パンが右すぎると断罪されるって聞いた
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「パンが……右に寄りすぎてる気がします」
朝の食卓、わたしは真剣に言った。
侍女のアヤメは固まった。
「す、すみませんリヴィア様! 今すぐ直します!」
「……いえ、断罪するほどではありません」
言ったあと、自分でも何を言ってるのかわからなかった。
◇ ◇ ◇
昨日の断罪イベント(らしき場面)で、わたしはテンプレとやらに乗れなかった。
結局、ヒロインに謝ってしまい、周囲もざわついたまま終わった。
だから今朝は、“悪役令嬢らしくある努力”として、朝食のパンに文句を言ってみたのだ。
でも、やっぱり罪悪感が勝った。
それに、パンはふわふわしていて、右でも左でも美味しい。
◇ ◇ ◇
アヤメがパンの位置を直そうとしていたとき、わたしは思わず尋ねた。
「ところで……王子って、玉子ですか?」
アヤメの手が止まった。
「……は?」
「おうじ、たまご。似てませんか? たぶん、殻が硬そうで中が半熟……」
「……お体の具合が悪いのでは?」
アヤメは無言で立ち去っていった。
たぶん今、誰かを呼びに行った。
◇ ◇ ◇
窓の外から声がしたのは、その直後だった。
「おーい。お前、昨日のあれ、なんだったんだよ」
見下ろすと、庭に制服姿の青年が立っていた。
黒髪で、妙に疲れた顔。でも声は元気。
「……どなたですか?」
「ナツキ。転移者。昨日の断罪イベント、影から見てた。すげぇズレてた」
「パンのことなら覚えてます」
「そっちじゃねぇよ!!」
◇ ◇ ◇
ナツキと名乗るその青年は、窓から軽々と登ってきて、ずかずかと部屋に入ってきた。
なぜか自然に。
「お前、自分が悪役令嬢って自覚あんのか?」
「はい。名札にそう書いてありました」
「名札!? 小学校かよ!」
ナツキは頭を抱えながらため息をついた。
◇ ◇ ◇
「いいか、悪役令嬢ってのは、“おほほほほ”って笑って、ヒロインのドレスにワインをぶっかける存在なんだよ!」
「ワインって……高級品ですよね?」
「だからそこじゃない!」
「笑い方なら練習しました。“おふふふ……”って」
「それ完全に“微笑みの貴婦人”じゃねぇか!」
◇ ◇ ◇
ナツキは一呼吸おいて、静かに言った。
「お前さ、王子には絡まないの?」
「玉子には絡みません」
「誰が玉子だよ!!」
ナツキは机に突っ伏した。
「お前……断罪されない以前に、誰にも嫌われてねえだろ」
「そうかもしれません。でも……パンは、たまに焦げてます」
「その情報いらねぇって!!」
◇ ◇ ◇
沈黙。
少しして、ナツキがぽつりと呟いた。
「でもまあ……テンプレなんて、飽きるよな」
「飽きるんですか?」
「毎回“同じルート”ってのも、バランス悪い。俺ならチャクラで抜け道探す」
「チャクラ……?」
「格ゲーなら裏ステージに行けるパターンだ。俺の中では常識」
「……それ、テンプレですか?」
「テンプレじゃねぇ! ロマンだ!!」
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【後書き:質問コーナー】
《読者からの質問コーナー!》
ナツキ「なあ、第2話って誰も質問してねえだろ?」
リヴィア「だからこそ、答え放題なんです」
ナツキ「強気だな!?」
◇
Q. 今後、悪役らしい展開はありますか?
リヴィア「たぶん、がんばってもズレます」
ナツキ「それ、もはや戦略か?」
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【ED風・即興作詞】
♪『ワインかけたら 嫌われる
でもかけないと 悪役じゃない』
♪『テンプレに乗れない この足で
どこまで行けるか わからないけど』
歌:リヴィア(途中でやめた)
作詞:パンを右に置いた人