛べるし、追っ手も増えるだろうし……できるだけ早くダンジョンに潜った方がいい。
喉さえ回復すれば、なんとかなる。だから今は我慢だ。我慢。
万が一の魔物対策に、マフラーを巻き直してダンジョンの方へと歩き出す。
──そこで、目に入ったのは、ダンジョン前にたむろする人の群れ。
「Cランク以上の魔導士はいないか!?こっちはBランクの騎士がいるぞ!!」
「回復魔法使える人!うちのパーティーに来てくださーい!」
……ああ、そういや今朝、ライアスが言ってたな。今日はダンジョン攻略の募集が多い日だって。
こういうのって、街で募集してから来るもんだと思ってたけど、現地スカウトってのもやってんのか。
とはいえ、今の俺は満身創痍の貧弱モヤシ。ステータスもアレだし、陣紙の詠唱もまともにできねーし、
この状態の俺を雇う酔狂なやつなんて──
「魔物の素材探し依頼でーす!素材の解体や判別できる人、戦闘力問いません!」
──いたわ。
おいおいおい、最高のタイミングかよ。
筆談やジェスチャーでOKなら、秀才で天才な俺の頭脳が火を吹くじゃねーの。
よっしゃ、まずは仮面を外して──
「ぐふっ」
な、なんだ!?
いきなり全身に衝撃が走った!反射的に掴んだそれは……でけぇ盾!?
「おっと〜!ここで青ローブの仮面男……男だよな?が乱入だーっ!勝者は……こいつかぁ?」
……誰だよ実況してんの。
なんか勝者扱いされてるけど!?俺、今さっき初めてここ来たばっかなんだけど!?
「はぁっ!?ちょ、意味がわかんないですよ!!誰ですかこの人!?絶対怒られますって!!」
緑髪の、いかにも真面目そうな青年が慌てふためいて叫んでる。
いや待て、どういう状況だ。勝者?人生の?
まあ、まあ俺は人生格付けトップの天才軍師だからな……ある意味正解か?
混乱してる間に、ガタイのある女性が俺のローブの後ろ襟をぐいっとつまみ上げてきた。
「この格好、魔導士か?まぁ、ここにいるってことは応募者なんだろ。多分。拉致すんぞ」
「ゴーテさん!!仮面つけたまま来るとか絶対おかしい人ですって!!」
おい、失礼すぎんだろ!?
……というわけで、訳もわからないまま──
俺は東の森のダンジョンへ、謎のノリで拉致されていったのであった。
「よくもまぁ、この中で一番得体のしれなさそうなヤツを連れてきたもんだな?」
ダンジョン前でゴーテと合流したのは、見るからに荒くれ上等な大男!
背中にはドドンと大刀が二振り!いやそんな持ち方する!?って感じのゴリゴリ火力タイプ!
隣に立つのは、長身スラッと白髪ポニテのレイピア持ちお姉様。
目がマジだ、殺る気満々!
「今回は本気でボスを目指すんだから、一番良さそうなのを捕まえろって言ったよな?」
「僕も言ったんですよ……ね、ミングさん!もう一度探しに行ってもいいですよね?!」
焦る緑髪の青年。なるほど、あのお姉さんがミングか。
で、ミングさんはこっちを見てキッと一言──
「でもロイス。お前がゴーテに言い渋ってる間に、良さげな株は全部掻っ攫われてんだよな」
なるほど、緑髪の男がロイスね…………
株!?人を株扱い!?あっなんかこの人たちやばい匂いがするよ!!!
ちなみに俺を連れてきたゴーテは、色々言われても“仕事した”って顔して盾の手入れしてる!!
「僕が悪いんですか!? それにこの人、仮面も外さなければ声も出してくれないですし!難ありってレベルじゃないです!」
ごもっとも!!!
俺、明らかに深層まで行って死にそうなメンツに巻き込まれてる!!!!
お願いだからここでさよならしよ!?って気持ちを込めて首をブンブン横に振ってアピールだ!!
