『シマと小野さんと、ひみつの午後』
昼過ぎ、日の光が柔らかく差し込むカフェ《スロウ》。
いつも静かな店内に、今日は珍しく小野さん以外のスタッフが入っている。
その姿をシマが、レジ横からじっと見ている。
「ニャア…」
シマは、小野さんにしか聞こえないような声で鳴いた。
「なんや、シマ?」
小野さんがちらっと目を向けると、シマはまるで「何かしてほしい」というように、じっとその目で見つめてくる。
「お前、何をしたいんや?」
シマが、再び「ニャア」と鳴いてから、おもむろにカウンターに歩み寄った。
「またそれか」と小野さんが言うと、シマは無言でカウンターに身を乗り出し、ちょうどお客さんが残した小さなパンの端を見つめていた。
「お前、ほんまにパン好きやなぁ」
小野さんは小さくため息をついて、それでもその小さなパンの端をちぎってシマに手渡す。
「ほら、これ食べ。」
シマはそれを見事に一口で食べ、満足そうに小野さんの方を見上げた。
「その顔は、よっぽど美味しかったんやな」
小野さんはにっこりと笑い、シマを撫でると、シマは目を細めて甘えたようにゴロゴロと喉を鳴らした。
その時、店の扉が開いて、お客さんが入ってきた。
「いらっしゃいませ」と、小野さんが声をかけ、シマは一瞬だけその目をお客さんに向けると、すぐに気が向いたのか、またレジ横の椅子に戻って丸くなった。
シマは実は、こういう“静かな午後”が大好きだ。
小野さんが何かしている時、じっとその様子を眺めているだけで幸せを感じていた。
だからこそ、言いたいことがあってもなかなか言えない。
「お前がいるだけで、なんか安心するんよな。」
小野さんはふと、シマに向かって呟いた。
シマはそれに応えるように、少し体を伸ばして、またそのまま丸くなった。
「……今日は、夜にでもお前のお気に入りの場所に連れていったるから、な?」
その言葉に、シマはぴくりと耳を立てた。
小野さんが言う「お気に入りの場所」とは、店の裏にある小さな庭のことだ。シマがそこで昼寝をするのが何よりの幸せな時間。
その時のシマの顔を、小野さんはひそかに愛おしく思っている。
「ま、たまにはお前の好きな場所で、のんびりさせてやるか。」
シマは目を細め、やっと安心したようにそのまま寝転がった。
昼下がりの《スロウ》で、小野さんとシマだけの静かな時間が流れた。