『シマと小野さんと、最初の一歩』
それは、まだ喫茶店が開店する前のこと。
小野さんが初めて店を開こうと決意した日から、ちょうど半年が経とうとしていた。
あの日、小野さんはカフェの準備をしている最中、外で大きな音を聞いた。
何かが倒れた音。慌てて外に出てみると、駐車場の隅に小さな箱が転がっていた。
箱を手に取って中身を見てみると、そこには、一匹の小さな猫が丸くなって入っていた。
その猫は、小野さんの顔を見ると、小さく「ニャー」と鳴いて、少し体を伸ばした。
「君、どうしたんだ?」
小野さんは、驚きながらも猫をそっと箱から出した。
その猫は、すぐに逃げることもなく、ただじっと小野さんを見つめていた。
小野さんが声をかけると、その猫は、しばらく黙ってから、ゆっくりと頭をすり寄せてきた。
「おいで。とりあえず、入ってきな」
小野さんは猫を抱き上げ、店内に戻った。
その日から、シマは毎日店に来るようになった。
最初は少し警戒していたけれど、徐々に小野さんに心を開いていった。
そして、シマが最初に見せた優しさは、ある日突然訪れた。
ある雨の日、小野さんは体調が悪くて、ほとんど動けなかった。
店の中で何もできずにいると、シマがそっとカウンターに近づいてきた。
小野さんの膝に座り、そのまま黙って温もりを与えてくれた。
その瞬間、小野さんは気づいた。
「君は、ただの猫じゃないな」と。
シマは、ただの猫ではなかった。
彼女は、小野さんを支える存在だった。
シマと小野さんは、言葉を交わさずとも、互いに理解し合っていた。
それからというもの、シマは毎日店にやって来て、小野さんと一緒に過ごすようになった。
あの日、小野さんがシマを見つけたことで、二人の生活は大きく変わった。
そして、喫茶店の「心のこもった一杯」が、今日も続いている。