なのに──
「え? あ、本当だ。必死に首を横に振ってくれてるってことは……まぁ、大丈夫なんですかね?」
いやそうじゃねぇよ!?
あ、これあれか?こいつらは別の国から来た奴らで文化が違うのか?
マジで伝わってねえな……こうなったら……
首を縦に振ってやるわ!!
「うわぁ、更に強い同意がきました!ほ、ほんとうにすごい実力者なのかもしれませんね!?」
どうしてそうなるの?
そう虚無る俺を、ガチめにヤバい変態バーサーカーパーティは有無を言わせず引きずり、ダンジョンへと突入した。
不味い。不味すぎる。
ここは一つ、俺がどれだけ儚く打たれ弱い天才軍師かをデモンストレーションして──
「おいお前ら、ぶち殺されたくなけりゃその荷物置いてさっさと出て行けよ貧乏人ども」
「す、すみません。でも僕たちに目をつけられたからには仕方ないですよね」
などとニッコニコで他の冒険者パーティを囲んでボコボコにする味方陣。
どう考えてもどう見ても略奪行為である。
「お前も、もし役立たずだと分かったらコイツらと同じ目に遭うからな」
そう言って爽やかに笑う剣士の顔の裏には確かな薄暗さを感じる。
いやダメだコレ!絶対成果出さないとやばい!
でも仮にサポートできたとして──
こいつら、ボス倒すまで帰る気ゼロって顔してるんですけど?
しかも今回、初挑戦とか言ってなかったか?
倒せるんだよな……?
「おい仮面!一度お前の力を見せてみろよ」
げ。リーダー格の大男が、わざと魔物をこっちに蹴り込んできやがった!
飛んできたのは、腰ほどのサイズがある赤毛の狼の魔物。
何?力任せ?馬鹿か?
……ここは──
「キュ」
白く輝く炎が、音もなく爆ぜた。
一瞬で塵と化す魔物。その光の源は、俺のフードの中に潜んでいた白蛇の援護だった。
「え!?なにそれ!?見たことない炎の色してたんだけど!巷じゃこの程度の雑魚でも魔法一発で消せる奴いねーだろ?」
「面白いのはわかりますけどはしゃぎすぎでは?」
ロイスからのツッコミにも動じず、腰に手を当ててキャッキャとはしゃぐリーダー。
身内にはめちゃくちゃ良い顔するタイプか?
なるほど……つまりこのリーダーの懐にさえ潜り込めば、多少のミスくらいは笑って見逃してくれる可能性アリってわけか?
よし……全力で媚びる準備は万端だ……!
「それにしてもゴーテは本当に適当だな。このまま突っ込んで全滅したらどう責任取るつもりだ?」
「それをなんとかするのがリーダーの仕事だろ?」
「……お前……はああ?」
出鼻を挫かれそうな雰囲気全開なんですけど!?
いや、でもさっきの会話を聞く限り──リーダー、案外図太い。
「俺のことをよく分かってんじゃねえか」
「さすがリーダー!!何でも出来る!最強!」
ミングが手放しでわ〜い!って感じに賞賛モード突入。
一方、ロイスは懐疑心まる出しの様子で眉を顰める。
「え、何も聞いてませんけど信じて良いんですか?」
「黙れロイス。この俺の作戦を疑うってのか?このダンジョンは奥地に近づくと死霊系の魔物が多くなってくる“死霊使いの跡地”と呼ばれている場所だ。んで、俺が何のために前回教会を襲ったと考えている」
教会襲ったの?!
この国は思い切り地の神もしくは天の神信仰だぞ!!?
で、リーダーが今掲げてるビンの中身……
「コレは聖水だ!!教会の保管庫に大量に置いてあった小瓶を片っ端から空間収納袋に突っ込んできた」
「リーダーが天才すぎてこのミング、感涙溢れて止まりません」
うわ、泣いた素振りしただけかと思ったら本当に号泣してるよこの人。
そんで、確か教会から持ってきたって言ってたけど、
魔道具判定に……なるのか?
