『シマと小野さんと、忘れられた約束』
日曜の午後。
商店街を歩く人々の足音が遠くから聞こえる。
そんな中、ひっそりと佇む喫茶店。店内には、香ばしいコーヒーの香りと共に、少しの静けさが漂っている。
「今日も一日、ゆっくりだな」
小野さんはカウンターで、豆をひきながらぼやく。店の窓からは、空が晴れているのに、どこかひんやりした秋の風が入ってくる。そんな日には、いつもこの店に来たくなる。
そして、いつものようにカウンターにやってきたのは…
「ニャー」
シマだ。今日は珍しく、棚の上から降りてきて、僕の足元に座った。
「シマ、どうした?」
僕が声をかけると、シマは少し鼻を鳴らし、目を細めたまま動かない。
そのまましばらくじっとしていたシマが、ついに立ち上がり、僕の方を見て「ニャ」と鳴いた。
「うーん、なんだろうな」
小野さんがコーヒーを淹れ終わると、僕が目を向けた先に、シマが壁のカレンダーをじっと見つめていた。
「あ、もしかして…」
小野さんは、気づいた。
「この日、忘れてたな」
カレンダーに記された、丸い赤い印。
それは、小野さんとシマが、毎年一緒に行く「秋のハイキング」の日だった。
「シマ、ほんとに今日は元気なんだな」
シマは、急に小走りにカウンターを回り、カレンダーをじっと見つめながら振り返った。
「……ごめん、シマ。今年は行けないかもって思ってたけど」
「ニャー」
小野さんはため息をついて、カップを手に取る。
「でも、行かないとね。お前がちゃんと覚えてたんだから」
シマは、鳴き声をあげながら、僕の足元に再び座る。まるで、「準備ができたら出発だよ」とでも言っているかのように。
「分かった、行こう。支度してくるから、待っててな」
こうして、僕と小野さん、そしてシマは、忘れていた約束を思い出し、少しずつその準備を始めた。