居眠りのあと
カフェオレを飲み終える前に、僕は軽く目を閉じた。
昼下がりの喫茶店は、まるで時間が止まったみたいに静かで、シマの低い喉の音が心地よく響いていた。
「……寝た?」
「寝てないです。たぶん」
小野さんはカウンターの奥でコーヒー豆を挽いていた。
豆の香りと音のリズムが、なんだかラジオよりも落ち着く。
「彼女さん、心配性なの?」
「はい。でも、ちゃんと理由があるんです」
「聞こうか?」
「……聞いてくれます?」
僕は、ポツリポツリと話した。
前に倒れたことがあったこと。無理して頑張ってたら、突然意識が遠のいたこと。
それを見た彼女が、どれだけ慌てて、どれだけ怒ったか。
そして、今もことあるごとに「ちゃんと休んで」と言ってくること。
「なるほど。それで今日は、嘘ついて出てきた、と」
僕はうなずく。シマがまた、目を細めて「ニャ」と鳴いた。
もう怒られるのは確定らしい。
「でもな、」
小野さんは言った。
「たまには、ちょっとだけ“嘘”も必要なんよ。自分に、って意味で」
「……どういうことですか?」
「“大丈夫”って嘘ついて、自分に休む言い訳作る日もあっていいってこと。ほら、ここまで歩いて来て、ちゃんと一杯飲んで、猫と喋って、もう少し休んでから帰る——それで、今日一日はなんとかなるやろ?」
僕は、空になったカップを見つめる。
そこに残った、ほんのりとした温もり。
体の奥にあるムカムカが、少しずつ静かになっていく気がした。
「……また、来てもいいですか?」
「彼女さんに怒られない範囲でな」
「はい、次は正直に言って来ます」
シマが「ニャ」と鳴いた。
今度は、それが「それならいいね」って言ってるように聞こえた。