試してみるか……
【聖水】
精霊の泉から湧き出る聖属性の魔力を含んだ水。採取した瞬間から魔力の聖属性は薄まりはじめる。
これいつの聖水だよ。
倉庫というのがどんな環境かは分からないが、この四人組で襲える程度の教会なら特殊な保存場所も無いだろうし……もう少し近づいてみたら期限が分かるか。
なるほど、残り一日。あと一日で深層まで行けるか?
「お、仮面。お前もこの聖水が気になるか?なら一つやるよ」
うわっ、何の躊躇もなく俺のローブの中に手突っ込んで聖水渡してきやがった!!
風紀が乱れるぞこんなの!!
でもこういった属性を纏った素材は魔法陣にも応用できるからな。
まあ直ぐに効果は切れるがありがたく頂戴して……
「おい、あんたそんなケチな真似するなよ。このくらい渡しておけ。
ここで出てきたゴーテがリーダーの持った袋を奪い取る。
ジャラジャラと、俺の空間収納袋の中に注がれる聖水の小瓶。
いや、多いって。そんな沢山あったのか!?
「それにしてもリーダー、小瓶の聖水でボス倒せるんですか?」
「抜かりないぞ。このボスは【セイント・エルダーウィッチ】。アンデッド系の上位種だ。その強さ、せいぜいAランク程度。そして俺の実力も、おそらくA程度には届いてる。冒険者登録はしてないけどな。
そこにアンデッド特効の聖水だ。勝算は十分!」
……いや、名前に“セイント”って付いてるのに、聖水効くの? ほんとに?!
でも──
「なるほど、リーダーはAランクの【雷仙猿】を倒したこともありますからね……少し安心しました」
「ふん、私はそんな話聞かずともリーダーの実力は疑っていないがな!」
……なるほど。実力自体はあるってのは本当らしいな?
さっきも、デカめの魔物を俺に投げつけるくらいの馬鹿力あったし。
まあ、ここは深入りせず、邪魔にならない範囲で貢献する方向で行こう。
まずは──
「あ?何だ?」
俺はそっとリーダーに近づいて、その手を……すっと握る。
声は出せない。けど、態度で示すことはできる。
白蛇、頼むぞ。
「うわっ……なんか神々しいオーラが!?」
「え? 喜んでるってこと? でも……何が見えてるの?」
白蛇が聖属性の魔力をわずかに放出して、まるで俺から後光が出ているかのように演出してくれる。
そのまま俺はリーダーの手をしっかり握って、感動の気持ちアピールだ!
「お、おお!? そんなに俺と組めたことを喜んでるのか!?
ま、まあ当然だよな!!期待してろよ!!」
よしよし。ちょろい。
あの剣士のミングも、「同担拒否」タイプじゃないらしく、
“新たな推し仲間”を見つけたように目を輝かせてる。
ロイスはやや引き気味、ゴーテは様子見って感じか。
「おら行くぜお前ら!!目標は今日一日で、ダンジョンを踏破する勢いで進むぞ!!」
『了解!!』
……しかし、これ……ライアスたちに「心配される時間帯」になる前に帰れるか……?
今回は目立つ行動は控えなきゃダメだ。
商会にバレたら厄介だし、失踪扱い→探索願い提出とか出されたら……駄目だな。
あの面子、ああ見えて義理堅い。
淡々とした顔をしているように見えて。
「おい、お前。何か悩んでいるのか?」
不意に声をかけてきたのは、さっき俺への好感度が急上昇した剣士・ミング。
……おっと、ここは“今後も可愛がられる”ための立ち回りどころだな?
俺は無言で紙を取り出し、さらさらと一筆──
『今回の探索、目安は何日だ?』
「……ああ。普通なら、表層をちょっと漁って帰る奴が多いが……
お前も、そういうつもりだったのか? でも安心しろ。今回はそんなに長引かん」
ほんとに……?
