『シマと小野さんと、バズった朝』
ある晴れた朝のこと。
《スロウ》の店先に、ちょこんと座る猫――そう、看板猫のシマ。
彼女は今日もいつものように、のんびりと日向ぼっこをしていた。
ちょうどそのとき、一人の女子大学生がシマに気づいて足を止めた。
「えっ、かわいすぎる……!」
スマホを構えたその手には、シマがちょうどあくびをしたところがばっちり写る。
「#喫茶スロウ」「#看板猫」「#シマ先輩」
――その投稿が、すべての始まりだった。
その日のお昼、小野さんがふとスマホを見て眉をひそめた。
「……なんか、うちの店の写真がめっちゃ出てくるんだけど」
「バズってますよ、小野さん!」
常連の僕が笑いながらスマホを見せると、そこには《スロウ》の前でポーズを決めるシマ、カウンターの上でどや顔を決めるシマ、寝てるだけなのになぜか映えるシマ……。
「これは……まさかの有名猫?」
「もう“シマ先輩”でハッシュタグできてますからね」
その日から、店の前にはカメラを持ったお客さんが増え始めた。
「シマ先輩、いますか?」と聞いてくる人、カフェラテと一緒にツーショットを狙う人――。
でも、シマはマイペースそのもの。
お客さんに無理に付き合うこともなく、気が向いたらテーブルにひょこっと現れ、
撫でられて満足したら、おもむろにレジ横で昼寝を始める。
その自由気ままさがまた、「癒し」としてSNSで大評判になった。
ある日、シマがくしゃみをした動画に「#シマ先輩風邪?」「#回復祈願」「#推し猫」とコメントが殺到し、なんとトレンド入りするまでに。
小野さんは、レジの奥でぼそっとつぶやいた。
「……ちょっとだけ、複雑な気分だな。主役、猫じゃん」
でも、そんな顔もどこか嬉しそう。
「いいじゃないですか。スロウの空気が、ちゃんと届いてるってことですよ」
そう言うと、小野さんはいつものように微笑んで、今日も心を込めてコーヒーを淹れた。
カウンターの上では、シマがご機嫌な顔で丸くなっている。
SNSで人気になっても、変わらない日常。
《スロウ》は今日も、やさしい時間が流れていた。