だって聞いた話じゃ、どんな短いダンジョンでも、まともに踏破するなら数日はかかるって──
「そうだな。けど俺たちは──前回の攻略で持ち帰った【帰還石】がある!!
あの面倒な表層をすっ飛ばして、中層の入り口まで一気に飛べるってワケだ!!」
……前回の攻略……?
お前ら、今回が初挑戦じゃなかったっけ??
いや、たぶんそれ略奪戦利品ってやつだろ?
……けど!今はそういうツッコミは不要!!
うおおッ!!素晴らしすぎる!!一生ついていく所存!!
俺は感極まった顔で手を合わせ、拍手をする!!
空気を読んで白蛇も神々しい魔力の波動を後光のように放ち、ついでにリーダーの背後に演出光!!
気が利くなお前!!
「ったくよぉ……惚れんじゃねえぞ、仮面くんよ……」
リーダー超ご満悦のドヤ顔が、そこにあった。
「さっきからその後ろのオーラみたいなのはなんなんですか!?」
と、ロイスに突っ込まれたけど知らぬ存ぜぬでスルー。
今は乗るべし!この波に!!
目指せ、リーダーの寵愛枠!!
それじゃあ早速中層まで……
「だが、帰還石を使える地点までは少し距離がある。そこまでさっさと行くぞ」
うんうん、それなら歩くか!!
早く行こう!!そして!仮面男じゃなく、俺という天才軍師の冒険を再開するんだ!!
「来い!!」
リーダーの号令とともに──
……って、ちょっと!?
俺の周囲から人が消えたんだけど!?!?
いや、ほんとに消えたわけじゃなくて、超速移動!?
え、何あの速度?? 脚力強いとかいうレベルじゃないが??
俺が置いてかれてるのに気づいたのか、ロイスとリーダーがさっと戻ってくる。
「どうした仮面野郎!遅いぞ!」
「いや、冷静に考えると人間に僕らのように動けと期待する方がおかしいですよ」
「それもそうか!」
……え?今なんつった?
まるで自分らが人間じゃない前提みたいな言い方なんだけど??
「誰かが連れていってあげればいいんじゃないですか?僕はあまり向いてないので、他の人に……」
「じゃああたしが乗せてってやるよ。来な、あんた」
そこで名乗りを挙げたのはゴーテだった。
乗せるって、肩車とかか?と思いつつゴーテに近づく。
うわっ、ゴーテの胸、俺の頭の高さあるんだけど!!
「そんじゃ……【獣気解放】!!」
その瞬間、ゴーテの姿がぐにゃりと変化し、巨大な虎の姿へと変身!!!
お、おお〜〜〜〜……カッケェ!!
「さっさと乗れ。咥えてもいいが、お前の負担がでかいぞ?」
……肋と腕、まだちょっと痛いしな。
背中に乗ります!!もちろんです!!
「おいゴーテ、俺たちの速度にも合わせてくれよな」
「あんたらも姿を変えればいいだろ」
「気力使う場面でもねぇしな。──そんじゃ、再出発だ」
……特に失望されるわけでもなかった。よかった。
それじゃあ俺は、ゴーテの背中の上でぬくぬくと──
「おい、魔法か何かで防げないのなら伏せろ!」
「〜っ?!」
降り注ぐ罠!!魔物の奇襲!!罠!!!
そしてそれを全無視でぶっちぎる速度特化の体当たり攻略!!
途中で、魔力を流すだけで起動する【結界術師のイヤーカフ】を使い、
さらに白蛇に援護魔法を放ってもらって何とか耐え抜く!!
でもそのたびに仲間たちの目線は──
「そりゃ自衛できるよな」
当然のように、“戦える前提”の目線!?
いや……ほんとにマジで……もう、“戦闘門外漢”とか言えねぇよ俺!!
そしてついに、辿り着いた。
ここが……帰還石が使えるエリアか……ッ!!




